62.エウルレンへ
エウグスト方面中央総督府
「近頃ル・シュテル領の辺りが随分騒がしい様だな、クレメンス。」
不機嫌な様子で中央総督ドラクスル王子は側近のクレメンスに語り掛けた。クレメンスは自らの情報網で集めた現時点での情報を報告する。クレメンスは陸軍情報部に所属していたが、その類稀なる情報収集能力がドラクスルの目に留まって側近に抜擢された男だ。その男を以てしても、ル・シュテルの情報は把握し切れていない。それは集まる情報量が膨大過ぎて、逆に見えなくなっている状況だ。
「はっ、ル・シュテルは皇帝陛下の許可の元、新興国家ニッポンとの交流を推進しております。このニッポンの科学技術は我が国よりも相当進んでいるらしく、様々な噂が流れております。曰く、ローブスブルグ級の戦艦を1発で沈めただの、百発百中の砲があるだの、無線通信技術を持つだのと。しかしこれらの情報は、現在の海軍の状況を見るにある程度正しいと思われます。海軍は緘口令を引いて相当情報を絞っている様ですが。」
「それは余も聞いた。問題は、それがどうしてル・シュテルと繋がるのだ。それだけの技術がある国であるなら、帝都ザムセン辺りて直接陛下が為さればよい。何故にル・シュテルなのだ。そこが知りたいぞ、クレメンス。」
エウグスト中央総督府は、元々の王都エウグストを占領した際に、王族に連なる者達は全員処刑か鉱山送りにし、官僚機構はそのまま使用している。そしてこの王都エウグストを掌握し、国王が居住する王城をガルディシア陸軍が接収して中央総督府とした。名前も王都エウグストをエウグスト市に変えた。
地理的にはエウグスト市は、バラディア大陸中央より北方に位置し、帝都ザムセンから1,700km離れている。そしてル・シュテル領からも1,500km程離れている。それでも、ル・シュテル領の開発促進ぶりはエウグスト市にまで響いていた。
「皇帝陛下とニッポンの使者との会談の際に、陛下がニッポンの使者を拉致しようとした事があり、これを以てニッポンが態度を硬化し、首都ザムセンではなく、ル・シュテルのマルソー辺りが輸出入の拠点になってとかいう話が流れています。が、当初からマルソーがニッポン側が選定していたとの噂もあり、恐らくは後者の方が正解かと。理由としては、マルソーがニッポンとの距離が一番近いからが故だと思います。それともう一点。ニッポン側とル・シュテルが直接交渉の際に、相当の領地を無償でニッポンに貸し与えた、との事。これは相当大きかった物と思われます。」
「無償で、な…。あの強欲なル・シュテルが無償だのときな臭いな。絶対何か裏があるぞ。その辺りは何か他に情報はあるか?」
「かなり大規模な港の工事を行っている事、そして貸し与えた領地があっという間に整地されている事。それに伴う工事が人力ではなく、整地用の機械で行っている事、辺りは目視で確認しております。」
「なんだ、その整地用の機械とは?」
「我が国で使用する蒸気自動車的な物らしいのですが…蒸気を使用してはおらず、別の機関が搭載されている模様です。その作業能力は人と比べて圧倒的で、恐らく100人が1か月かかる作業を2,3日で終えておりました。しかも車の始動があっと言う間です。蒸気の圧力を待つ必要が無い様です。」
「という事は我が国で使用している車とは比較にならん性能を持っていそうだな。と、いう事は噂の圧倒的な科学力というのは強ち嘘ではないようだ。他には?」
「ル・シュテルの城がおかしな事になっております。これは先週に第五艦隊解散の命をル・シュテルに持って行った連絡将校が確認しておりますが、城の中が夜でも煌々と明るく、しかもガス灯やランプの類の明るさでは無く、真昼の様な明かりであった、と。また、ニッポンからの貢ぎ物と思しき何やら得体の知れない機材の数々が相当の数、転がっていた、と。」
「気に入らんな…実に気に入らん。
クレメンス、査察と称してル・シュテル領に行ってこい。幾ら皇帝陛下の許可により自治を認められているとはいえ、我らガルディシアの許す範囲のみだ。それ以上を望めば潰されるのは必然だ。それと、だ。ここ最近反乱分子の動きがある程度不活性化している様だが、これは反乱分子の根絶なのか、それとも地下に潜ったのか。」
「以前発生していたテロと摘発人数から考えて、ある程度は根絶されたかと思います。ただ、それ以外は摘発を恐れて地下に潜った可能性がありますね。」
「そうか。そいつらはル・シュテルの自治領に逃げ込んではおらんか?」
「殿下もご存知の通り、ル・シュテルは自国民達に嫌われております故。可能性としては薄いと思いますが、ル・シュテルへの査察の際に確認して参ります。」
「よし。それで良い。
…あまり大袈裟にしなくて良いぞ。」
「了解しました。グリュンスゾート大隊から中隊規模を抽出して派遣します。」
「あいつ等か…やり過ぎるなよ。」
ガルディシア陸軍第2軍(エウグスト方面軍)グリュンスゾート大隊。勇猛果敢と蛮勇を誇る上に、情報収集能力も高い騎銃兵の集団だ。元々、クレメンスが所属していた事もあり、その能力も信頼されている。彼らがエウルレン市に到着したのはそれから2週間後だった。彼らはル・シュテルが帝国に許された範囲を逸脱していると確認され次第、逮捕拘禁なり打ち壊しなりを行う気満々でエウルレン市に来たのだった。そして彼らが覚えていた以前のエウルレン市は、単なる街道の中継地点に過ぎず適度に寂れた町だった筈だった。
しかし、ここ数か月でエウルレン市は劇的な変化を遂げていた。マルソーの開発とエウルレン迄の街道整備によって大幅に人員が投入され、それが作業賃金の高騰を呼び、それらを使う場所としてエウルレン市に資金が流入し、エウルレン市は大幅に活況を帯びていた。街道沿いの商店はどこも満員だ。
「隊長、ここは俺が知るエウルレンとは随分違いますぜ。」
「そうだな。まず城に行く前に、このエウルレンで情報を収集してからにしよう。それにしても…」
クレメンスはここエウルレンに来たのは随分昔ではあったが、それにしてもこんな短期間で町の様子が変わったのを見たことが無かった。




