61.エウルレンの酒場で
「いやぁ、タカダさんが先に命令していなかったら、撃っちゃってましたよ。なんですか、先見の明というか先を見通す能力でも持っているんですか?」
ここはエウルレン市郊外の居酒屋"煙とランプ亭"という店だ。
以前、エンメルスがベール達と会合した店であり、エンメルスの旧知の友人が営む居酒屋である。今、ここにはエンメルスの他、日本人の高田、その他大勢が集まっていた。
「いやぁ、あんな目に遭ってますからね、ゾルダーさんに。選択肢に"殺す"ってのが最上位に来ていても理解は出来ます。タダですね、それは皆さんの復讐心だけが満たされて、エウグスト人民の皆さんの最大公約数的な幸せには結びつかないんですよね。」
「いや、そこはもう理解してますから、そんなに虐めないで下さいよ、タカダさん。ゾルダーは今後も使える駒として殺さない。ル・シュテルも同様で、絶対に手出しは駄目、そう理解しているよな、皆!」
げらげら野卑に笑いながら、その場に居た全員が「おおよ!」と答えた。実際にル・シュテルのおかげでエウルレン市の郊外であるこの辺りまで活気が出てきたし、土地開発も進んだ。
「で、重要な話って何ですか、タカダさん?」
「そうそう、重要な話。
ええとですね、これからガルディシア首都ザムセンに火力発電所を作ります。それはどうでも良いんですが、重要な件の方はザムセンとマルソー港に街道を引きます。この街道敷設に関して、第三レイヤーのチームに協力をお願いしたいのです。
駆逐艦マルモラにて救助され全員が日本に亡命した全員は第一レイヤーと呼ばれていた。そして、第一レイヤーがガルディシア国内で、彼らの旧知の者や、名前の知れた物で勧誘された者達を第二レイヤーと呼んだ。第二レイヤーが勧誘した者達を第三レイヤーと呼んでいる。つまり現状では組織の末端だ。それぞれの立ち位置で任務の内容が変わるが、第一レイヤーチームは既に死んだ事になっている為に、顔を晒して日中での行動が出来ない。そういう時に使うのが第二レイヤーチームだが、ここにはお尋ね者も多い。その為、時と場所によっては顔を出しての行動がやはり出来ない。第三レイヤーチームはそうした制約とは無縁に近いので、便利に使われるのだ。
「街道敷設に第三を投入ですか?
どんな事をする任務なんですか?」
「そうですね。指示が出るまで街道敷設に邁進して下さい。可能であれば、普通のエウグストやダルヴォートの労働者の皆さんと仲良くなる、というのが指示となります。作業スケジュールは概ね決まっています。明後日頃には作業開始となりますので、それまでに指示流します。待機迄の資金はこの店に出る時に支払います。必ず受け取って下さい。では第三はここで解散して下さいね。」
「よし、追って指示出すまで待機。第三は解散!」
ぞろぞろと半数以上が煙とランプ亭のマスターから小さな袋を受け取って出ていった。店内には高田と第一、第二の35人程が残る。
「さて、本題に入りますか。いよいよ街道が整備されるとマルソーとエウルレンが電化されるようになります。予定としては帝都ザムセンよりも3か月早く電化完了を予定しています。」
「ほう電化が完了ね…
ここもニッポン見たいになるのかな?」
「それでですね、マルソーの港街の一画に武器工廠を作ります。
これはル・シュテル伯爵の管理区域外です。一見すると普通の単なる部品工場レベルに偽装しますが、中身は武器、弾薬を製造します。ここが補給拠点になりますね。」
「ほうほう、つまり武器弾薬の集積がニッポンの船を待たなくても可能になる、という事ですね。それってニッポン軍が使用している武器と同様の物ですか?」
「いい所を突きましたね。違う武器です。我々が使用している武器は第一レイヤーの方々は理解しているとは思いますが、これを使用すると足がつきます。日本の物だ、と。建前だけでも我々はそれを避けたい。そこで、我々にとってはかなり旧式、ガルディシアの皆さんにとっては見慣れた形、中身と品質は最新という形で武器・弾薬を第三レイヤー、そしてそれ以外の方々に提供したい。だが、出所は日本では無い、という事が必須です。」
「今の所、ニッポン軍と同等の装備は第一レイヤーだけですよね?今後はどうなるのですか?我々、第二レイヤーチームは同等の装備には成らないのでしょうか?」
「第二レイヤーの方々でも第一に近い任務の場合は当然同等の装備になります。ですが、通常任務の場合は装備は今までと変わりません。と、いうか決起のその日までドンパチしないで頂けると有難い。ご理解頂けますよね?そして、皆さんに言いたい事が一つあります。この組織はまだ100人に満たない。失った祖国を取り戻し、そして祖国を安定して運営するには人数が足りなさすぎる。日本のことわざに"急いては事を仕損じる"という言葉があります。我々が登り始めた山は未だ1合目にかかったばかりです。先は長い。自重してください。」
「いや、そうですね、心得ます…」
第二レイヤーの面々は言いたい事があったらしいがぐっと堪えて黙った。ここで文句を言っても、最悪密かに殺されて闇から闇だろう。国家転覆を企む集団なのだ。危ない橋を渡る奴から死んで行く。
「さて、続き良いですか?この武器工廠は、このガルディシアでも作っているレベルの武器を最新の工作機械を使って生産します。また、弾に関しては同じ工廠内で自動生産する予定です。つまり材料さえ有れば自動で作り続けます。第二の皆さんは、この武器工廠を守って頂きたい。そして万が一の場合は、ここを爆破して下さい。」
「第二レイヤー、了解です。」
「第一レイヤーの皆さんは、一旦日本に引き揚げて下さい。そこで自動車の運転に慣れてもらいます。今後街道が整備されると、その街道での移動は全て自動車になります。しかし自動車の運転に慣れた者達は当然ながらエウグストの方々には居ない。光栄ある自動車運転第一号となって頂きます。その目的は、エウグスト北方にあるエウグストを支配する中央総督であるガルディシア皇太子ドラクスルを、総督府から拉致する事。」
「おおおお!それは!」
「ただですね。色々な準備が整ってからでないと、色々無理なんですね。なので、実行するのはかなり後になります。6か月位かな…もっと後になるかな。何れにせよ、皆さんにはこの目標に向けて色々頑張らなきゃならないハードルが山ほどあります。」
「いや、全然苦にならん。目標が無い事の方が苦痛だ。エウグスト再興に向けての指標がはっきりとした。これで俺達が何をするべきなのかは理解した。今後もやれるよ、タカダさん。」
「そういって頂けると心強いですねぇ。
では第一レイヤーの方々は日本に向けて近々移動します。予定としては3日後の輸送船で運ぶ予定です。この輸送船はガントリークレーンのパーツ運んで設置する予定なので、その次以降は輸送量が跳ね上がりますよ。」
皆はガントリークレーンが何を意味する物なのか良く分からなかったが、ともかく輸送量が増えるのだろうと朧気な認識でいた。それよりも皇太子の拉致という目標が出来た事に、皆の考えは盛り上がっていた。