55.内戦の終結
国王ファーノIV世は、内乱発生と同時に日本国政府と急ぎヴォートラン王国に帰る為の手段を交渉し、US-2で戻る事となった。即座に機に乗り込みヴォートランに向かう途中、日本から王弟フィリポの軍が油田を狙っている事を聞き、海軍は日本軍に任せるが王弟フィリポは生かして捕縛して欲しい、と要請した。ファーノは、フィリポの艦隊が全滅した頃には既に王都トリッシーナに戻り、フィリポ捕縛の情報を待っていたのだった。
そのファーノが待つ王城に連行されたフィリポは、王の間に引き出された。後ろ手で縛られ黒い布袋を被されたままのフィリポは王前で袋を外され、辺りを見渡した。…何故、国王ファーノがここに居る?戻る前にあと数日はある筈だ。さてはニッポンが何かしたか、とフィリポが内心忌々しく思っていると、ファーノが口を開いた。
「…一つ問う。フィリポよ、何故なのだ?」
何故?何故だと!!
俺が正当なるこの国の王なのだ!簒奪者め!
口には出さなかったが、心密かにフィリポはそう思う。
フィリポとファーノは異母兄弟だった。ファーノの母である先の妃が病死し、その後に後宮の側室だったフィリポの母が妃として王城に入った。その時からフィリポは"あなたはこの国の王になる"と常に吹き込まれて育った。フィリポはその母に吹き込まれた洗脳にも近い言葉に従いこれまで生きてきた。だが、先代の王が退位した時に、即位したのは兄ファーノだった。王位継承権の順列から考えると妥当な権力移譲だったが、フィリポはそう考えられなかった。
その日から、フィリポの孤独な戦いが始まった。
元々あった海軍のスポンサーとして徐々に海軍に浸透し、最終的にヴォートラン海軍を全て掌握した。何時の日か来るであろうリバルータ島の全土掌握の為に自らの諜報組織を構築し、全土に自分の目と耳を放った。鉄等の金属資源が入手し辛いリバルータ島での戦力構築は、エステリア王国からの完成品輸入という形で徐々に戦力の近代化を進めていった。その為、従来あったヴォートラン陸軍と海軍では装備に差が生まれ、海軍では砲やパーカッションロック式の銃が一般的になりつつあるが、陸軍では旧式の砲と剣、そしてフリントロック式の銃が主流だった。海軍の充実、戦力の近代化、これらの功績はあれど、目的は王位奪還だったのだ。
だが、ファーノの思いは違った。
自らの母が亡くなり王宮の中で孤独だったファーノの身近に唯一友として弟としてフィリポが居たのだ。その為、ファーノは最後まで彼を殺す判断が出来なかった。被害が大きくなる事を覚悟で"生かして捕らえよ"と命令していたのだった。だが、その気持ちから出た言葉はフィリポには届かない。
「ファーノ、貴様の治世には飽いた。
我を東方に追いやり、我が母を王宮から遠ざけ、ニッポンとの交渉を横取りし…我ももう我慢の限界だったのだよ。手塩にかけた海軍も失った。忠実な我が兵達もエンナで散った。もう術も何も無い。殺すが良い。」
「…何故、その理由を聞かぬのだ。それぞれに理由があろう物を。何故、お前の一方的な思い込みで、そうまで捻じ曲がった答えとなるのだ。余はお前の為を思い、東方領地を与えた。お前の母を王宮から遠ざけたのも、お前の母の体調を思ってこそだ。お前の母の病によく効くという薬草を入手し易い街に宮殿を作り、療養もかねて送ったのだ。そしてニッポンの件も、横取りとは一体何だ。ニッポンが余の所に交渉に来たのはニッポンが欲しい情報や物をお前が持って居なかったが故だ。それぞれに余には理由が、」
そこに正しい理由があろうが無かろうがフィリポにはもう既に関係が無かった。最終的に殺される事になるであろう現状に、わざわざ衆目の前で辱めを受け続ける気も無かった。ファーノの言葉を遮りフィリポは叫んだ。
「理由なんぞどうでも良い!
茶番はもう沢山だ。殺せ。今直ぐに!!」
「…衛兵!こやつを東の塔に幽閉せよ。
フィリポよ、追って沙汰を申し付けるがお前を殺す事はしない。塔の中で余の言葉を噛みしめるが良い。」
良かれと思ってやる事が大きなお世話になる事がある。
ましてや何のフォローも無く、また根回しも無い状態で、善意を行おうとする本人の気持ちだけが先行して行う善意というのは双方にとって不幸になりやすい。行う方は"こんなにしてやったのに"となり、行われた方は"勝手に大きなお世話を"となる。まさにファーノとフィリポの関係はこれの繰り返しで問題が拗れ捲っていたのだったが、事ここに至っては既にどうにもならない。
フィリポは東の塔に幽閉され、ファーノはアクレイデ伯爵領等を除く全土を掌握し、ニッポンとの交渉を再開した。海軍は解散となり、その間の無防備な状態はニッポンが代替として代行する事となり、入れ替わり立ち代わりで日本からの護衛艦が交代でヴォートラン海軍再建までヴォートランを警護した。
そして発展著しいのは空軍である。
日本は、複葉機以前の技術環境であるヴォートランに対し、航空ルールの教育、航空力学と内燃機関のごく初期の情報を供与した。そして数機のプロペラ飛行機を供与し、更に日本からはプロペラエンジンの輸出とを行った。日本とヴォートランの協議により、一定のレベルに達した航空兵を日本へ勉強の為、留学する制度も整備し、先端技術に触れる機会を構築した。これは、間違っても日本に逆らってはいけないと軍人に教え込むという理由もあったのだが…
日本はエンナ島の油田に採掘施設を設置し、恒常的に石油が入手可能な体制へとなる。ヴォートランは日本からの政府開発援助を受け、王都トリッシーナ周辺に巨大な備蓄タンク及び大きな空港と港を、まず構築した。ここには火力発電所も作られ、王都トリッシーナを中心に日本からの輸入品がどんどん流入し、様々な生活形態の変化が訪れる事となった。何せ、輸入品の支払いは原油なのだ。ヴォートランにとっては殆ど元手ゼロで日本から来る様々な便利な道具を輸入し続ける事となった。
こうしてヴォートランは日本からの様々な道具を輸入したが、何よりも一番ヴォートランによって貴重な物は日本の先端技術情報だった。彼らは、日本から得た技術を使用して航空技術を一気に進める事となるのである。だが、これは必要に迫られての事でもあったのだ。