50.内戦 エンナの戦い-⑤
意図してか運なのか戦艦レガルブートは、未だ一発の被弾も受けては居なかった。
が、王弟フィリポの命により全員エンナ島への上陸命令に従って、小舟を降ろして向かっていた。
小舟では海兵達がぼやきながら櫂を漕いだ。
「ったく、うちの大将、エンナから離れろだのエンナに上陸しろだの、コロコロ命令が変わり過ぎなんだよ。」
「仕方が無いだろ、あんなの相手に出来ねえよ。そもそも姿形も見えねえ空飛ぶモンなんざ…」
「ああ、そうだ。俺達ぁ船が沈む前に降りれてまだ幸運だ。」
「今回ばかりはもう駄目かもしれねえな…」
思い思いに懲罰房送り確定の言葉を次々と口にする海兵達。
既に士気は無いに等しい状況にあり、これからエンナに上陸しても事態が好転するようには思えない。
しかも、周辺には船のバラバラの破片があちこちに浮き、それだけならともかく、未だ生きている者、既に死んでいる者、それらが投げ出された海を漂っていた。
彼ら救助可能な者を助けつつ、エンナに向かう作業は思いの外に辛い。
しかも慣れない陸戦をこれから行うというのだ。
戦艦レガルブートの海兵達は心の底からうんざりしていた。
レガルブートの海兵が上陸しているのは、エンナ島南の浜で中央高原の占領地域からは20km程離れている。当然、海兵達は戦艦を降りる際に背嚢と銃だけを持って小舟に乗った。
そう、彼らに砲等の重火器は無い。
だが北の海岸で輸送艦おおすみから降りてきたヴォートラン陸軍の兵士は馬引きの砲を何門も持って来ていた。
更に近衛騎士団は馬を引いており、国王軍は機動力と火力をエンナ島に持ち込んでいた。
そして、それらを揚陸する様を先行上陸隊は全て見ていた。
エンナ中央の油田に展開する王弟軍先行上陸隊の利点は、高地に居る事と既に布陣している事のみ。
この絶望的な状況にこちらの士気も下限まで下がっていた。
だが、この絶望的な状況にあって、一人タウリアーナだけが気を吐いていた。
「貴様等っ、戦う前から負ける気になってどうする!!
これは防衛戦だ、ここを交渉の道具とする事により敵を挫く。我々がここで全て倒れたら、我らの今までが全て無となるのだ!!
いいか!我々は未だ生きてる!
出来る事をやるぞ!」
タウリアーナは地形を見渡し、どうやって防衛するかを考えた。そして油田を背に前方に向かって敵の進入路と思しき箇所、つまりは自分達が登ってきた道を確認し、即席の防衛計画を実行した。
「ウバルト隊!この外周に沿って穴を掘れ!掘ったら油田から油をひいて流し込め!流し込み終わったら、油田からの誘導通路は塞げ!必ず塞げよ!!
フランチェスコ隊!この建物の周囲50mに塹壕を掘れ!
ジュゼッペ隊!お前たちは、この建物の周囲80mに塹壕を掘るんだ!
フランコ隊!お前たちは土嚢を作れ、袋が無くなったら土を盛れ!
敵の目的が油田奪取なら、ここを後背にすれば敵からは砲撃を受けない筈だ。だが、それも塹壕あってのモノだ。急げ、今日は死ぬには天気が良すぎるぞ!さあ穴堀りだ!!」
タウリアーナは中央の油田部分を中心に陣地を構築した。2重の塹壕とその外には油を流した。
油田を破壊しても良いなら砲を撃てば良い。そこに価値が無いのなら、ここに籠る意味も防衛する価値も無い。タウリアーナは割り切った。
だが、騎馬隊を止める為の方法が手持ちには無い。ここは高原で草はあっても木の類が無い。
鉄製の見た事も無いパイプが数十本ほど建物の近くに置いてあったが、柵を作るには長すぎる。
これは出た所勝負だな…タウリアーナは独りごちた。
そして2時間程が経過し、騎馬隊なら直ぐにでも攻めてくると思いきや、どうやら陸軍のスピードに合わせて進軍しているらしく、未だ姿を見せない。周辺の塹壕は全て構築し終わった。外周部分に掘った罠への油誘導路も油を流し込み終わり、既に塞いだ。準備は万端だ。と、その瞬間斥候と思しき少数の部隊が、敵の予想進入路の部分から現れた。だが、接近するまでは撃てない。あの二重に掘った溝に流した油の所迄奴らが来たら、纏めて餌食だ!
ちょうどその頃、モンテヴァーゴら近衛騎士団は敵の後背である南側の坂から攻める為に中央高地を迂回していた。
そして王国陸軍主力は北側から中央に登っていた。王国陸軍は馬は居たが砲を引くに使っている。その為、移動スピードは普通の行軍の速度と変わらない。だが、後背に回り込む騎士団が丘を迂回して来るので、然程問題にはしていなかった。中央油田に攻め込むタイミングはあと1時間後。北側を行く王国陸軍に障害は無かったが、近衛騎士団には大問題が発生していたのだ。
「何故ここに王弟軍が居る!!
ええい、全隊突っ込め、このまま突っ切るぞ!!」
モンテヴァーゴは、無人の南側の坂を一気に駆け上る積もりで突っ込んでいた。だが、モンテヴァーゴの思惑は、思わぬ伏兵に妨げられた。
中央の油田に移動中だったフィリポの海兵達の列にまともにぶつかったのである。直ぐに海兵達は射撃を開始し、モンテヴァーゴの騎士団は思わぬ被害を被った。だが、騎士団の突進によりフィリポの海兵達も通った所は蹂躙される。列を突っ切ったモンテヴァーゴは、その先で部隊の態勢を整え、再度蹂躙すべく海兵の列に突っ込んだ。
「何事だ!!何故、ここに近衛騎士団が居る!!
集中して先頭を攻撃せよ、あれはモンテヴァーゴだ!!
彼奴を打ち取った者は、褒賞を授けるぞ!!」
「で、殿下!お下がり下さい、ここは危険です!!」
「貴様も攻撃に加わらんか!!
モンテヴァーゴを打ち取れ!」
お互いが予想外の会敵だった。
だが、機動力ある近衛騎士団とはいえ多勢に無勢で、徐々に数は減っていき情勢はフィリポに傾いていった。既にモンテヴァーゴを含め、4人しか残っていない。だが、この王弟軍を逃して中央に合流されると、国王軍が危険に晒される。どうあっても、ここに釘付けにしておかないとならぬ。
だがモンテヴァーゴの決死の覚悟は、多勢に無勢によって磨り潰された、
「最後に言いたい事はあるか?」
フィリポは、何発かの銃弾を喰らって苦しむモンテヴァーゴの傍に寄った。モンテヴァーゴはフィリポを睨みつつ口を開いた。
「謀反人め、貴様に語るべき言葉を持たぬ。殺せ。」
「良かろう。最終的に勝てば官軍だ。今、楽にしてやる。」
フィリポは何発かの銃弾をモンテヴァーゴに撃ち込んだ。
そして王弟の軍勢は南側から中央に到達した。