2_44.王弟フィリポの計算
王弟フィリポはファーノIV世の王城を後にし、直ぐに港まで向かった。フィリポ専用の船は帆船に蒸気機関が付いた汽帆船である。王弟フィリポは王宮から自分の大公領までの帰路の間、如何にして簒奪する事が可能かについての方法を考えていた。
本来行おうとしていたのは、艦隊を率いて王都を包囲し、脅迫と砲撃を以て国王ファーノを退位させる積もりだった。だが、艦隊は先の海戦で全滅し、手駒の大半を失ってしまった。今、それをするには戦力も手勢も無い。元々国王派の陸軍を相手にするには、それなりの戦力が必要だ。それだからこそ、国王ファーノは国を空けていられるとの判断だったのだろうが…
このままファーノにニッポンが付いてしまうと、あの科学力を背景に国王の権力基盤は遥かに強くなってしまう。そうなれば簒奪どころの話ではない。これは武力に頼らない方法でなければ無理だ。
……いや、待てよ。今なら大した武力で無くても可能な方法があるぞ!
「ラチアーノ!」
「ここに。」
「これから、国王ファーノは国を離れる。国を離れてニッポン国へと見学に行くそうだ。」
「なんと…それは!」
「そうだ。これ程の機会が訪れた事は今まで無い。だが、逆にこれほど我々の戦力が下がった事も無い。この順が逆であったなら、とは思うが。」
「確かに…ですが、他に手はあるのではありませぬか?」
「そうよ。恐らくは王都の周辺は警戒が何時もより厳しかろう。だが、他はどうだ?全ての兵力は恐らくに王都周辺にある。逆を言うならば、その他は手薄となっておるだろう。」
「残存の艦隊を、手薄な場所にぶつける!? ですが…一体どこに??」
「エンナ島よ。あの島の警備は手薄になる筈だ。そしてニッポンが謁見中に拘っていたのも、この件だ。つまり両国にとっての肝はこのエンナ島にある。そこを我々が手に入れられたなら…」
「確かに、エンナ島でしたら国王の陸軍の戦力もそれほど集中出来ませんな。寧ろ、我々の方が船舶であるだけ利点が多いですな。フィリポ様、戻り次第我々の戦力を集中し、エンナ島占領に向けて行動致します。」
「良い。それで良いぞラチアーノ…ふふふふふ。まずはあの島の油田とやらを掌握し、それを以て国王に対して退位を要求する。そしてファーノが退位した後にはニッポンとの交渉に於いて高値で売りつけるぞ。」
「国王は何時頃にお戻りに?」
「恐らくだが、ニッポンの境界線迄は我々の船で2日と少々だ。境界線の先にニッポンがある。だが、境界線とニッポン迄の距離はそれ程でもあるまい。が故に3日もあれば着くであろう。と、するならば往復で6日。ニッポン国内の滞在で1週間程度。つまりは国王不在の2週間の間が勝負、という事であろう。」
「2週間ですか…残った艦隊を搔き集めます。王都トリッシーナでの破壊工作は如何なさいますか?」
「トリッシーナ港の船を中心に行え。街は破壊するな。移動手段を奪い、エンナ島への増援と補給を断つのだ。それとエンナには全ての爆薬を集中させよ。万が一に備えて、爆破可能とするのだ。」
「国王がこちらの要求に従わなかった場合に備えて、ですな?」
「うむ、そうだ。出来るな?ラチアーノ。」
「お任せ下さい。それでは我々も早く戻りませんと。それとアクレイデ伯爵は如何なさいますか?」
「あれは今回も日和見だろう。ただ、一応使節は送っておけ。手出しするな、と。」
「委細承知致しました。そのように致します。」
フィリポは国王の日本滞在を2週間と見積もっていた。
だが、実際にはもっと滞在日数は少なかったのである。それは移動速度の違いからの計算違いだった。そして、計算違いはもう一つあった。
フィリポは宮殿での宴に最後まで参加するべきだったのである。何故なら、日本に行く決定を行った後に突然始まった、国王ファーノ提案の日本への要請がもう一つあったのだ。油田の調査にかこつけた自衛隊部隊の警備だった。
国王自体は秘匿していた島の警備は、侵入された場合での対処法しか行っていなかった。つまり同島出身者で人員を固めていたのである。それには国王の持つ海軍力がそれほど強く無い、という事に起因するのだが、それでも効果は上々だった。
だが、こうして表沙汰となったからにはそれなりの警備が必要であり、潜入という方法以外をとられたら、現状では対処不可能である。ニッポンとの交渉事に於いて、恐らく肝となるであろうここを守るにあたり、それなりの戦力が必要、だが海軍力は無い。であるならば、いっそ調査という名目を与えてニッポンに守らせれば一石二鳥ではないか、とファーノIV世は思った。
それが故に、日本に行く前に日本政府へと公式に調査と警護の依頼をファーノIV世は済ませていたのだった。そして、この事実を宴を中座した王弟フィリポは知らなかった。