2_36.日本使節団、トリッシーナへ
ヴォートラン首都にある港トリッシーナの水深は浅い。
逆にヴォートラン東方フィリポ領にある港町ディルーポの水深は深い。その為、満載喫水線が一定を超えるような船は全てディルーポに行く。これにより王弟フィリポは海運を握り、そして海軍を掌握するようになった理由である。そしてフィリポは海軍を掌握した後に、国王を打倒す
るべく暗躍を繰り広げていたが、一度の海戦での艦隊全滅して以降、その計略は大幅に後退した。そこに現れたのが日本である。フィリポは日本の出現を、自らがヴォートランの国権を握る天啓だと思った。日本が持つ科学技術は、どう見積もっても我々の数段上だ。この技術の一端でも自らの物にしたならば、国王派の打倒も容易に遂行出来るであろうことは疑いない。
そして、フィリポは接触してきた日本と交渉を行った上で、日本という国は取るに足らない国であるが故に日本との交渉事はこちらに一任されたし、との報告を国王に出していた。或る程度の交渉は順調に進んでいた筈が、突然日本は心変わりした。日本は交渉相手をフィリポからファーノIV世に切り替えたのだ。
そして日本は大規模な艦隊を王都トリッシーナに派遣してきた。大規模な使節団と称する艦隊を国王ファーノIV世は受け入れた。その様子を、王宮から苦々しく見ていた王弟フィリポだった。それを知ってか知らずか、アクレイデ伯爵がフィリポに話しかける。
「王弟殿下、ご覧になりましたか、あの艦隊を。」
「うむ…壮観であるな。」
言葉少なにフィリポは返答する。
アクレイデ伯爵は、国王ファーノと王弟フィリポの間に挟まれた領地を持っており、傍から見るとまるで緩衝地帯のような状況だった。その為、伯爵自身の野望はともかくとして、国王と王弟との間を等距離に近い薄っすらとした関係を維持していた。だが、意識して行っている距離感を吹き飛ばす光景が目の前に広がっていた。
「全くニッポンという国は聞いた事も無いのですが…王弟殿下は、一度ならず彼らと接触をお持ちとか。何か面白いお話とか御聞かせ願えますか?あのニッポンという国はどこにある国なのですか?」
アクレイデ伯爵は無邪気に聞いて来る。
だが、この男…表面上は無邪気を装っているが、どこまで知っているのか知れた物ではない。恐らく入手した情報の確認をしているに過ぎない。
「彼らが言うには中央ロドリア海の嵐の海中央付近と称しておる。まぁ、実際に彼らの国に行った事が無いので分からんのだがね。」
「ほう、それは大変に興味深い。あの、止む事の無い中央ロドリアの嵐、その中央からですか。」
フィリポは会話をするのが面倒になってきた。
窓の外の風景は、ニッポンの艦隊の一隻が後部を開けて、そこから更に船が出てくる所だった。その余りに異様な光景に宮廷の中がどよめく。LCACは派手に水煙を巻き上げながら、港に向かって進んできた。
「船の中から、更に船が出てきよったぞ!」
「海上を滑るように動いておる…」
「海に浮いておるのか?どうやって動いているのだ?」
後方には二つのプロペラが回転し、左右に水を吹き飛ばし、轟音と共に四角い船が進んでくる。港に近づけば近づく程にその大きさが分かる。こんな船が入っていたとは、あの沖合の船は一体どんな大きさなのだ…そして、この四角い船はそのままトリッシーナの砂浜に上がってきた。
「あの船、陸の上に上がって来ておるぞ!!!」
「…一体アレは船なのか??」
宮殿の中で、一人国王ファーノIV世だけが満足そうに眺めていた。あれ程の航空機械を作る連中だ。このような船も造作もあるまい。そうファーノは思いつつ、王弟フィリポを観察していた。彼は王宮に来た時から変わらず苦虫を嚙み潰したような顔をしている。暗い満足感に浸りつつ、ファーノはフィリポに話しかけた。
「フィリポよ。貴公が報告した取るに足らない国ニッポンの使者が来たぞ。あれを"取るに足らない国"と称するとはな。」
「陛下、私もニッポンがこれ程迄とは思いもよらず…」
「まあ良い。この後、彼らニッポンから宰相のイイジマ氏が来る。フィリポ。卿も同席せよ。」
「御意…。」
港では砂浜に上がったLCACからは、更に中央に乗せていた移動用車両を次々と降ろしていた。トリッシーナの住人はその光景を驚愕しながら遠巻きにして見ていた。予め警護の為に、住人を近づけないようにしていた王宮の近衛騎士団も、この光景を茫然としながら見ている。この騎士団の中から一人が前に進み出て、LCACから降りてきた責任者と思われる人物に話しかけた。
「私は近衛騎士団長のモンテヴァーゴである。ニッポンの責任者の方は何処に居られるか?」
「エアクッション艇1番艇艇長の滝川です。先程降ろした車両に我々日本国総理大臣の飯島が乗車しております。宮殿までのご案内を宜しくお願い致します。」
「心得た。それでは案内仕る。」
そしてファーノIV世が待つ宮殿に騎士団の一行を先頭にして、自衛隊の車両が後に続いた




