川の王の晩餐会~釣った魚はちゃんと食べましょう~
聞けい。この川の王の晩餐会に集いし人間どもよ。
遠くの席にいる者も、近くにいる者も耳を傾けよ。この晩餐会を始める前にわしの一生を肴にうたい飲め。
わしが生まれた川はそれはそれは広く、海ぐらい広いと言われていた。わしは淡水魚だから海に行くとすぐ死ぬから行ったことはないのだが、まあそれくらいでかい川に生まれたのよ。
そしてこのわしもそれと同じぐらいでかい、というわけではない。生まれたころは小さく、他の兄弟魚たちの中で一番小さかった。いくら藻や川底の苔を食べても体は大きくなれなくて、兄弟からは「俺たちに食べられる前に逃げた方がいいぞ」と追い回されていたものよ。
悔しいものだが、自然というのは大きいものが小さいものを食う、人間の言葉で言うなら「弱肉強食」の世界だ。わしはいつ食われてもおかしくなかった。だがわしは大人しく食われたくもないあほうなので、小さい体を利用して岩の隙間にこっそりと引きこもって過ごしていたのよ。もちろん兄弟はそんな臆病なわしにヒレを指して笑っていた。
だがある日大きな嵐が川を襲った。川の水は渦を巻いては生き物たちを陸上に打ち上げて窒息させ、上流から汚い泥水がドバドバ流れ込んでは大きいも小さいもの関係なくまとめて下流に押しやったのだ。
わしは流されまい飛ばされまいと必死に食らいついた。そうしているうちに体の大きいものが次々と嵐に巻き込まれてしまった。わしは隠れながら早く収まるように何度も祈った。
ようやく嵐が収まり、泥水のようになった川を見ると大きい生き物や兄弟はほとんど川にいなくなっていた。残っていたのはわしのように小さい生き物ばかり。川はすっかり様変わりしていた。
わしが濁った水の中を泳いで回っていると、川の底でわしをいびっていた兄弟が小さなカニどもに体をほじくられていた。まだ息があった兄弟であるがカニどもはそんなことお構いなしにとめいめいに兄弟の肉を貪っていた。
「おい、弟よ助けてくれ」
「このカニを追い払ってくれ。体が痛くてたまらん」
口をパクパクさせて命を乞う兄弟の姿は大きい体に似合わず哀れというより滑稽に見える。そしてわしは兄弟に近づくと傍に寄って。
「弱い者は強いものに食われるのがこの世界の掟だ。なら兄弟は今は弱いもの。俺に食われるのは道理だろう」
「「そ、そんな」」
そうしてわしは兄弟の肉を貪った。そうして一気に大きくなった。
兄弟の肉を食ったからだろうか、わしは余計に腹が空いて空いてたまらない。内臓の肉と肉がくっつきそうになるような腹痛を襲っていた。その時はまだ川に生き物が少ないから余計に飢餓感に襲われた。
わしは手あたり次第生き物を食った。腹痛を抑えるには食べるのが一番、肉を食うのが一番の薬だった。時には自分よりも大きな生き物さえも貪り、糧とした。もちろんまだ半端に小さいわしを狙う奴もいたが、運よくわしはそいつらから逃れて生き延びた。
別段強くなろうとか考えていなかった。弱い者は食われるのみが嫌だった。腹がすくのが嫌だった。たったその二つだ。
そしていつの間にか、わしは他の生き物どもから『川の主』と呼ばれるようになっていた。わしは『弱肉強食』の強食側になっていたのだ。
その頃になるとわしの腹から痛みはなくなり、空腹感も頻繁に起きなくなっていた。川の王となったわしは他の生き物に指図も威張りもせず細々と藻などを食べる日々が続いていた。もともと空腹を抑えるために食い続けていたのだから、王という称号すら食べられるものでないから興味もなかった。
そしてわしが川の王としてゆうゆうと泳いでいた時、巨大な網が川で一番大きいはずのわしの体を包み込み上へ引っ張ろうとした。
何をするコノヤロウ! と右に左にと体を揺さぶって抵抗するが、網は生き物の力ではない力でわしの体は船へあげられてしまった。
水から上がると普通の魚はあっという間に窒息死するのだが、どういうわけかわしは死ななかった。そして船から運ばれて建物の中へ連れて行かれると、わしの体の前に白い衣と頭の上におかしな白い棒のようなものを被った男が現れ、鋭い得物を握り締めていた。
「アイヤー、ついに川の王を料理できるとは料理人の冥利つきるネ。こいつ一匹丸ごと使った豪勢な料理作るヨロシ」
ここでようやくわしは悟った。わしは食われるのだと。しかし不思議なことにかつて喰らった兄弟のように命乞いも抵抗する気すらも起きなかった。むしろ誇らしいと思った。小さな体でいつ食われてもおかしくなかったのが、いつの間にか川の王として誰からも食われる心配がなくなったわしを食う奴がいた。そうかわしはこの時を、誰かに食われるのを待っていたのだ。
さて気になるのはわしを食う奴だ。この白い男が全部食うのか? にしてはあんまり太ってはいない。しかし男は細い腕片手でわしを掴み上げて、鉄の椀に持っていくと熱くてぬるぬるした液体をわしの体にかけていく。
熱い! 液体は文字通り焼けるほどの熱を持っていてわしのうろこや肉をあっという間に焼き上げた。何度も液体をかけられて気を失うかと思ったが、こいつがわしを喰らうまでは死んでも死にきれんと体に鞭打ち、意識を保たせた。
何度も何度も熱い液体をかけられてながら耐え続けると、ようやく白い皿の上に下ろされた。わしの青い体は夕日の太陽のように真っ赤に焼けていた。そしてわしの顔の周りに野菜を添えると男はニコニコとわしをどこかへ運んでいった。
そしてやたら明るい所に出ると、大勢の人間がわしに涎を垂らして眺めていた。なるほどこいつらがわしを食らうやつか。あの男はこいつらよりも下食う立場で、強食の人間でないのは残念だが、最期にわしの一生をこいつらに聞かせてやろう。川の王がなぜ川の王となったかを。
さあこれでわしの昔語りは終わった。弱肉強食の頂点に立っていたわしを喰らう強食の人間よ。存分にわしの肉を喰らうがいい!
ん? なに? 料理されたしゃべる魚など気持ち悪くて食べられないから下げて捨ててくれだと。
なんという、自然の摂理がわからぬやつらよ……