伸びよ我が動画再生数、と警官は言った
まったく、いやな世の中になった。
50年以上も昔から、南半球にある某国はカキンの名を持つ王族が支配している。鼻持ちならない奴らだが、国内の富のうち98%以上を奴らが保有しているんじゃ無理もない。奴らのおかげで、国内におけるほとんどの民が貧困層。まさに、「カキンに非ずれば人にあらず」の状況だ。
カキンの国王は、「この世のすべてはエンタメだ!」なんて悪趣味な文句を謳っている。それを象徴するのが、奴の作った動画投稿サイト――『K-tube』だった。
国民はそのサイトで稼いだ再生数に応じて、カキンの王族から金銭的に支援を受けることができる。まだ達成者はいないが、総再生数が100億を越えれば王族に迎え入れられるともいう。職もなければ明日への希望もない国民にとってはつまり、動画を投稿して再生数を稼ぐことは自分の寿命を稼ぐことと同義。ひとつでも多くカウンターを回すため、動画内容が過激になるのは必然だった。
汚らしいポルノや、ルールの無い喧嘩、電脳写身を用いた視聴者との架空性交なんかはもちろん、殺人の生配信までなんでもあり。貧者が生きるためとはいえ、これでは無法地帯という他ない。
これを重く見た世界連盟は、各国の警察から精鋭達を集めて度を超えた動画投稿者共を取り締まるための組織を発足、速やかに派遣した。
俺はゴヅ。動画投稿者共を取り締まるために派遣された専任警察官のひとり。クソみたいな国でクソみたいな奴らを相手にクソみたいな仕事をする、クソみたいな男だ。
◯
寂れた街の裏通り。薄明りの中、眠ってるんだか死んでるんだかわからない人間が、汚れた段ボールを身体に巻きつけて転がっている。ぬるい風に運ばれてくるのは合成アルコールと小便の臭い。新鮮な空気を吸うために空の方を向いたら、どこからか腹を空かせた赤ん坊の泣き声がやかましく聞こえてきやがった。ここは地獄の釜の中だ。まともな人間がいていい場所じゃない。
「――まったく。クソくだらない夜だねぇ」
電脳網を通じてドスの利いた女の声が聞こえた。俺と同じ専任警察官、イオだった。相変わらず言葉遣いの悪い奴だ、などと自分のことは棚に上げつつ、俺はイオとの通信を繋ぐ。
「どうした? 人肌恋しくて堪らなくなって呼び出しか?」
「クソみたいな冗談言うじゃないか。残念だったね。仕事だよ」
「相変わらずの嗅覚だな。どれだけのアホがいる?」
「3人さ。ショットガンを針の代わりにした死亡遊戯を生配信中らしい。生き残った最後のひとりが、動画で稼いだカネを総取りだと」
「救いようのない馬鹿どもだな。場所は?」
「その路地を抜けて右に曲がってすぐの廃ビルさ。もう私も近くにいる」
言われた通りに進んでいくと、イオはすでに電気銃を片手に待機していた。お互い軽く頷きあってそれを挨拶とし、ビルに入って階段を昇っていく。五階建てのビルの四階まで来たところで騒ぎ声が聞こえて、銃を構えながら慎重にフロアを進んで行くと、奥にある一室の扉の隙間から僅かに光が漏れているのが見えた。
視線を交わして合図を送り合う。扉にそっと歩み寄り、1、2、3で蹴破った瞬間、クラッカー特有の軽い破裂音が連続して響いた。
広い部屋の中央付近には3人の男がいる。奴らが囲むポンプ式のショットガンは、縄に括り付けられた状態で天井から吊るされている。ひとりはそれの銃身を手で押さえている。なるほど。手を離せばあれが回転して、止まったところで弾が発射されるような仕組みか。
「おっしゃ~! みんな観てるぅ~? 専任警察官の方々が、遊びに来てくれましたぁー!!」
奴ら3人のうちひとりが馬鹿みたいに明るい声を上げながらカメラをこちらに向けた。間の抜けた奴らだ。自分の置かれた状況をわかってないのか。
よほど苛立ったのか、イオは大きく舌打ちして唾を吐いた。
「ふざけてんじゃないよ。とっととそんなクソみたいな遊びをやめな」
「辞められなーい止まらな―い! 明日を生きるためにがんばりマス!」
カメラを構えていた男が「ルーレットスタート!」とくだらないことを言ったのを合図に、黒色の筒が回転をはじめた。息を吐いた俺は電気銃を構えて男達に狙いを付ける。気絶させて床に倒せば、弾が当たって死ぬことはないだろう。
「……おい、イオ。撃つぞ。お前も構えろ」
「待ちな、まだだ」
「待ってられるか。このままじゃ俺達だって――」
「待てって言ってんだよ!」
瞬間、耳を引き裂かんばかりの破裂音。クラッカーのそれとは比べ物にならない。放たれた無数の弾丸は、幸いなことに――と言うべきなのか、奴らには掠りもしなかった。
「うっひょ~う! アブネー!」
「死ぬ寸前! ヤバ! ヤバイから!」
「ハイもう一回! もう一回! もう――」
三馬鹿が騒ぐのを止めたのは奴らの中心にあったショットガンが床に落ちたからで、そしてそれはイオの投擲したナイフが、天井からそれを繋ぎとめていた縄を両断したためだった。
「――抑えるよ」
「……了解」
答えると共に電気銃を三発放つ。奴らの首筋を捉えた弾丸は、バチンという衝撃音と共に爆ぜて青白い光となった。
その場に倒れ込む動画投稿者達に歩み寄り、ひとりひとりに磁石式の錠を手足首に掛けていく。野郎共、こんな状況だってのに涎を垂らしてニヤついてやがった。反吐が出る。こいつらにも、こいつらみたいな存在を生み出しているカキンの奴らにも、こんなことを仕事にしている自分自身にも。
罪悪感と嫌悪感の狭間で歯噛みしていると、苛立ちを煽るような笑い声が聞こえてきた。止めろ、面倒を起こすなと思ったがもう遅い。声の方へ目をやれば、既にイオが笑う男に対し馬乗りになっていた。
「ウジ虫が。いいご身分だな、オイ」
ああ、畜生。またはじまりやがった。アイツの悪い癖が。イオはああやって反抗的な動画投稿者を見ると――爆発する。
男の少ない髪の毛を右手で強く握りしめたイオは、空いている左拳を奴の顔面に一発叩き込んだ。鼻の折れる音が鮮明に聞こえ、俺は思わず顔をしかめる。
「いいか? テメェらみたいな惨めな存在は、エサが欲しいからって飼い主に尻尾振る犬畜生以下の虫ケラだ。ゴミクズだ。ゴミはゴミらしく、人サマに迷惑かけることなく塵になって消えりゃいい」
「イオ。いい加減にしろ。こいつらだって、こんな命懸けの馬鹿をやりたくてやってるわけじゃねぇだろ」
「ゴヅ、黙って見てな。私はこの瞬間のために、こんなクソみたいな仕事をやってるのさ」
言い終えるや否や、もう一発。左右の手を入れ替え、さらに一発。髪が千切れ、汚れた歯が床に落ちて悲しい音を立てる。
男の顔面はどす黒い血に塗れ、既に腫れがはじまっている。目を背けたくなるほど無残な姿――にも関わらず、奴は笑っていた。まるで、こんな状況になるのを待ち望んでいたかのように。
「なに笑ってんだ? なにか可笑しいことでもあるのか? それとも、もっと痛い目見たいのか?」
畜生、もう十分だ。堪らずイオを背後から羽交い締めにして無理やり立たせたが、それでもなお倒れた男の横腹に蹴りを入れるのを止めようとしない。
「笑ってみろよ、ほら。もっと笑えよ!」
言われて男はいっそう笑った。
クソ、地獄だ。
〇
昔のイオはこんな性格ではなかった。職務に忠実な奴ではあったが、少なくとも動画投稿者達を必要以上にいたぶるようなことはしなかった。
イオがこうなったのは、奴の相棒であり、婚約者でもあった男が仕事中に死んでからのことだ。回転式拳銃でこめかみを打ちぬかれ、即死だったらしい。現場の状況から見て、過激な動画投稿者に殺されたことは明らかだった。
それ以来、イオは修羅に取りつかれた。どこからか動画投稿者達の撮影がはじまるという情報を仕入れてきては、いの一番に現場へ駆けつけ、そして奴らを痛めつけた。大人しくしている相手にはまだマシだったが、舐めた態度を取る奴や歯向かう奴には一切の容赦をしなかった。
イオの行動は度を超えている。しかし、許されるべきものではないとは決して言えない。正当な怒りを行使する権利を、止めることなんて出来やしない。
〇
その日のイオは大いに苛立っていた。死亡遊戯の三馬鹿を捕まえた際のイオの行動が、奴らの網膜写真機で撮影されていたらしく、それが『K-tube』に上げられてバズっていたためである。現在、再生数は1000万回を突破。奴らを痛めつけることだけを目的とした行動が、逆に奴らの動画のタネとして利用されたとあっては、この怒りも無理はない。
怒るイオは何をしでかすかわからない。このまま仕事に出れば、動画投稿者を殺す危険性だってある。今日の仕事は休むようにとイオへ強く勧めると、奴は意外にもあっさりと、「じゃあそうしようかね」と受けた。
「その代わり、夕飯でも一緒にどうだい?」
断るという選択肢は許されないだろう。俺はその誘いを了承した。
イオが俺を連れて行ったのは、専任警察官のみに利用が許される食堂である。小便の臭いも赤ん坊の泣き声もここまでは届かないし、アルコールだって合成じゃなくて天然のものが出る。
白身魚を揚げたものを喉の奥へ麦酒で流し込んだイオは、つまらなさそうに呟いた。
「ねえ、ゴヅ。私達、いつまでこんなクソみたいな仕事を続けなきゃいけないんだろうね」
「さあな。ただ、辞めようと思えばいつでも辞められるだろ。交代要員はいくらだって用意して貰える。クソみたいなこの環境はともかく、カネ払いは悪くないわけだしな」
「言えてる」と答えて笑ったイオは、ふと表情を引き締める。
「……ねえ、アンタはどうしてこの仕事を辞めないんだい?」
その言葉に込められた意味を汲み取ることができなくて、俺はただ表面上だけをなぞるフリをして、「辞めて欲しいのか?」と何気なく答える。俺の回答が思うようなものではなかったのか、イオは不満そうに鼻を鳴らすと、「別に。ただ、気になっただけさ」と吐き捨てた。
食堂の扉が乱暴に開かれたのはその時のことだ。現れたのは、いかにもみすぼらしい恰好をした男。そいつに頭を抱えられながら連れられているのは、まだ10歳程度の少女だ。さるぐつわを口に嵌められ、両目から涙をこぼしている。
「よっしゃよっしゃよっしゃ~! たっくさんギャラリーがいるじゃんコレ!」
あの嘘くさい喋り方に、嘘くさい笑顔。動画投稿者だ。気づくと同時にその場にいた専任警察官が一斉に立ち上がる――が。
「お~っとハイハイ動かないで~! 動いたらこの子が死にま~す!」
奴が後ろポケットから拳銃を抜いて少女の頭に突きつけたことで、それ以上は何も出来なくなった。
一気に張りつめる空気。憤怒の表情を浮かべるイオが奴を睨みつける。
「……こんなところに、なんの用だい?」
「おぉ~! そこのお姉さん! いい質問! 僕はみんなで、ゲームをやりに来たんです! 題してぇ……『どっちの命が重いかな』ゲーム! ルールはチョー簡単! この子と、僕。どっちを助けるかみなさんの多数決で決めるだけ! 得票数が少なかった方は、サクっと死んじゃいマース!」
「ふざけるんじゃないよ。とっとと銃を下ろせば命だけは――」
銃声。天井に向けられた銃口から火花が散って硝煙がにわかに漂った。脅しじゃないと、そう警告したつもりなのだろう。
「さあさあ。無駄口はいいからどっちがいいのか選んで選んで~! ふたつにひとつなんだから、カンタンでしょ?」
大きく舌打ちしたイオは、そっと俺へささやく。
「……ゴヅ。奴の気を引け。私があのクソを取り押さえる」
「……了解」
奴はその場にいる専任警察官ひとりひとりに対し、「どっちの命が重いかな?」などと聞いて周っている。言うまでもなく、選ばれるのは少女だ。気狂いなんて誰も選ぶはずがない。
やがてそいつは俺の元までやって来て、「どっちの命が重いかな?」と意味のない質問をぶつけてきた。俺は少しでも長く時間を稼ぐため、選択ではなく対話を試みるフリをする。
「おい、お前。考え直せ。結果は見なくたってわかる。このままじゃお前は死ぬぞ」
「いいんじゃなーい、死んでも。それが僕の人生だったってことで!」
「そんな人生あって堪るか。こんな国なんて出れば、まともな人生――」
奴の顔から嘘くさい笑みが剥がれ落ちたのは、その時のことだった。目の前にあるのは、暗く、冷たく、喜怒哀楽の一切を感じられない、鉛のような表情だった。
それを前にした俺は、なにも言えなくなってただ固まった。数瞬の後に馬鹿の顔に戻った男は、口から出した舌をだらんと垂れ下げながら白目を剥いて、顔を小刻みに左右に振る。
「さあさあ、気を取り直して、レッツ投票!」
「――誰がそんなことするか、クソ野郎が」
俺が話している隙に男の背後を取っていたイオが、拳銃を奪って男を床にねじ伏せた。それから、有無を言わさずまず一発。さらにもう一発と次々と拳を顔面に叩きつけていく。恨み、怒り、悲しみ、憎しみ。負の感情すべてをひとまとめにして拳に載せているように、俺の目には映った。
その行動をしばらく止められなかった俺がようやく動き出すことができたのは、奴を確保する際に突き飛ばされる形となった少女が、床に倒れたまま男とイオの方を涙目で見ていることに気づいたからだった。
俺はイオの肩を掴み、それから強く引いた。
「イオ、いい加減にしろ! 人の目を考えろ!」
「アンタこそいい加減にしな。コイツには、制裁が必要なんだ」
「お前の気持ちがわからないとは言わん。だが――」
「わかるわけがないだろ、アンタに!」
……ああ、どうせ俺にはわからない。お前の考えていることなんて、わかるわけがない。でも、それでも俺はお前を止めたい。俺は、お前を――。
電気銃を腰から抜いて静かに構えた。人差し指は引き金に、銃口はイオの後頭部に突きつけてある。イオが拳を構えれば、いつでも撃てる。
「……お願いだから止めてくれ、イオ。それ以上、自分の手を血で汚さないでくれ」
沈黙。それから、イオはこちらを振り向いた。一切の感情を取り払ったようなその表情は、不思議と先ほど動画投稿者の男が見せたそれに似ていた。
「……優しいね、アンタは――」
耳をつんざく銃声が響く。俺や、他の専任警察官が撃ったわけじゃない。誰が撃たれたわけでもない。
行われたのは自殺だ。動画投稿者が、隠し持っていた小拳銃で自分のこめかみを撃ち抜いたのだ。
ようやく気付いた。ここは地獄の釜の底だ。
〇
動画投稿者の自殺ショーが目の前で行われてから10日が経った。ああいったことは、とくに珍しいことではない。しかし実際に目の当たりにしたのは初めてだった。いくらカネを稼いだところで、死んでしまえばなんの意味も無いってのに。
鬱々とした気分でも仕事は続けなくちゃならん。カネを稼ぐために。ある意味、俺は動画投稿者達となんら変わりないのかもしれない。
夜の街を警戒しながら歩いていると、電脳網にイオから通信が入った。冗談を飛ばす気力もなく、ただ「どうした?」と答えると、「奴らを見つけた」と向こうもまた端的に返してくる。
「すぐに来な。こいつは大物だよ」
通信が切れてからすぐに、住所と地図が送信されてきた。指示された通りの場所へ向かえば、いつぞや動画投稿者共を捕まえた廃ビルだ。入り口にイオの姿はない。もう中にいるのだろうか。
電気銃を構えながらビルに入って階段を上っていくと、三階まで来たところで「こっちだ」という声が奥の部屋から聞こえてきた。扉を開けばイオが窓のそばに立っている。それ以外に人の姿は見当たらない。
「おい。どういうことだ。誰もいないぞ」
「アンタの目は節穴かい。いるじゃないか、目の前に」
懐から回転式拳銃を取り出したイオは、それの銃口を自らのこめかみに突きつけた。
「アタシだ。アタシが、動画投稿者だよ」
瞬間、イオのまとう空気が一変する。おどけた表情、ふざけた仕草。まるで、奴ら――動画投稿者みたいだ。
「さあさあ! これからはじまるのは古き良きロシアンルーレットだ! でも、いつもとはひとつ違う点がある! やるのはコイツと、このアタシ! 専任警察官同士の殺し合いさ!」
「お、おいイオ! ふざけたことを抜かしてんじゃ――」
カチンと、撃鉄が雷管を叩き損ねる音がした。イオ、本気なのかよ。
「セーーーーフ!! 間一髪だねぇ!! じゃ、次いってみようかぁ!!」
イオの構える拳銃の銃口はこちらに向いた。畜生、どうしてお前がこんなことに――。
「落ち着きな、ゴヅ」
肉声ではなく、電脳網を通じてイオの声がした。正気に戻ったのかと思いきや、視界に映るイオは未だ馬鹿みたいな顔をしている。訳がわからない。なにが、どうなってるんだ。
「混乱するのもわかるさ。でも、どうかそのまま聞いてくれ」
どうしてイオがこんなことをしているのかはわからない。でも少なくとも、まだアイツはまともだ。ほんの少しだけ冷静さを取り戻す。
「どうしてこんなことをするんだ」
「決まってんだろう、カネのためさ」
「カネなら必要以上に貰ってるはずだ。もっと欲しいってのか?」
「私のためじゃない。この国に住む、動画投稿者達のためのカネだ」
「……動画投稿者の?」
カチン。弾丸は放たれず、空虚な音のみが空間に響く。「セーーーーフ!!!!」とイオは気狂いのように叫び散らし、再び銃口を自分のこめかみに向ける。
「ああ。この国の奴らはあまりに貧しく、今私達がやってるようなクソくだらないことをしながら生きていくしかない。そして私には、こんな現状を招いているカキンの奴らを止める力も無い。だからこうしてカネを稼いでるのさ。少しでも多く、アイツらを救うためにね」
「待てよ。お前は動画投稿者を憎んでただろ。あいつらをあれだけ痛めつけてたはずだろ」
「ああやって〝暴力的な警察官〟を演じて、動画投稿者を徹底的に殴ってやれば、悪趣味な奴らはこぞって再生数を回す。つまり、動画のタネに〝なってやった〟んだよ。そんなことも気づかなかったのかい?」
カチン。また無機質な音が鳴る。またもやセーフ。既にもう三回聞いた音。続いて銃口は俺に向く。
「……そんなこと、いつから続けてたんだ」
「相棒が死んだ時からさ。アイツもこうして、私の前でこうやって動画のタネになりながら死んでいった。知ってるかい? 相棒の動画はずいぶんバズって、それだけで5億も再生されたらしい」
カチン。セーフ。銃口はイオのこめかみへ。
「……これから、どうなる」
「どうなるって、何がだい?」
「この動画の結末だ。どうするつもりだ」
「アンタを撃つわけにはいかない。つまり……わかってんだろう?」
「ふざけるな。死ぬつもりかよ、ここで」
「……悪いね。もう、疲れたんだ。望まない暴力でも、人を救うためって大義があるなら振るえる。でも、ああして目の前で死なれちゃ敵わないよ。おしまいだ」
「おい、待て。やめろ。やめてくれ」
「じゃあね、ゴヅ。アンタの目の前でこんなことして、ごめん」
「イオ――」
銃声。血飛沫が吹き飛び、人だったものが床に転がる。
地獄の釜の底が、抜けた気がした。
◯
「――聞いたか? イオが死んだってよ」
「ああ。お前、休んでたから知らなかったんだっけか? もうみんな知ってるよ」
「動画投稿者の真似なんかして、可哀想に。婚約者が死んで、もう色々と限界だったんだろうな」
「死んだらなんの意味もないのにな」
「そういや、ゴヅは平気かね」
「平気どころじゃない。むしろ、前より仕事熱心になってこっちが困ってるよ」
「と言うと?」
「まるで、イオの亡霊が取り憑いたみたいだ。動画投稿者共を片っ端からボコボコにしてる」
「……ご愁傷様だな」
◯
俺はゴヅ。動画投稿者共を取り締まるために派遣された専任警察官のひとり。クソみたいな国でクソみたいな奴らを相手にクソみたいな仕事をする、クソみたいな男だ。
以前から俺の仕事はクソだった。でも、今はクソ以下だ。この国の仕組みがクソだと知りながら、それを助長するようなことをしている。
でも、もう構わない。地獄の釜の底はもう抜けた。とことんまで落ちてやる。
そして、俺も、いつかきっと、アイツらのように――。