01話 あいつが普通の挨拶をした
神や悪魔が実在するか、なんて世間一般的には深く議論するものでもない比較的どうでもいい話題だろう。
それでも、オカルト的な非現実的で非科学的な超越的な存在を信じているかどうかについて少し話をしようと思う。
先に言っておこう、俺はこの世に神も悪魔も存在しないと思っているし、ヒーローや悪の組織、魔法使いや異世界人に超能力者なんかのアニメ的オカルト的特撮的な非現実的で非科学的なものも存在しないと思っている。
しかし、何も俺だって最初からそういったものを信じていなかったわけではない。
小さい頃は、日本中の神様がこの地に集まる十月には毎年、熱心に神社に参拝にでかけたし、きっと今なら渋滞を起こすほど神様が来ているだろうとその辺に落ちてる石ころにまで手を合わせていた。どちらかと言うとヒーローや魔法使いなんかも好きな子供だったとおもう。
そんな夢見がちな俺は小学校を卒業する頃にようやく、ヒーローや悪の組織なんてものはこの世にはなくて、この世の危機も到来なんてしないのだと理解した。
それでも心のどこかでは、目の前に悪の組織が現れて変身したり、ある日異世界に転生して魔法を使ったりなんて事に憧れていたのかもしれない。
その証拠にこの時の俺はまだ健気にも神様の存在を信じていた。
しかし俺がヒーローや魔法使いに寄せていた淡い期待がどこかに消えていることに気がついた頃には神様の存在も、もう信じなくなっていた。
奇跡的に病が回復したならそれは体内の細胞の懸命な働きのおかげだし、奇跡的に受験に合格したのならそれは本人の弛まぬ努力の賜物だろう。決して神様などという想像上のおじさんおばさん達のおかげなどではないのだ。
と、なんの脈絡もなく虚偽を含む思考を働かせてしまったのはきっと今日が高校入学初日だからだろう。
実を言うと、俺は未だにヒーローや悪の組織、魔法使いや異世界人なんかのアニメ的オカルト的特撮的存在に熱中していたりする。
男は浪漫を求める生き物なのだ、仕方がない。
「東中出身、神門 唯です。
一年間よろしくお願いします。」
神戸唯の、このごく平凡な何のユーモアもない自己紹介に俺は大きな衝撃を受けた。
中学の頃の神戸唯を知る人物が他にこの教室にいたのなら、俺と同じような衝撃を受けていたはずだが、あいにくに神戸と同じ中学出身の生徒は俺一人だった。
神戸唯は中学の入学初日、
「私はこの退屈でつまらない世界を作った神に 反逆し、この世界を破壊する。
ただの人間になんか興味無いわ、神に反逆できる力のあるものは私の所に来なさい。
仲間にしてあげる。」
という厨二全開の挨拶をしてから卒業式の日まで数多の伝説を築きあげてきた東中の常識と言っていい存在だ。
他人に一切の興味を示さず、傍若無人を軽く通り過ぎた神戸が高校で普通の挨拶をした。その事実は瞬く間に東中出身の連中に広まり、翌日には他の高校に進学した生徒を含むほとんどの東中出身生が知る所となったいた。
俺の名誉の為に言っておくが、俺は誰にも話してないからな。
この天変地異の前兆のような出来事によってあんぐりと開いた俺の口は自分の順番が回ってくるまで閉じることは無かった。
「なあハル。」
「なんだ、勇。」
ハル、とは俺のあだ名だ。
そして今俺に話しかけてきたのが友井勇。顔は三枚目なのだが時々チャラいのが玉に瑕。
そして勇の隣で弁当をつついているのが島崎透。 無口でクールな奴だと思う。
二人は浜中出身で小学校からの付き合いなのだそうだ。
「俺、唯さんに告ろうかな。」
「やめとけって。」
マジトーンで諌めてやる。
「ワンチャンあるかもしれねーだろ。」
「ワンチャンなんてないからやめとけって。どうせ顔も名前も覚えられてないぞ。」
「唯さんってあの唯さんでしょ?」
透の言う”あの”が一体何を指すのか、心当たりがありすぎてよく分からないが間違いなく”あの”唯さんだ。
「九年間同じ学校に通った同級生の告白を”あんた誰?”って振ったていう…」
吹き出しそうになったのをなんとか堪えた俺だったのだが、今度は逆にむせて咳き込んでしまった。
「おい、ハル。大丈夫か?」
心配して手を貸そうとしてくれた勇を手で制し、お茶で口の中の物を強引に流し込む。
「なんでそんな最新のネタを知ってんだよ。」
わざわざ口に出して訂正はしないが実際のところは少し違う。
中学の卒業式の後、小中合わせて九年間同じ学校に通った同級生に告られた神門唯はこう言ったのだ。「あんた誰よ?私あなたなんて知らないわ。知らない人と付き合えるわけないでしょ。」と。
俺も神門唯とは小学校から同じなのだが、一学年二クラスの小さな小学校だ。中学校だって三クラスだけ。少なくとも一回は同じクラスになった事があるはずなのだ。
「風の噂で聞いた。」
透は何でもなさそうに答える。
田舎というのは噂の周りが早くて恐ろしいな。
「もっとマシな噂があっただろ。なんでよりによってそれを選んだんだ。」
そこまで言ってふと首を傾げる。
はて、あいつの噂でマシなものが一つでもあっただろうか。
「三学校校庭地上絵事件とか遺跡儀式事件とか巨大魔法陣事件とか」
「何それ?」
どうやら勇は知らないしい。
「よく知ってんな。」
「結構有名な話。勇がアホなだけ。」
ひでー、と勇は大袈裟にリアクションをとる。それを透はスルーして勇に何か言えよと突っ込まれる。そろそろこの二人のやり取りも見慣れてきた。
そんな二人を眺めていると二人の会話に一人の女子生徒が割って入ってきた。その女子生徒が勇に何やら耳打ちすると、三人の視線が一度教室の入口に向いたあと一斉に俺に向いた。
「ハルにお客さんだって。」と透。「なんだあの可愛い子。今度俺に紹介してくれ。」と勇。その勇の頭を女子生徒が軽く小突く。
女子生徒の名前は西野梨々花だったと思う。
三人揃うといつもコントみたいなことをやっている。
それはそうと来客について直接、俺に言わずに間に勇と透を挟んだのをみるに、もしかするとまだ名前を覚えられていないのかもしれない。まあいい、それはまた今度だ。
教室の入口をちらとみると少し居心地悪そうに佇む、見慣れた顔があった。
ちょっと行ってくる、と三人にことわって俺は席を立つ。
「何の用だ、あかね。」
広田あかね、同じ東中出身だ。仲がいいと胸を張って言える数少ない女子の一人でもある。
「あ、ハルやっと来た。もっと早く来てよね。」
半歩ほど俺に詰め寄る。
肩上で切りそろえられた髪が小さく揺れる。
呼ばれてからはすぐ来たつもりなのだが。
もしかすると俺に伝わるまでに梨々花さん以外の人も経由していたのかもしれない。
「すまんすまん。」
「全然気持ちがこもってないー。」
「それで何の用だ。」
めんどくさいのでスルーするとあかねはむっとむくれた顔をする。世間一般的には殺人的に可愛いのだろうが見慣れた俺にその顔は通用しない。ざんねんだったな。
「はあ。今日東中出身の人達でカラオケ行くんだけどハルはどうする?」
「おれはいいや。」
「そう。」
「神門は誘ったのか。」
「ハル、それ本気で言ってるの。
私達なんか認識されてないって。」
俺達が神門から認識されていない。俺達にとっては既に当たり前の事なのだ。しかし教室で一人座っている神門に一瞬向けられたあかねの視線は、その呆れた口調とは裏腹にどこか寂しそうだった。
「今なら、もしかすると認識してもらえるかもしれないぞ。初日の挨拶はまともだったんだし。」
「じゃあ、神戸さんはこのクラスで誰か一人でも名前覚えたの。」
「前言撤回。やっぱり俺たちは認識されてない。」
美人でスタイルもいい神戸唯は初めの方はは何人かに話しかけられてはいたのだが、その全てを冷たくあしらった。
そんな訳で、未だに、神戸唯は中学の時と同じ一匹狼スタイルをを貫いている。