96.終わりが一つ、始まりがたくさん
「というわけで、これが君が寮生活をおくるうえで必要なものだ。何かわからないことは?」
「いえ、ありません」
バーニンの魔導学園入学についての説明は、かなり長くお昼前になった。
覚えることは多いし、大変そうなのは確かだが、面白そうなことも多い。
楽しく学園生活をおくれそうである。
それにしても、なんでバーニンさんも、ユグドーラス様も青い顔をしていたのだろうか?
説明会を終え、リヴィは出ていった。
「ご苦労じゃったの」
「……ユグドーラス様。説明していて気付いたんですが、講師の中のこの名前……もしかして、彼女が?」
「教える方にも仲間がいたほうがよろしかろう?わしはリヴィエールが辛い思いをせぬか、心配でのう」
「過保護って言われません?」
「勇者にはよく言われたのう」
「ですよね」
バーニンもギルドを出て、目的地に向かった。
自分の講義好きは知っていたが、まさか約束の時間ギリギリまで説明することになるとは思わなかった。
城壁を出て、商店街を抜けて、ちょっと焼けた農場を過ぎたら、小さな森がある。
森の中の小道を進み、ちょっとだけ開けた空間にポツンと墓標が一つだけある。
フレアの墓である。
すでに弓使いのナ・パームが来ていた。
「すまん、遅くなった」
「ん、大丈夫だ。フォコがトラブルでちょっと遅れる」
「トラブル?」
「教導隊では、あまりフレアのことを快く思ってないようだからな」
嫌がらせを受けたということか。
「私が仲裁してこようか?」
「仲裁?ああ、その嫌がらせ自体はなんでもないんだ。それくらいしかできない奴のやることだからな。けど、ちょっとフォコがやり返しすぎちゃって、反省文が書き終わらないってだけ」
「あー、あいつはな。才能型の魔法使いだったからな。物事を文字に起こすのが苦手だったな、確か」
「そうそう。だからさ。フレアももう一人で行ったりしないんだから、私たちも待ってるってことで」
「待ってることには異存はないが、ここで待つのか?私は寒いのが苦手だぞ?」
「実を言うと私もだ」
「火をおこすか」
バーニンは極弱火で“着火”を使用し、火をおこす。
慣れたもので、ナ・パームも枯れ木を集め、それに火を移しながら携帯していたらしき炭へ熱を集めていく。
すぐに、立派な焚き火がおこった。
「魔法で火をおこしたりしていいのか?魔導学園の講師さんが」
それは咎めるような口調ではなく、からかうようなそれだ。
この手の軽口は、冒険をしていたころよくやっていた。
辛い冒険の時でも、こんなささいなことで心の平衡を保つことができた。
心、精神を病んで冒険者を引退する者は多い。
怪物と戦い、罠だらけのダンジョンを踏破するなんてのは普通の神経ではとてもできない。
そうしたストレスを軽減するように、冒険者はよく軽口をたたくのだ。
「いいのだ。……というか、こういうのも久しぶりだな」
「あん?こういう軽口のたたきあいか?……そういえばそう、だな」
「ユグドーラス様は話してくれないが、私たちも例のドラゴンの影響を受けているらしい」
「あの、ドラゴンか」
二人は共通の戦いを思い出す。
アルシア山の洞窟にいたドラゴンを倒した戦いのことだ。
その時、ドラゴンに何かを弄られたせいで、バーニンたちはフレアの変節に気付かなかったのだそうだ。
それどころか、自分達の境遇すら気にしないようになっていた。
その状況に不審をいだかない精神魔法をドラゴンはかけていたようだ。
やがて、フォコがやってきてみんなで墓参りをする。
「私たちはどうする?」
「どうする?ってなにを」
バーニンはナ・パームとフォコを見て、口を開く。
「“メルティリア”を解散すること」
「まあ、そうなるだろうね」
「なんで!?なんでよ。私たちの“メルティリア”よ?簡単に解散なんて言わないでよッ!」
提案したバーニン。
納得しているナ・パーム。
激高するフォコ。
「しかしな。もう無理だ」
「ええ。メルティリアという名前はもう魔王軍と同じくらいの意味になってしまったわ」
フレアのおこしたこと。
自分達のやったこと。
それはリオニアスの人々にとって嫌悪され、警戒されるものだった。
「でも!」
「私たちはそれぞれ、新たな生業を得た。それは簡単に辞められるものではない」
バーニンは魔導学園の講師。
ナ・パームもフォコもニューリオニアで後進の指導にあたっている。
監視の意味もあるその仕事は、おそらく彼らの意思では辞められないし、その監視が緩むには長い時間がかかるだろう。
「私たちは……そんなに悪いことをしたのかなあ」
「したんだ。罪もない人々を傷つけたんだ」
まだ納得しきってはいないが、フォコは結局メルティリアの解散に同意した。
同日、リオニアス冒険者ギルドに二級冒険者パーティ“メルティリア”の解散が申請され、即日執行された。
ここに、リオニアス最強をうたわれた一つのパーティが消えてなくなった。
ちなみに新規メンバーを加えた“ドアーズ”は三級パーティのままだった。
リオニアスに冬が訪れて、それぞれの未来に向けて出発し始める。
そして。
ギアからの返書をもって、暗黒騎士アユーシは魔界に帰還した。
すぐに魔王軍宰相府へ向かい、宰相代行ボルルームに手渡す。
「ありがとう、アユーシ。それで彼は元気だったかい?」
「はい。すごい元気でした」
「すごい、元気?」
「なんか彼女と一緒に暮らしている他に、お妾さんが二、三人いるみたいです」
「え!?彼女と妾?……そんな人だったかなあ……あ、元気ってそういう?」
「それと、魔人の継承者は隊長でした。詳細はその手紙に書いてある、とのことです」
「わかりました。任務遂行ご苦労様です。暗黒騎士アユーシは原隊に復帰してください。後から褒賞が出ます」
「は!暗黒騎士アユーシ、原隊に復帰します!」
元気よくアユーシは去っていった。
しかし、あの女っけのないギア殿に彼女と妾か。
世の中変わるものだなあ。
そして、ボルルームはギアからの手紙を読んだ。
「ええと、ギア殿は魔人の継承者として魔王になる覚悟を決めた、か。これは重畳だ。獣人、海魔、竜、不死の継承者を倒している、か。どれも強い種族だ。彼は本気みたいだ。……竜王メリジェーヌと協力関係を結んだ?竜王メリジェーヌ!?」
ボルルームも文官の端くれ、先代の魔王のことくらい知識を持っている。
緋雨の竜王と呼ばれた恐るべきドラゴンのことは知っていた。
問題はなぜ、ギアが死んだはずのそのドラゴンと協力することになったのか、だ。
わからない。
これは後からアユーシに話を聞かねばならないな。
そして、まだ問題がある。
人間界でまた別の継承者が行動している形跡がある。
魔王軍の軍団として人間界へ渡界した妖鬼族、虫族、精霊族の領地が新たな色で塗りつぶされる。
色は白。
魔界の十七種族の中には無かった色だ。
これは、魔界に新たな種族が誕生したということか。
あるいは、とボルルームは眉をひそめた。
人間が魔王継承戦に参加したということか?
その可能性は無くはない。
継承戦自体が魔界を離れ、人間界でも行われているのなら、人間が新たな種族として魔界のシステムに認められることはあり得る。
しかし、一体どんな者が?
虫族や精霊族はともかく、妖鬼族は強い種族だ。
ただの人間が勝てるとは思えない。
進みつつある新たな魔王を選ぶ戦い。
それに、旧知の人物が参加していた幸運。
そして、新たな参加者の存在。
ボルルームの悩みはまだ晴れることはないだろう。
 




