95.魔法使いたちの驚きと困惑
「この魔法は?」
記された呪文と魔法式を見て、バーニンはユグドーラスに尋ねた。
ギルドの二階にある会議室である。
バーニンは、リヴィエールの魔導学園の入学手続きについて、ユグドーラスに説明しにきた、はずだった。
「先の事件、聞いてはおろう?」
「フレア脱獄事件、ですか?私たちはご承知のとおり、事件が終わるまで拘束されていましたからね。街の噂程度のことしか知りませんよ」
「……お主も二級冒険者であるし、フレアともリヴィエールとも、ギア殿にも関わりがある。そのため知っておいたほうがよかろう」
「その前置きは嫌な感じですな」
目の前の好好爺然とした老人が、勇者一行に加わり冷徹な判断能力をもって障壁と回復、そして軍師の役目を果たしたことを知っている者は少ない。
知る一人であるバーニンは、そういうユグドーラスの言葉一つ一つを警戒している。
「ドラゴンの上に竜王という存在が君臨しているのを聞いたことは?」
「噂では」
噂程度の話だ。
人間にも王がいて、英雄がいるように。
ドラゴンにも王がいて、英雄がいるのでは?という学者の推測から始まった話だ。
「竜にも人間の英雄にあたる存在がいた。それが魔王軍の竜魔将デルルカナフじゃ」
「デルタリオス殿が倒したとされる最強のドラゴン、ですな?」
「そうじゃ。そして竜に英雄がいることが判明し、ならば竜にも王がいるのではとわしは推測した。そして出会った」
「出会った?勇者様との冒険の時ですか?」
「いや、つい最近にな」
「最近……?」
最近竜王に会った話が、フレア脱獄とどうつながる?
「もう一つ話をしよう。リオン帝国の遺跡でサーディテイ教授が亡くなった件は?」
「ええ、惜しい人を亡くしました。熱中しがちでしたが優秀な研究者でしたよ」
「彼を殺したのは、遺跡に封じられていた炎竜人だったそうじゃ」
「炎竜人ですか。伝承の怪物ですが、リオン帝国ならさもありなん、といったところですな」
リオン帝国の最後は怪物どもが暴れまわったことで訪れた、と史書にすら記述がある。
「この炎竜人は、その生み手である竜王メリジェーヌの予備の肉体だったのだそうじゃ」
「竜王メリジェーヌ……それこそ伝説の登場人物ですよ。魔界からリオン帝国の皇帝に魔物を送りつけた魔王」
「炎竜人はデルタリオスによって倒された、が。その魂はフレアとその精神に宿っていたドラゴンと結び付いて、竜王メリジェーヌをこの世界に復活させた」
「……それが、先の事件で起こったことだ、と?」
「にわかには信じられまい?」
「ええ。今度紹介しよう。ドアーズ所属の五級冒険者メリジェーヌ君を」
「ドアーズ所属?……ドアーズとはもしや」
「そう、リヴィエールやバルカーが入っているパーティ、リーダーはギア殿だ」
バーニンは疑う気持ちを一瞬で投げ捨てた。
「はい、もう察しました。奴が関わっているなら、もう事実でしょう」
「話が速くて助かるのう」
「あー、もしやこの魔法って、そのドラゴンと戦った時の?」
「正確には、メリジェーヌではなく、フレアに憑いていたドラゴンとの戦いの時に、じゃな」
「誰が使ったんです?奴らに凄腕の魔法使いがいましたか?そういえばギリアの娘がいましたね」
「魔法式を読んでみればわかる」
「ユグドーラス様ももったいぶる」
バーニンはその魔法。
“サジタリウス”を解読し始めた。
そして、すぐに愕然とする。
「これは……人間の使える魔法ではない!」
「使ったのは人間じゃよ」
「そんな……まさか……」
発動方法は、百以上にも及ぶ“火球”を星座である人馬宮の形に並ばせること、だ。
星座というのは星の並びでしかない。
しかし、そこに意味を見いだしたのはこの世界でも一緒である。
遥か昔には、星のお告げで政を動かしていた国もあったほどだ。
その形になることに意味がある。
星座の形に魔力場が発生し、魔法が発動しているのと同じ状態になる。
詳しい論理など誰も知らないし、ユグドーラス、バーニンの両名もわからない。
ただひとたび、その形になれば火球が尽きるまで高威力の魔法を連続で放つことができる、ということが理解できただけだ。
そして、その一撃一撃が、火球の最高威力である白い輝きの火球であるため、たとえ火炎耐性を持っていても突破されるとユグドーラスは予測した。
確認できる派生魔法はいくつかの火球を束ねて発射するカウス・アウストラリス。
そして、全火球を消費して放つ“ハイペリオン”。
そのハイペリオンの呪文を見て、バーニンはハッとする。
滅びろ。来たれ星辰の公転、我が身にかかれ、かかれ、失われし太陽の空座に、今一度降り立ち照らしたまえ、高みを行く者、その御手より巨いなる者の光を放て
「これは……神そのものを呼び出してませんか?」
「さすがは魔導学園の天才じゃな、一目でわかるか?」
「いやだって、この術式は星海の彼方に去った神々に直接干渉して呼び出してますよね。ユグドーラス様は見たんですか、これを?」
「見てはおらぬ。しかし、直接見た者に確認した。ドラゴンの防護を突破し、あと一秒持続していたら滅ぼしていた、と」
「ドラゴンを単体で撃破できる魔法……それを個人で扱える人間……そんな奴がこのリオニアスに?」
「そんな奴とはひどい言い方じゃ。お主の弟子であろうに」
「弟子?私の弟子にそんなのが……まさか?」
バーニンは血の気が引いた。
たった一人、弟子とは言えないまでも彼の指導を受けている者がいる。
「わかったかの?」
「リヴィエールがこれを!?」
「確認じゃが、お主が教えた魔法かの?」
「私の知らない魔法をどうやって教えるというんですか!」
バーニンは大声を出した。
いつも気だるげで、冷静な彼がここまで平静さを失うのは珍しかった。
「いや、わしも意地の悪い聞き方をした」
「……失礼しました」
そして、あらためてバーニンはそのいくつかの魔法式と呪文を見る。
そう思ってみると、リヴィエールらしい雑な式や無理矢理な箇所がいくつかある。
その反面、天才としか言い様のない式が突然現れて、バーニンを困惑させる。
そして、その全てに共通するのが人間の普通をはるかに超える莫大な魔力の消費量だった。
「多少、無理な接続があっても魔力でなんとかするっていうのがリヴィエールらしい、と言えばらしいのう」
「しかし、彼女がそんな魔力を有しているでしょうか?私が見たところ、多く見ても宮廷魔法使いの平均くらいですよ?」
「それでも魔法使いには充分すぎるとは思うが、しかしこの魔法を使うのには圧倒的に不足、ということじゃな?」
「いや、でも……しかし……そんな」
「何か閃いたかね、バーニン君」
ユグドーラスの探るような視線に気付かずに、バーニンは頭の中に浮かんだ仮説を練る。
それは言葉となって彼の口から漏れでた。
「魔力を常に照射されていれば、魔力の絶対量は増加する、はずですよね?」
「そうじゃな。故に魔法使いは常に魔法を使っておる。君が“着火”を常に発動待機状態にしておるように」
「例えば、その魔力の量がとんでもなく多量であったら、受け手の魔力量もそれ相応に増えていく」
「結論は?」
「暗黒騎士」
「なるほど、彼の影響か」
バーニンはかの暗黒騎士が常時、四つの魔法と契約していることを知っている。
バーニンが一つだけの契約でもかなりの魔力を持ってかれているというのに、だ。
少なくともバーニンの四倍。
おそらくもっと魔力を保有しているだろう。
そんな暗黒騎士の側にいつもいたら、魔力の量もあがっていくのかもしれない。
「この魔法はどうするのです?」
「しばらくは隠匿しておく。いつか、人間に使えるようになるまで」
「……賛成です」
トントンと扉がノックされた。
「すみません、リヴィエールです」
「開いておるよ。入っておいで」
さっきまで話の中心にいたリヴィエールが来たことに、バーニンがうろたえたのは秘密の話だ。




