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94.鍛冶屋の決断

 ギルドでは、デンターが待っていた。

 工業都市グランドレンで鍜治屋をしていた男だ。

 グランドレンでは、徒弟から独立して一人前になれるレベルの鍜治の腕を持っているが、鍜治屋の人口が過剰な工業都市では自分の店を持てずにいた。

 そこで、グランドレンへの鉱石の流入が滞っていたことに目をつけ、新たな鉱石の流通を確保しようと単身リオニアスまでやってきたのだった。


 その目的はパリオダ鉱床の再開発のめどがたったことで達成された。


「ああ、ギア殿。お待ちしてましたよ」


 デンターの呼び掛けに俺は手をあげて答える。


「じゃあ、ギアさん。わたしは用事をすませてきますね」


「わかった。ここで待ってればいいか?」


「はい。先に来た方が後から来る方を待っている、という事で」


「了解だ」


 パタパタという擬音が似合う歩き方で、リヴィはギルドの上階へ上がっていった。


 俺は、鍜治屋のほうへ向かう。


「デートでしたか?」


「いや……いや、デートだな」


「お邪魔しましたかね?」

 

「気にするな。本当に邪魔されたと思った時は……わかるな?」


 何を思い出したのか、デンターはぶるりと震えた。


「わかります!了解です!いえっさー」


「どこの言葉だ?それよりも、何か用があったんじゃないか?」


「そうなんです。まずはこちら」


 とデンターは細長い包みを取り出した。

 そして、俺に渡す。


 渡されたものの重さは、俺の手に馴染んだものだ。

 重さも長さも、ちょうどよく使い慣れたもの。


 巻いていた布をほどくと、黒く漆が塗られた木製の鞘が姿を見せる。

 俺が魔界の鍜治屋から剣を受け取った時に、もらったものだ。

 いつも、俺の腰にあったものだ。


「抜いていいか?」


「どうぞ」


 この瞬間が鍜治屋にとって、一番緊張する瞬間だろう。

 鍛えた武器をお披露目する、その瞬間だ。


 するりと抜けた刀身は美しい刃紋が波打っている。

 刀のようにわずかに反っている。


「片刃か?」


「はい。ギア殿は抜刀術を使うのですよね?その神速の速さを実現するには刀の反りが不可欠。なので魔鉄鋼を一度溶かし、一から鍛え直しました」


「それは……手間をかけさせたな」


「いいえ。剣に込められたギア殿の魔力がどう形作ればいいか、教えてくれました」


「それにしても、刀でありながら前の両手持ち剣並の長さだな?」


「東方には大太刀とか野太刀とかいう1メートル以上の刃を持つ刀があるそうなんですよ。その資料を取り寄せて、再現しました。抜刀術に使え、かつ重さで叩き斬ることもできる。繊細にして豪快の剣です」


 繊細にして豪快の剣。

 そのフレーズは気に入った。

 俺は剣、というか太刀を納刀し、構えた。

 刃が届く範囲には誰も(デンター以外は)いないことを確認し、抜刀!


 神速の“氷柱斬”、からの納刀。


 チン、という鍔鳴りだけがギルド内に響いた。


 ほとんど、誰もこの抜刀に気付かなかった。

 それだけ速く、静かな一刀だったということだ。


「悪くない」


「良かったです」


 デンターはホッとした顔をした。

 まあ、剣を直してくれと頼んで太刀を造ってくるあたり、なかなか挑戦的な奴だが、勝手なことをしたとは思っていたのだろう。


「何か礼をしなくてはならないな」


「いえいえ、むしろこちらが借りのある状態ですので」


「そうか?……いや、俺が心苦しいからな。そうだな……」


 見ると顔色が悪い。

 あまり、飯を食ってないような?

 聞いてみると、刀造りに夢中で食事をまともにとってなかったらしい。

 はじめて会った時からそうだったからな。

 行き倒れ予備軍のこいつを拾った時だ。

 熱中すると周りが見えなくなるタイプだな。

 あ、そうだ。

 飯か。


「宿屋街にあるニコズキッチンって知ってるか?」


「知ってますよ。ご飯の美味しいお店で、予約がとれないんですよね」


「そこのランチ券をやろう」


「ほ、本当ですか!?」


「せめてもの礼だ」


 ニコにもらった優待券だ。

 予約なしで席を用意してもらえる。

 ドアーズのメンバーにニコが配りまくってるようだ。

 俺も三枚もらった。


 その券をデンターはうやうやしく受け取り、大事そうにしまった。


「ギア殿。私決めました」


「ん?」


「この街に住みます」


「いいのか?こちらとしては願ったりかなったりだが」


 腕のいい鍜治屋は俺の周囲に欲しかったところだ。

 それに、この太刀はその辺の鍜治屋では修理も難しいだろう。

 研ぎたくなった時に、グランドレンまでいかなきゃならないと大変だった。


「ええ。グランドレンに戻っても自分の店が手に入るとは限りませんし、ここで引退するという鍜治屋から跡を継いでくれないかとも言われてたんですよ」


「そうか、それは好都合だな」


「ええ。知り合いもいるし、ご飯も美味しいし、私ここに移住します!」


 その引退する鍜治屋に話に行くと行って、デンターはギルドを去っていった。


 さて、こちらの用事は終わった。

 ここから、依頼を見繕うのもなんだか面倒だしな。

 リヴィが来るのを待っているとしよう。


「見事な“氷柱斬”だったな」


 俺の目の前に、金髪の美女が座っていた。

 黙っていれば人形のように美しく、氷のように他者を寄せ付けない美人さんなのだが、喋ったり動いたりすると天然お嬢様な感じで少し残念になるタイプだ。


「レインディアか。またふらふらと遊び歩いているのか?」


「そ、そんなことはない!」


「じゃあ、ニューリオニアでしっかり王都鎮護の役目を果たしているはずのお前がここにいる?」


「それは……貴殿に会いたかったからで……」


 なんか小さくモゴモゴと呟いている。


「はっきり言え、はっきり」


「い、いや。実はアルシア山のドラゴンについての調査報告をあげてきたのだ」


「アルシア山のドラゴン?」


「ああ。元騎士団所属のフレアが冒険者時代に戦ったとされるドラゴンだ」


「ああ」


 フレアの精神と肉体を乗っ取っていたドラゴンのことだろう。

 そのドラゴン自体はメリジェーヌにほとんどの力を吸収されて消滅したはずだ。

 残りかすもフレアのアンデッド化した時に取り込まれたようだしな。


「そこは元々、竜を崇拝する者の祈りの場だか試練の場所だったらしい。だが、いつしかドラゴンは討伐の対象となり、そしてフレアたちが訪れた、というわけだ」


「……聞いたとは思うが、フレアは」


「聞いた。奴の脱獄は私たちの手落ちだ。すまなかった」


 表向き、フレアはただの脱獄犯として冒険者に討伐されたことになっている。


 リオニアスに現れたドラゴン(メリジェーヌ)は火災の原因にされ、討伐された、ことになった。


 またリオン帝国の遺跡に現れた巨大なスケルトン(エンドレス)は、俺に討伐されたことになり、フレアとドラゴンとの関わりはないものとされた。


 この三つの事件が全部つながっていたことを知る者は少ない。

 元魔王の竜王が目覚めリオニアスを襲おうとしていたことや、死者の王となったエンドレスが西の村から這い出そうとしていたことなどは情報が封鎖された。

 どう考えても世界の危機だったからだ。


 一級冒険者の俺や、英雄級冒険者のユグやデルタリオスが現場に出ていたことも伏せられたのだった。


「で、仕事はいいのか?」


「よくはないが、貴公と話している方が楽しいではないか!」


「そうか。だ、そうだぞ、リギルード」


「へ?」


 レインディアが現れたあたりから、俺は王国騎士団直通の伝声筒を起動していた。

 性能のいいやつなら、ニブラスとの国境あたりからでもリオニアスに通信できると聞いて、いいのを一本用意していたのだ。


『協力感謝する、ギア殿。……団長、帰ってきたら覚悟してください』


 リギルードの声を聞いたとたん、レインディアはさっと青ざめ立ち上がった。


「で、ではこれで失礼する。また、会おう」


 何かに恐怖するような声で、レインディアは早口で言った。

 そして、早足というか駆け足、というかダッシュで飛び出ていった。


 忙しい奴だ。


 リヴィが来たのはお昼前だった。

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