93.雪が降った日の朝
起きたら一人だった。
部屋は片付いていて、昨夜の夜のおやつの痕跡も、そのあとのことの痕跡も残ってなかった。
夢、かとも思ったが、寝台のシーツに残っていた痕跡が夢ではないと教えてくれている。
もぞもぞと寝台から出て、部屋着に着替えた。
窓から見える景色は真っ白だ。
夜の間に雪がうっすらと積もったようだ。
そういや、昨夜は一人じゃなかったから寒くなかった。
やはり、夢ではないようだ。
ドア越しにトントンと軽やかな音。
台所で何かを切っているのか。
ドアを開けて、部屋を出るとふわりといい匂いがする。
何か、そう、美味しいスープのような匂いだ。
「あ、ギアさん。おはようございます。見ました?外、雪ですよ」
台所に立っていたリヴィ、いつもの朝と同じ様子だ。
こちらを見て、微笑む。
「おはようリヴィ。雪だな。何を作ってるんだ?」
「朝ごはんですよ。料理作れるように練習してるんです」
「そうなのか」
「だって、春から寮生活ですよ?自炊しなきゃ、生活厳しいですから」
「確かになあ」
「もうすぐできますから、座って待っててください」
「おう」
椅子に座って何気なく外を見る。
雪が降ったせいだろうか、いつになくリオニアスの街が静かだ。
まるで、この世界に俺とリヴィしかいないかのように。
静かで、とても平和だ。
コトリ、とテーブルに焼いたパンの皿が置かれる。
そして、スープと茹でた野菜、そして森猪のハムを焼いたもの、が二人分、手際よく並べられる。
「お待たせしました」
「うまそうだな」
「えへへ、実はたまにニコズキッチンでお手伝いをしてるんです」
「なるほど、料理と給仕か?」
「そうです。さあ、あたたかいうちにめしあがれ」
「いただきます」
パンはバターたっぷりの白いパンだ。
リオニアスの流通がかなり良くなって、いい小麦が安価に手に入るようになった証拠だ。
スープはおそらく、森猪の骨でダシをとっている。
それに葉野菜の芯など食べにくいが味がいいところを煮込んでいるのだろう。
ハムも丁寧に作られている。
料理をした者の真心が感じられた。
そんな俺の様子を微笑みながら、リヴィは見ている。
「おいしいですか?」
「おいしいぞ」
「えへへ、ほめられた。でも、まだまだニコちゃんにはかないません」
「そうか?俺はリヴィの料理、好きだぞ」
「もう、そういうのを天然で言うから……」
好きになっちゃうんですよ、みんな。
という呟きはギアには聞こえなかった。
「なんていうか、俺の好きな味付けなんだよな。真心がこもってるというか」
「それはそうですよ。ギアさんのためだけに作ったんですから」
「俺のため?」
「ええ。好みの味と真心の料理を作ること!それが妻の役目ですから!」
「……妻?」
「え、あ、いえ、その。そういう気構えといいますか」
「なら、かわいい奥さんのために旦那もがんばらないといけないな」
「かわいい!奥さん!」
「道の真ん中で踊り出すなよ?」
リオニアス人は、嬉しいことがあると路上で踊り出すのだ。
「旦那……さん……」
それ以上に嬉しくなると動きを止めるようだ。
「ごちそうさま。うまかったぞ」
「あ、はい。おそまつさまでした」
「今日はアユーシに返事をして、ギルドをのぞいてくるが、リヴィはどうする?」
「ええと?そうですね。わたしもギルドに用があるので、一緒に行きます」
「わかった」
二人連れだって、街を歩く。
しゃくしゃくと、道をおおう雪に足跡を残していく。
「ギアさん、手つないでもいいですか?」
「構わんが、なんだ?」
「それはその、いろいろですよ」
「いろいろか」
「はい!いろいろです」
つないだ手は暖かい。
彼女が足をとられないように、ゆっくり歩く。
「あ!あ!あ!???おれたちのリヴィエールちゃんが!?」
「完全に手つないでますな」
「う、うっそだろ!?あいつ!?」
「ハアハアリヴィエールちゃん、もう僕のものじゃないんだね」
街行く冒険者たちが騒いでいるが気にしない。
「おはよう、リヴィエールちゃん」
バルカーの家の前では、ニコが掃除をしている。
「おはよう、ニコちゃん」
「おはよう」
ニコはおれたちの間をじっと見た。
主につないだ手を。
「よかったね、リヴィエールちゃん!」
にこやかな笑顔だった。
「なんだったんだ?」
と離れたところで聞くと、気にしなくて大丈夫と返された。
その後は、宿屋街に行き、ギルドと連携している宿屋へ行く。
冒険者ギルドの所属なら、宿泊代が割引になるし、報酬が入るまで請求を待ってくれたりもする。
多くの冒険者の拠点となっている場所だ。
ほとんどの宿屋と同じように、一階が酒場に、二階と三階が部屋になっている。
あかずの四階があるらしい。
俺も行ったことはないが。
そこに、ナギやポーザ、メリジェーヌ、アユーシがいた。
こちらの通貨を持っていないメリジェーヌとアユーシは、ナギとポーザの部屋に居候している形になる。
金はギルド預金から出している。
メリジェーヌはともかく、アユーシは俺の客だからな。
俺とリヴィの方を見た四人は、四者四様の反応をした。
ナギは目をおおって「本妻に先を越された」と呟いている。
ポーザはあちゃーという顔をして「まあ、しょうがないよね」と言った。
メリジェーヌはニヤニヤしながら「昨夜はお楽しみでしたようじゃの」とわけのわからないことを言う。
アユーシは「隊長とリヴィエールさん、仲良しですね」と能天気に言っていた。
なんだ、こいつら。
俺はアユーシに近付き、懐から巻いた手紙を出す。
「アユーシ、ボルルームへの返書だ。必ず届けてくれ」
「は!了解いたしました」
「了解はいいよ。俺はもう隊長じゃないと」
「隊長は隊長であります!」
「わかった、もう、いい。それでいい」
「あ、そうだ。リーダー。ギルドで、デンターさんが待ってるって」
とポーザが知らせてくれた。
伝言を受け取ったのはナギのようなのだが、ショックを受けたかなんだかで動けなくなったようだ。
「ありがとう、ポーザ。よし、ギルドへ行くか」
「はい」
と、俺の手を離さずにリヴィが頷く。
宿屋を出ると、メリジェーヌがいた。
お前、さっきまで中でご飯を食べていたはずだよな?
「あ、メリーさん。どうしたんで……」
「時間停止」
メリジェーヌが膨大な魔力を消費して、その魔法を発動する。
効果は名前の通り、時間を止める、だ。
「リヴィに聞かせたくない用件か?」
「そうじゃ、魔王について、な」
「俺は魔王継承戦に参加し、最終的に魔王になる。それでいいか?」
「うふふ。昨日はあれだけ、悩んでおったのに。愛の力はやはり偉大じゃのう」
「用事はそれだけか?」
「いや、1つ願いを聞いてほしくてな」
「願い?」
「わらわをお主の徒党に加えてほしいのじゃ」
「元魔王の竜王を?」
「強そうじゃろ?」
「別にいいが、なぜだ?」
「お主が魔王となったときに、竜族の権威を高めるためじゃ。どうも、わらわのせいで竜族の評判は悪いようじゃからな。せめてもの罪滅ぼしというわけじゃ」
「はあ、わかったよ。じゃ、これからよろしく頼む」
「頼むぞ、リーダー。よし、では停止を解くゆえ、デートを楽しむがよい」
「おい、デートって……」
バチン、とメリジェーヌが手を叩くと時間が動き出す。
「……すか?」
リヴィのセリフに、時が止まっていたとは思えない自然な反応でメリジェーヌは答える。
「うむ。わらわとニコの店に行こうと誘おうと思うたのじゃが、デートの邪魔じゃろうから、別の日にしようぞ」
「デートって、えへへ」
「というわけじゃ、またの」
メリジェーヌは去っていった。
リヴィのニヤニヤが止まってから、俺たちはギルドへ向かった。
 




