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92.ある秋の終わりの夜に

『魔王継承戦について』


 と題された書類を眺める。


『ギア殿については人間界でお変わりなければ幸いです。魔界は驚くべきことに平穏なままです』


 ボルルームによると、魔王軍の敗退、人間界の撤収は非難されたが、魔王軍への反乱、抵抗にまでは至らなかった。

 それは、魔界の支配勢力である八大種族が人間界へ戦力を送りすぎて、残された者たちで自領を維持するのに精一杯だったからだという。


 魔界の八大種族とは。

 魔人族、竜族、獣人族、海魔族、不死族、妖鬼族、虫族、精霊族の八種族だ。

 魔人の魔王に率いられた八種族は、それぞれ軍団として人間界侵略を進めていた。

 その束ね手である魔将をはじめとした主力が未帰還の現在、暗黒騎士二番隊を擁した魔王軍に抵抗することはできなかったらしい。


 残る九種族も、魔王軍に反対はすれど反抗できるほどの勢力ではないために、表面的に平和は保たれている、のだそうだ。


 それはちょっと楽観視できる状況ではない気がする。


 魔界というのは、そのへんでとんでもない強者が突然誕生したり、人里離れたところで暮らしているような場所だ。

 そんな奴らが大挙して、魔王軍へ反旗をひるがえしたら、そんな不安定な平和など一瞬で崩れさるだろう。


 まあ、それはおいといて。


『今回、軍籍を離れた貴殿に連絡をとったのは題字のごとく魔王継承戦について聞きたいことがあったからです。結論を言います。貴殿が魔人の継承者、ですね?』


 お、さすがボルルーム。

 察していたか。


『今回、異例の事態が起きています。少なくとも、八種族の継承者が人間界で活動をしています。そして、こちらで確認している限り、魔人族の継承者が他の二種族を倒していることはわかっています』


 魔王継承戦というものが、本来魔界で起きるものだということは俺でもわかる。

 魔界の王を決める戦いを、魔界で行うのは至極当然の話だ。


 それが人間界で起きているという異常事態。


『であるからこそ、貴殿に聞きたい。現在の状況、そしてあなたの意志を。魔王になりたいのかを』


 ……。


『もし、あなたが魔王になるのでしたら、魔王軍全軍をあげて、あなたの配下となります。あなたが魔王となることに、我が軍団はなんら不満はありません』


 ……。


『返事を急ぐことはしませんが、状況が状況です。使者にお伝えいただきたい』


 書類はそこで終わっている。


 俺が魔王になる、だと?

 馬鹿を言え。


 散々、雑種だなんだと馬鹿にしてきたのは、お前ら純血の魔人だぞ?


 確かに、俺は継承者の戦いに勝ち生き残っている。

 だが、それは俺が魔王になりたいからじゃない。


 まず、俺は巻き込まれているだけだ。

 それはわかってほしい。


 そして、俺のただ一人の主君である魔王様以外に魔王となるのを認めない。

 そんな、ただの意地だけだ。


 だから、魔王になりたいだなんて思っちゃいないんだ!


 だいたいなんだよ!?

 魔王軍全軍をあげて、あなたの配下となります!?

 いやいやいやおかしいだろ?



 このように悶絶し、転げ回る俺は、さすがに自室である。


 フレアの埋葬が終わり、事件の顛末を報告し、ギルドに依頼達成の報告と西の村のダンジョン制覇を報告。

 家に帰って、ニコに美味しいご飯をご馳走になり、後で店に行くことを約束し、書類を確認するといって部屋に一人になったところだ。


 こんな姿を他のドアーズの仲間たちには見せられないし、見せたくない。


 魔王になりたい?

 いや、なりたくない。

 俺はここで冒険者としてやっていきたい。

 戦って、冒険をして、宝物を探して、おいしいご飯を食べて、時には泥をかぶって、負けて昏倒して、死のギリギリそばで勝ち抜いた時の興奮!

 相手の攻撃パターンを読みきって、最高効率で勝った時の脳汁ドバドバーは魔王になったらきっと味わえないだろう。


 でも、今の魔界は危ないことはわかる。

 何にも楽しいことがなかった魔界ふるさとだけど、それがめちゃくちゃになるのは困る、気がする。

 焚き火の側に、火薬が転がっている油田の近く。

 それが魔界の現状だ。


 いつか、どこかの火薬に火がつき、それが油田に燃え移り、ドン!だ。


 そして、魔界は千年は続く大乱のるつぼと化す。

 争乱を早期に終わらせることができる強い種族はいない。

 それらは人間界で倒れてしまったから。


 誰かが強い力で魔界を統一する必要がある。


 俺ならできる。

 半年以上、人間界でドンパチやってきたからわかる。

 不本意ながら、俺の実力は人間たちの言う英雄クラスである。

 一対一なら、勇者一行の誰にでも勝てる。


 ただ、勇者には勝てない。

 それは絶対だ。


 勇者に勝てないのに、魔王になる意味はあるのか?


 魔王にはなりたくない。

 でも、ならざるをえないかもしれない。

 だが、勇者には勝てない。

 だから、魔王にはなれない。


 その繰り返しだ。


 とんとん、と軽いノックの音。


「……リヴィか?」


「はい。ギアさん、今入っていいですか?」


「ああ、開いてるぞ」


 がちゃり、とドアを開けてリヴィが入ってくる。

 その手には、湯気をたてているポットと焼き菓子ののった皿とそれを乗せたトレイ。


「夕ごはん食べたあとですけど、今日はトクベツに夜のおやつ、しませんか?」


「夜のおやつ?」


 俺の部屋にあるテーブルに手際よく、お茶のセットをし、リヴィは椅子に座るようにうながす。


「はい。もうすぐ秋も終わりますから、暖めたミルクでミルクティーです。お菓子はニコちゃんのお店で買ったクッキーです」


「クッキーの取り置き、けっこうあったんじゃなかったか?」


 リヴィがニコの店、ニコズキッチンで箱買いするのを何度か手伝った記憶がある。


「えへへ、メリーさんと食べちゃいました」


「……ああ、食べるだろうな、彼女は」


 人間の姿をしたドラゴンであるメリジェーヌは、おそらくかなり燃費が悪い。

 その巨体を維持するためにドラゴンはたくさん食べると聞く。

 クッキーで維持できるかは知らないが。


「まあまあ、食べてくださいよ」


「ああ」


 クッキーをつまみ、ミルクティーを飲む。

 クッキーはともかく、ミルクティーはかなり甘めに味付けしてある。

 リヴィは甘党だからな。


「悩んでいるなら、わたしにも相談してください」


 唐突に言われた言葉に、俺は言葉を失う。

 リヴィの目は優しく、しかし俺をしっかりと見据えていた。


「俺は……」


「アユーシさんの持ってきたアレの件ですよね?」


 やはり女の子は鋭いのだ。


「……ああ、そうだ。……詳しくは言えないが、俺に故郷……魔界に帰って助けてほしい、という手紙だった」


「魔界って……遠い、んですよね?」


「ああ、簡単に行き来はできない」


「ギアさんは、行きたいんですか?」


「わからないんだ。……俺は向こうじゃ、半端者扱いで、認められなかった」


「魔界は嫌なところだったんですか?」


「そう……とも言い切れないな。魔王軍に入ってからは師匠や魔王様によくしてもらったし、下の奴らにも慕われた。単純に切り捨てられることじゃない」


「今が楽しいのと、昔が楽しいのと、どちらをとるかで迷ってるんですね」


「そう、だな」


 言葉にすれば単純なのに、なんでこんなに難しいのだろう。


「どちらを選んでも、わたしはギアさんの味方ですよ」


 にっこりと笑ってリヴィは言った。

 その笑顔に俺は、心のつかえが取れたように思った。


 けど、まだ流されちゃだめだ。


「さっきも、言ったが魔界は遠い。もう、会えなくなるかもしれない」


「約束、しましたよね?」


「約束……それは」


 お前が呼んだら、俺は飛んでいくから。

 そう、確かにそう約束した。

 この選択肢が示される前に。


「わかってます。とっても、難しい約束になってしまったこと。わたしでもわかります」


「リヴィ……」


「だから、わたしも約束するんです。わたしも行きます。ギアさんに呼ばれたらどんなに遠くにいたって飛んでいきます」


「どこにいても?」


「そうです。たとえ世界が違っても、大地の表と裏にいても、世界の反対側にいても、必ず会いに行きます」


 強い決意の言葉。

 それは俺とした約束に重ねたもの。


 心臓が痛いほど鼓動を打つ。

 リヴィの顔は真っ赤だった。


「なら、なんも悩むことはないな。俺がここにいる理由の大半はリヴィがいるから、だからな」


「わたしは八割くらいギアさんがいるから、ここにいるんですけど」


 リヴィのその言葉に、つかえどころかタガが外れたように思えた。

 言葉のコントロールができない。

 思ったことが、求めていることが、そのまま声になった。


「リヴィ……お前をもらうぞ」


「ど、どうぞ」


 リヴィの声は震えていた。


「怖いか?」


「そ、それなりに……でも、嬉しいの方が大きいです」


「そうか」


「具体的に何をすればいいのか、わからないんですけど……!……」


 リヴィの唇に、俺の唇を重ねる。


 リヴィはちょっとだけ驚いて、そして目をとじた。

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