91.竜王と俺の目的は一致した
「ギアさん……」
俺が事切れたフレアを弔っていると、リヴィたちがやってきた。
バルカー、ポーザ、ナギのドアーズメンバーに加えて、知らない女性と元部下もいた。
どういう組み合わせだ。
「なんでここにいるかは聞かんが、関わった奴らは一応、手を合わせておけ」
東方の弔い方で亡骸の前で手を合わせる。
そして故人の冥福を祈るのだ。
俺はこれを師匠に教わった。
死者は輪廻に戻り、やがて平穏な世界に至るという教えだ。
死者のために祈るものが多ければ、それだけ早く平穏に行けるとも聞いた。
リヴィとバルカーは同郷出身で幼いころは一緒に遊んだこともあったと聞く。
ポーザは裏の騎士団での仲間だった。
妙に強そうな気配の緋色のドレスの女性も目を閉じている。
そして、元部下は俺に何か話したいようだが、空気を呼んで口を閉じているようだ。
「師匠……これは、どういうことなんだ?なんでフレアがここに?」
「俺もよくわからんのだがな。リヴィも覚えているだろう?あの西の村に行ってアンデッド討伐をしていたんだ。そしたら……」
そのダンジョンと化した村の奥で、霊かなにかに乗っ取られたフレアがいた。
そいつと戦ってたら、でっかくなって、フレアになって、倒したというわけだ。
「確かによくわかんねえ」
「それよりも、バルカー。お前、一度死んだな?」
「お!?え!なんで?」
「ステータスのバラツキがなんかスッキリしているからな。一度死んで再構成されたように見えた」
「えー、師匠の目ヤベェなあ」
相手の力量を測るために、観察眼は研ぎ澄ましておいた方がいいと、そういえば教えてなかったかもしれない。
「ボクたちもフレアに会ったんだよ。でも、ボクに反応がなくて、自分のことをドラゴンだって言ってたよ」
そういえば、フレアであり、ドラゴンであり、死者である、と言っていた気がする。
「どうやら、リオニアスで俺と戦った時にはすでにドラゴンの支配下にあったようだ。下手すれば、三年前にドラゴンと戦った時にはすでに……という可能性もある」
「そうなんだ……じゃあ、ボクが会ったときにはもう……」
「わらわに力を奪われて竜が消えたゆえに、最後は人として死ねたのじゃ。羨ましいことよ」
「そういえば、こちらは?」
俺は初対面だ。
しかし、リヴィを含めてみんな仲がいい。
俺がリオニアスにいない間、何があったのか。
「わらわはメリジェーヌじゃ」
「メリジェーヌ……さん?」
なんだ。
聞いたことのある名前だ。
確か、ギリアかどこかで……海魔将ガルグイユとの話で……。
「そうじゃよ」
よく見ると頭についている角のような髪飾りののようなのは本当の角だ。
高位のドラゴンが人化するとき、竜の誇りを現すために角だけは頭に残す風習があるが、もしやそれか?
服も、たぶんあれ服じゃねえな。
鱗を服のように見せかけているだけだ。
緋色の鱗を……。
「緋雨の竜王メリジェーヌ……」
「ほう?わらわを知っておるか」
「ギアさん、お知り合いだったんですか?」
無垢な笑顔のリヴィ。
「直接の知り合いじゃ、ない。もし、あんたが本物なら、先代の魔王、だろ?」
ビクリ、全員が固まる。
魔王軍や魔王という言葉は、まだ大陸の人々には恐怖の対象である。
「その通りじゃ」
メリジェーヌは目を細めて俺を見る。
「失礼の段、お許しあれ。委細あれど、今は魔王軍から退いた者でありますゆえ」
「なに。かしこまることはないぞ。わらわも魔王の座を降りた者ゆえな」
「ギアさん?メリーさんとどういう関係なんですか?魔王って……」
「今から五百年前に、魔界を支配していた竜族の魔王だ」
「そうじゃよ」
「明らかに俺よりも強い」
「さあて、それはどうじゃろうかの」
冗談めかして、俺の言葉を否定したがメリジェーヌだ。
俺の主人であった魔王様は、彼女が死んだことで魔王継承戦を勝ち抜き魔王になったとガルグイユは言っていた。
そんなのがなぜここにいるのか?
「ギアさんとメリーさん、もしかして戦うんですか?」
リヴィが不安そうな目でこちらを見ている。
どうやら、リヴィとメリジェーヌは仲良くなっていたらしい。
メリジェーヌとアイコンタクトをとる。
敵意はない。
「そんなわけないだろう。メリー……さんは俺の上司の先輩にあたる方だ。仲良くさせてもらいたいと思っているさ」
「そ、そのとおりじゃ。ギア殿はわらわの後輩も誉めておった逸材ぞ。わらわも友人になりたいと思うておったのじゃ」
なぜ、あそこまで息が合うのでしょう、不思議ですね、とナギが呟いている。
たぶん、リヴィエールちゃんのためだよ、とポーザ。
「そうなんだ!良かった」
リヴィの笑顔。
この笑顔を曇らせるわけにはいかない。
それはどうやら、メリジェーヌも同じなようだ。
「俺たちは協力しあえる。そうだな?」
「もちろんじゃ、わらわたちの目的は同じぞ」
「みんな仲良しで、わたし嬉しいなあ」
メリーさんはライバルってわけじゃないよね?とポーザ。
私にはわかりかねますわ、だってギア様と同行してるとコロッといきますもの、とナギ。
あー、確かに、とポーザは頷いた。
心当たりはたくさんある。
「ねー、そろそろ私も隊長と話していい?」
アユーシがリヴィに話しかけた。
「あ!ごめんね、アユーシさん。大事な用だったんだよね?」
さあどうぞどうぞとリヴィはアユーシを俺の前に押し出した。
半年以上ぶりに見る元部下の顔は、変わっていなかった。
まあ、そんなすぐに厳つくなったり、精悍になったりしたら嫌だが。
「魔王軍暗黒騎士二番隊アユーシ。隊長に御用つかまつりまして参上いたしました」
「……俺はもう、お前らの隊長じゃない」
真面目な顔を崩さずに、アユーシは答える。
「隊長が、隊長を止めても私たちにとっては隊長が隊長のままなのは変わりありません。ですから、隊長のことはこれからも隊長とお呼びいたします」
隊長の文字がゲシュタルト崩壊しそうだ。
それに、この論理は聞いたことがある。
「なんか、バルカー君と似たようなこと言いますね。アユーシさん」
リヴィがボソリと呟く。
俺のことを師匠呼ばわりするバルカーも同じようなことを言っていたことがある。
リヴィもそれを覚えていたのだろう。
「まあ、いい。それで用とはなんだ?」
「はい。魔王軍宰相代行ボルルーム様からの書状があります。そちらをご一読いただき、その返事をもらってこいとの宰相代行からの命令でございます」
「ふむ。ところどころ間違ってはいるが、以前より使者としてふさわしい受け答えができるようになっているな」
「本当ですか隊長!ありがとうございます!」
「礼はいいから、そのボルルームからの書状を見せてくれ」
「はい、こちらです」
とアユーシが取り出したのは、魔王軍の公式文書に使われる混成魔獣の皮でできた魔羊皮紙だ。
つまり、これは魔王軍からの正式な書類ということになる。
命令、という形でないのはボルルームが、俺が魔王軍から抜けたことを正式に認めてくれている、ということだ。
ケンカ別れしたわけではないが、その後の魔王軍のことが気になっていた。
元気なようでなによりだ。
受け取った書類を開く。
ボルルームらしい生真面目な字で書いてある。
『魔王継承戦について』
どうやら、魔界でもこちらと同じことで悩んでいるようだ、と俺は察して苦笑いした。




