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90.ある冒険者の記憶(炎)

「冒険者はすごい職業なんだ」


 遠い昔の自分は、そんなことを子供たちに話していた。

 このリオニアスの、普通の子供たちは冒険者ギルドの建物の裏手に集まって、訓練をする冒険者たちを見ながら過ごすのが通例だった。


「なにがすごいんですか?」


 と蝶の髪飾りをつけた女の子が聞いてきた。

 その時の自分は確か、こう言ったと思う。


「見ろよ。あれは魔法だ。あの人は自分よりでかい剣を使っている。あっちの女の人はめちゃくちゃ動きが速い」


 髪飾りの女の子は、どうやら魔法に目を奪われたようだ。


「ふええ、すごい!」


「お兄ちゃん、すごいねー!」


「おれは自分で蹴ったり殴ったりする方が強いと思うぞ」


 髪飾りの女の子の隣には、友達らしい兄妹がいる。


「いろんな冒険者がいて、いろんな冒険をしてるんだ。俺もその中の一人になって、一級冒険者を目指す!!」


「いっきゅう?」


「冒険者は五つのランクに別れていて、五級が新人、四級が駆け出し、三級で一人前って言われてる。そして、二級になったらすごい冒険者で、一級だととてもすごいんだ」


 話す言葉の中身は、とても空虚だったけど。

 話す熱量は本物だった。

 俺はとてもすごい冒険者になりたかったんだ。



 魔法学園の生徒で気難しいけど天才と言われたバーニン。

 弓の扱いに慣れていた異国の狩人の娘ナ・パーム。

 他人を強化する魔法に優れていたフォコ。

 この三人と、俺はパーティを組み、冒険者になった。

 パーティ名は“メルティリア”。

 どんな困難も溶かして進む、炎使いのパーティだ。


 たくさんの冒険をして、失敗もして、それ以上に成功もした。

 あっという間に、俺たちは二級すごい冒険者になった。


 そして。

 最後の冒険が始まった。

 冒険者としての最高ランク、一級。

 俺たちはついにそれに手が届くところまで来ていた。

 ギルド副長であり一級冒険者のユグドーラスさんは、この依頼に成功すれば一級が確約できる、という依頼を出してきた。


「ドラゴン討伐……ですか?」


 俺の問いに、ユグドーラスさんは頷いた。


「そうじゃ、アルシア山脈にある竜の洞窟。そこには住み着いているドラゴンの討伐。それが依頼じゃ」


 一級になるのにふさわしい高難易度の依頼だ。


「受けます」


「うむ、頼んだ」


 リオニアスを出発し、アルシア山に向かう。

 装備は十分、意気も高い。


「42、36、35、37、悪くない」


 謎の言葉をつむいだドラゴンに対して、俺は惑わされるまいと大きな声で叫ぶ。


「接敵、ドラゴン!総員戦闘態勢!」


 それからは熾烈な戦いが続いた。

 炎に耐性を持つドラゴンは、炎使いにとって難敵の最たるものだが、槍を使える俺と炎魔法以外も得意なバーニンによって、どんどん竜を屈服させていく。

 最後には、全員がぼろぼろになっていた。


 地面に倒れたドラゴンは、それでもまだこちらを注視するよう目を向けている。


 やがて、力がゆっくり失われてきて、まぶたが閉じる。


 竜が死ぬ、直前。


 俺は、死んだ。


 正確に言うならば、俺という存在は転写されてきた竜の精神に噛み砕かれてしまったのだ。


 その後のことはおぼろげだ。


 俺の姿かたちをした竜が、俺の体を使って何かをやっている。

 それを不審に思わない仲間たち。

 国の暗部の仕事。


 これは違う。

 これは俺の目指したものじゃない、と何度も叫ぶ。

 しかし、その声は発せられることなく、誰かに届くこともない。


 やがて、俺の願いは変わった。


 死を。

 完全な終わりを望むようになったのだ。


 こんな苦役にも等しい人生を送るならいっそのこと消えてなくなればいい。


 その望みがかないそうになる。

 希望の色は漆黒。

 魔王軍の暗黒騎士。

 俺自身の槍術も、魔法もきかなかった。

 組み込まれていた強化魔法“聖印”。

 その全てが効かなかった。


 負けた。


 しかし、俺は終わらなかった。

 止められたのだ、決着を。


 暗黒騎士を止めたのは、幼い頃に冒険者に憧れた少女だった。

 あの銀の蝶の髪飾りをつけていた娘である。

 彼女もまた冒険者になっていた。

 そのことが少し嬉しくて、俺はほんのわずかな希望を残して生き延びた。


 その後は、ずっと牢獄の中だった。

 俺の中の竜がやったことが、相当の悪事だったために囚われることになったのだ。

 焦ったのは、俺の体を操る竜だった。

 このまま無為な生活を送るだけなら、俺に取りついた意味がなくなるから。


 そして、俺は脱獄した。


 竜は様々なことをして、強くなろうとしていたが俺には関係ない。

 やがて、竜は別の竜に力をほとんど吸いとられ死んだ。

 俺の体はアンデッドに乗っ取られ、墓地のダンジョンに連れていかれた。


 意外にも、そこは心地よかった。

 もうすでに、俺の精神は死んでいたのとかわらないようで、墓地を漂う幽霊とも普通に話ができた。

 話といっても簡単な意思の交換みたいなもので、体系だった話もできなかったが、いくつかの話を総合すると、ここはリオン帝国の遺跡だということがわかった。

 五百年前にあった大きな帝国。

 その遺跡のいくつかに入りこんで、財宝を手に入れたこともある。


 ここの墓地のボスはロイヤルスケルトンらしい。

 聞いたことのないモンスターだが、俺の知らないことなどいくつもある。

 そして、その上に死者たちの集合的人格の終わりなき者というのがいるらしい。

 そして、それが俺の肉体を使っているのだ。


 安らかな死の時間はすぐに終わった。


 ロイヤルスケルトンに案内されてきた人物によって。


 俺は、また歓喜した。

 なぜなら、やって来たのは暗黒騎士の男だったからだ。

 停滞を終わらせる者。

 俺に終わりをもたらす者。


 予想通り、終わりなき者と暗黒騎士は戦いを始めた。


 そして、終わりなき者の人格は統合を止めた。

 なぜ、そうなったのかはわからない。

 しかし、それはチャンスだ。


 あの墓地に眠っていた全ての霊が、死者が終わりなき者の内で目を覚ます。

 そして、その全ての力の主導権を得ようと壮絶なバトルロイヤルを始めた。

 俺も参加した。

 この戦いは生前の力や技術や魔法はほとんど役に立たない。


 必要なのは意志。


 どうしても何かをなさんとする意志だ。


 俺は思い出す。

 俺の望みを。


 それは死ぬことではない。

 終わりを望んでいたのではない。

 どうしようもない絶望しかないのなら、それでも良かった。

 けれど、希望があるのなら。

 俺は、俺の望みは。


 一級とてもすごい冒険者になりたい。


 その望みが、意志が、全ての死者を凌駕した。

 終わりなき者の主体となった古代帝国の皇子も、ボスであったロイヤルスケルトンも、竜をも超えて。

 俺はバトルロイヤルを制し、死者の王として現世に帰還した。


 そして、とても楽しい戦いを経て。

 俺は空を見上げていた。

 腹部には大穴があき、血と魔力が流れ出ていくのがわかる。

 敗れた俺は地面に転がり、仰向けになっている。


「俺と互角ならよ。お前も一級冒険者並の実力はあるってことだ」


 暗黒騎士がそう言った。


「あんた……いつ、一級に?」


「つい、こないだだ」


 そうか。

 一級冒険者に互角な俺は一級冒険者並か。

 望みはいつの間にかかなっていたのかもしれない。


「そうか。ありがとう暗黒騎士」


「俺の名はギアだ。死んでも覚えておけ。“メルティリア”のフレア」


 兜をとった暗黒騎士の男。

 なかなかに精悍な顔つきだ。

 髪飾りの娘、名前はなんといっただろうか、彼女が好きそうな顔だ。


「ありがとう、ギア。……リオニアスを頼む」


「わかった」


 どうして、一流冒険者になりたかったか。

 唐突にわかった。

 リオニアスを、そこに住む子供らを守りたかったのだ。


 後をたくせる人間に出会ったことで、俺の望みは完全に叶った。

 そう、理解した俺は。


 その魂を、執着から解き放って。


 空へ還った。

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