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9.その小さな挨拶は確かに約束だった

「ひどいですよ、ギアさん」


 ちょっと泣きそうな顔でリヴィが俺を責める。

 バルカーが傷の手当てを受けているギルドの医務室の前である。

 バルカーが治療されている間、リヴィは部屋の前で待っており、俺はユグから(声を出さず)迎えに行ってくれと言われ(読唇術で読みとり)たのだ。

 そして、来てみたらこの通りだ。


「ひどい、とは?」


「動けなくなったバルカー君を、それでも殴ったじゃないですか」


「……もし、あれがバルカーではなくミスティで、ギルドの中庭ではなくあの鉱山跡だったら?リヴィはどうする?」


「え?」


「勝負を挑んで来たのはあいつだ。俺の前に立つならば、俺の敵になるならば、俺は戦いの真似事などできない」


 あれでもかなり手加減をしたのだが、とはバルカーの名誉のために言わないでおく。


「わ、わたしは、わたしなら……」


 あの時、リヴィはミスティに捕まって何もできなかった。

 どうにかできていたら、と彼女は今も考えているだろう。

 俺が突きつけた問いは、彼女自身の問いでもある。


「まだ、答えは出さなくてもいい。ただ、いつか来る時のために答えは考えておけ」


「……はい」


「ぐぎゃああ、しみる!!!」


 俺とリヴィのシリアスになりかけた雰囲気をぶち壊す情けない悲鳴。

 それは医務室の中から響いた。


「……なあ、あれって」


「……バルカー君、いえバルカーのです」


「そうか……意識が戻ってよかったな」


「……そう、ですね」


 医務室の中に入ると、ギルドの医務員である僧侶のレベッカさんがバルカーの顔にアルコールをかけていたところだった。

 消毒用だろう。

 それが傷口にしみたのだ。

 子供か。


「おう、リヴィエール……そして、師匠!」


「師匠?」


 バルカーはベッドからひらりと飛び降りた。

 イメージでは。

 実際は転がり落ちて、痛みをこらえる顔だ。


「俺に拳の心と勝つための心構えを教えてくださった、師匠!」


 と叫んで土下座した。

 ふと、横に目をやるとリヴィが死んだ魚のような目をしている。


「わたしが勇気を出して、ギアさんに意見したのに」


 確かにリヴィにとって、俺に意見などかなりの勇気を振り絞ったはずだ。

 切り殺されても不思議ではないと思っているかもしれん。


「それを無にしやがって、バルカー……殺」


 なんだかヤバいことを呟きだした。


 下では師匠と叫ぶ生き物。

 横には殺意をたぎらせる少女。

 そして、ここは医務室。

 どうして、こうなった?



 そして日が暮れて。


 俺はなぜか、バルカーの家で夕食を食べていた。


「あまり食うものはないが、たくさん食べてくれ師匠!」


 完全になついたバルカーが師匠と呼んでくるのが気恥ずかしい。


「お前を弟子にしたつもりはないと言ってるだろう?」


「いや、俺が師匠に弟子入りしたんだ!師匠の気持ちは関係ないぜ!」


 と爽やかな笑顔でバルカーは言った。

 好感度が俺に振り切ったのはいいが、言動の基本は変わっていないようだ。


「バルカー君はいっつもこうなんです。昔から」


 と共に食卓を囲むリヴィが呆れたように言った。


「そうなんです。いつも私にとばっちりがくるんですよ」


 と苦笑いしているのは、バルカーと同じ栗色の髪を持つリヴィと同じ年頃の少女だ。

 名は確かニコ。

 今夜の料理をほとんど作ったらしい。

 わたしが男だったら嫁にする、とはリヴィの言だ。


 なんでも戦災でバルカーとニコの両親が亡くなり、隣同士だったリヴィの両親が二人を引き取ったそうだ。

 その時から、三人は兄弟姉妹同然の関係らしい。

 その後、リヴィの両親も亡くなり、バルカーが冒険者となり家計を支えた。

 そしてリヴィも冒険者になったが、今回の件に巻き込まれた、ということだそうだ。

 この三人のことを、ミスティは姉のように見守っていたという。

 それがどういう気持ちから来るのかは、俺にはわからない。

 家族としてか、商品としてなのか。


 俺を師匠と呼ぶバルカーは、リヴィもなついていることだし、友好を深めようとこの食事会を企画したらしい。

 まあ、俺とリヴィを引きずってきて、出迎えたニコが半笑いで料理を増量したというのが、正しい。

 断言する。

 バルカーに企画力はない。


 出された料理に文句はない。

 ただ、素材の質のわりには上手いと思うだけだ。

 そのことは素直に口にする。


「まあ、だいぶ落ち着いたとはいえまだ戦時下ですからね」


 戦時。

 そう、いまだこの国は戦争中なのだ。

 魔王軍が滅びたという報告はユグドーラスにしか伝えていない。

 それがリオニアの政府に伝わり、終戦の宣言が出されなければ相手がいなくても戦争は終わらない。

 食料統制もそうだ。

 質のいい食料は前線の兵士に送られる。

 後方には二流品、三流品だけが残るのだ。

 それがこの食卓の上から見える事情だ。


 魔王軍が原因の一つであることは俺も承知しているが、この国が食料を制限してまでも戦う選択をしたことはこの国の責任だと思っている。

 だから、この食卓一つにまで責任を感じることはない。

 と思っているが、やはり申し訳ないとは思うのだ。

 それは、バルカーを、ニコを、そしてリヴィのことを知ってしまったからだろう。


 というか、この国を攻めていた魔獣軍は半端だったのだな、と思わざるを得ない。

 電光石火、一気呵成にリオニアを倒してしまえば。

 あるいは抵抗の激しさに見切りをつけ撤退し、別の方面軍に合流すれば。

 まだどちらも困窮するような事態になっていなかったはず。

 力を使い果たした魔獣軍は勇者に蹴散らされ、しかし守り疲れたリオニアは食料すらままならなくなっている。

 豊かさを使い果たした国を取っても意味はない、と獣魔将殿はわからなかったのだろうか。


「あの、ギアさん。どうかしましたか?」


 心配そうなリヴィの顔。

 どうやら、考え込んでしまっていたようだ。


「いや、なんでもない」


「なら、いいんですけど」


 楽しい食事会はお開きになった。

 バルカーが疲れはてて寝てしまったからだ。

 なんで疲れたのかは割愛する。


「ギアさんのせいですよ?」


 とリヴィが言っているが割愛する。


「どうぞ泊まっていってください」


 とニコが言ってくれる。

 リヴィは当然のように泊まるようだ。


「いや、ギルドが宿を紹介してくれている。ユグのメンツのためにもそこに行くさ」


 残念そうなリヴィだったが、俺は席を立った。

 ニコに礼を言い、バルカーの家を出た。


 夜のとばりが降りて、星が瞬いている。


「ギアさん。おやすみなさい」


「おやすみリヴィ。疲れてるだろう?早く寝た方がいい」


「はい、わかりました。あの、ギアさん。またあした」


「またあした」


 満足したようにリヴィは笑顔になった。


 人間と食事をしたのは初めてだった。


 母親である人間は、父である魔人の奴隷だった。

 だから、家族という扱いはされなかった。

 幼いころに魔王軍に入軍し、少年兵から一般兵になり、やがて騎士になった。

 母親は俺が入軍したころには死んだらしい。

 軍の同期や、戦友たちと囲んだ食事も上手かった。

 もちろん、ひどい食事もあった。


 だが、今夜の食事は何か違うのだ。

 楽しいことは楽しかった。

 食材の質はともかく味は最高だった。

 それよりも、それ以上に。


 なんだか胸が暖かいのはなぜなんだろうな。

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[一言] 誤字報告 「いや、ギルドが宿を紹介してくれている。ユグのメンツの たま にもそこに行くさ」            ↓ 「いや、ギルドが宿を紹介してくれている。ユグのメンツの ため にもそこに…
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