88.死者に終わりかたを選ばせる暗黒騎士
「貴様の方が強いだと!?」
エンドレスがわななきながら叫ぶ。
死者であっても、強い感情を持っているのが人間だ。
いや、強い感情があるから、死んでも死にきれないのかもしれない。
「ああ、そうだ。その冒険者の人間よりも、ドラゴンよりも、もちろんアンデッドの貴様よりも俺は強い」
フレアは倒したことがあるし、竜魔将デルルカナフ殿とは肉体のみの勝負でなら引き分けたことがある。
奴が取り込んだらしきコロロスという名のドラゴンがいくら強くても竜族トップクラスのデルルカナフ殿より強いわけはない。
そして、魔人にとってアンデッドとは最も相性のいい敵だったりする。
魔力が死体を動かしたり、魂がそのまま魔力を持っているアンデッドにとって、魔力を自由自在に操れる魔人は、逆に言えば天敵なのだ。
純血の魔人ともなれば、指一つで幽霊系アンデッドを吹き飛ばせるし、睨んだだけでゾンビが崩れ去ったなんて逸話もある。
半分しか魔人の血を引かない俺でも、アンデッドの攻撃が効きづらい特性は有している。
総合的に考えた結果、俺は奴よりも強い、という結論になる。
事実、奴の攻撃は魔法も、槍も、斧も、俺には効かない。
炎の魔法は気合いで散らせる。
槍は前よりも遅く感じるし、斧は威力は高いのだろうが、遅い。
ただ遅いのではなく、攻撃の起点が読みやすいため回避しやすく、反撃も容易だ。
ついでに精神魔法も使ってくるが、全然かからない。
そもそも、精神魔法なんてのは油断している相手か、格下の相手にしか効かないものだ。
例えば、ドラゴンが人間にかけるような。
まあ、ドラゴンならその巨大な爪で引っ掻いたほうが人間に言うことをきかせやすいと思う。
「ええい、骸竜牙の槍!」
なんか黒く変色した竜の牙でできた槍を取り出してきたが、攻撃自体が遅く、かわして拳で殴り付けるだけで槍自体が壊れてしまう。
「ずいぶんと脆いな」
「くそッ!」
エンドレスは槍の破片を投げ捨てて、地団駄を踏んだ。
「なんで、なんでだ!なんでちっともうまくいかない!」
「というか、お前。ここの主じゃないのか?」
俺の知ってるダンジョンの主というのは、オロチ島のダンジョンにいた大多頭蛇のナンダをはじめとした超強力な怪物どもだった。
それに比べると、このエンドレスの小物感が際立つ。
「フッ。聞いて驚くがいい。私はこの墓地のすべての死者の集合した存在。リオン帝国の時代から受け継がれてきた死者の全ての思いから生まれた存在だ。矮小なるダンジョン主などではない。私こそがダンジョンを超越するものなのだからな」
「じゃあ、主ではないんだな?」
「そうだ、と言っている!」
「なるほどなあ」
どおりで、思っていたより弱いわけだ。
この規模のダンジョンの主ともなれば、下手をすれば魔将級の力量を持っていても不思議ではない。
この間、戦った海魔将ガルグイユほどの強さかと用心していたのだけれども。
まあ、ダンジョン主は強さと引き換えに外に出る自由を失うし、精神もダンジョンに侵食されがちだから、ならないという選択肢を(もし選べるとしたら)選ぶ可能性もある。
「何を言いたいのだ!」
「ということは」
俺はエンドレスを無視して、辺りを見回す。
そして、黒ローブのスケルトンに目を止める。
「なんでしょう?」
「お前がここの主か?」
「はい、さようでございます。西の村あらためリオン地下墓地のダンジョンの主、ロイヤルスケルトンです」
黒ローブあらためロイヤルスケルトンは頭を下げた。
「主なのに、エンドレスの言うことを聞くのか?」
「ええ、わたくし、生前はリオン帝国の文官でして、かの国の帝室の方がベースになっているエンドレス様には誠心誠意尽くす所存でございます、です、はい!」
「死んだ後も主従関係に縛られるのか。大変だな」
「慣れてしまいましたので。特に困ることもありませんし」
「そうか。……おい、エンドレス」
「……なんだ?」
戦いの最中に会話をしている俺に苛立っているエンドレス。
油断しているように見える俺に何度か攻撃を仕掛けようとしているが、俺はそれに対応した動きをしている。
そのため、迂闊に攻められず、それも苛立ちを加速させているようだ。
「三つから選べ。一、このまま戦い死ぬ、二、ダンジョン主となり俺と戦う、三、死者としての力を出し尽くして俺と戦う」
「なぜ、選ばなければならない!?」
「貴様は俺に選ばせただろう?戦うか否か。俺は戦いを選んだ。次はお前の番だ」
「……わかっているのか?私が力を出し尽くして戦う、ということの意味を」
エンドレスの不安げな顔。
今さら、何を憂いているのか。
「お前という枷が外れ、死者は眠りから目を覚まし、最大多数の意思によって無秩序に動く」
それはユスタフという統率者を失った屍衆と同じだ。
死者たちは無秩序に大陸に拡がり、その弱さゆえに次々に討たれていった。
「そ、そんなことをしたらどうなると」
「さあな。だが、くそ弱い貴様を苛めるより楽しいだろうな」
「貴様は……なんなのだ!?」
「さあな。ただの冒険者だよ」
「そんなに大変なことなんですか?」
「ええ。五百年近くためこんだ死者ですからね。死者の群れか、巨大なアンデッドになるか。どちらにしろ、地上は大混乱になるでしょう」
離れたところに隠れていたデンターは近くにいた黒ローブことロイヤルスケルトンと会話をしていた。
ドクロと話をするというのは、デンターの人生でもはじめての経験だった。
意外にもロイヤルスケルトンは人格があり、教養があった。
つまり、話があうということだ。
「ギア殿は何を考えているのでしょう」
「これは推測ですが、その死者を解放して、このダンジョンをクリアしようとしているのではないでしょうか」
「ダンジョンを、クリア?」
「そうすると、この墓地と地上の村のダンジョン化がとけるでしょう。このあたりは平和になるでしょう」
「平和に……はあ」
「得心がいかないご様子」
「ギア殿はそういうことをしそうな方ではないと思いませんか?」
「私ははじめてあの方に会いますが、平和になるのが嫌だと?」
「そういうわけではないのでしょうが、困難を選びたがるような気がします」
「困難、とは?」
デンターは困ったように笑う。
「面倒なことを放っておくともっと面倒になる、だから首を突っ込む……のだそうです」
「なるほど、なかなか難儀な運命の方のようで」
「同感です」
「いいだろう」
外野の会話など気にせずに、エンドレスは決断した。
「一応聞くが答えは?」
「我が全力を持って貴様を倒し、この世界を死者で埋め尽くす」
はじめ、彼はリオン帝国の墓地を漂う意思の残滓だった。
ダンジョン化した墓地に五百年かけて蓄積され、濃縮された意思は、落ち延びてきた竜であり人であるそれによって励起された。
意思は魔力を操り、形を成した。
そして、それは魔王にならんと欲した。
輪廻から解き放たれた者、終わりなき者、エンドレス。
ある意味、生まれたばかりの存在である彼は、その力を全て解放した。
それは死者であり、竜であり、そしてなにより人であった。
リオニアスの地で、緋雨の竜王がその竜の姿を現してから一日。
その西にある遺跡に、巨大なスケルトンが出現した。
リオニアス冒険者ギルドは、まともに動けるパーティであるドアーズに調査を依頼。
協力者とともに、ドアーズはリオン帝国遺跡へ急行した。




