86.墓場を歩く者たちの災厄
「まさか、これほどまでとはな」
という俺の呟きは、振り下ろす剣の起こす風切り音によって誰にも聞こえず消え去る。
ここは西の村の入口広場。
村に入った俺たちは絶え間なく襲ってくるアンデッドの大群に苦しめられていた。
弱くて脆いスケルトンとゾンビしかいないが、それらは完全に消滅するまで何度でも立ち上がり襲ってくる。
この広いとはいえない村に、百体にも及ぶアンデッドが潜んでいたことに俺は驚きを隠せない。
デンターに渡した軽量弩弓は役に立たないので温存してある。
なにせ、痛みを感じないアンデッドだし、当たっても動きを止めることもない。
完全に消滅させるためには魔力の塊である核を砕く必要があるのだが、これがどこにあるのかはそれぞれの個体で違うのだ。
心臓の位置だったり、頭の中だったりする。
生前に最も大事にしていた部分だという説をユスタフは唱えていたことを覚えている。
そのため、核の位置を見抜き正確に狙撃するか、手当たり次第に破壊して核ごとぶち壊すかしかない。
弱いが数が多くて面倒だ。
暗黒鱗鎧を使えば、すぐに片付くかもしれないが、少しの魔力の消費も惜しい。
この先、何があるかわからないし、回復もできるかわからない。
できる限り、消費を少なくしなくては。
五十二体目のゾンビと四十九体目のスケルトンが動きを止めたところで、広場に動くものは俺とデンターだけになった。
さすがに息がきれた。
喉も渇いたが、こんなところで何かを口にしたくない。
剣も腐った肉と血でめためたになっているから、手入れもしたい。
「大丈夫ですか?」
「ああ、弱いのに数が多くてな」
「ええ。まさかこんなにいたとは……」
「おそらく、まだ奥にいる」
「え!?」
「少なくとも主は必ずいる。少し休もう。どこか休めそうなところはないか?」
「でしたら、ここらに」
と、デンターは地下室へ続く扉をさした。
どうやら、そこに隠れていたらしい。
「ここは……」
「貯蔵庫みたいですね」
扉をしめ、明かりをつけるとそこには腰のたかさくらいの甕がいくつかと、野菜か何かが乾ききったようなゴミの入ったカゴが置いてあった。
甕の中身は水のようだ。
「食べ物は無いが、水はあるか」
俺は懐から布を取り出し、水に浸した。
その布で刃を拭く。
さらに懐紙で水気をとる。
本当なら油分も完璧に落としたいが、とりあえずはこれでよい。
「その剣は予備の剣、なんですよね?」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
「いえ、普通なら剣なんてものは使い捨てで歯こぼれしたり、血でなまくらになったら捨てるものでしょう?」
「そういう者もいるな」
「なぜ、ギア殿はちゃんと手入れを?」
「剣はいつでも切れる状態にしていないと不安でな。……それに剣の師には、剣に奢れるものは剣に滅び、剣をおろそかにすれば剣で滅ぶ、とよく言われてな」
「剣に奢れるものは剣に滅び、剣をおろそかにすれば剣で滅ぶ……」
「要はちゃんと使えってことだろうが。俺はそれを覚えている、ただそれだけだ」
「その言葉……鍜治屋のはしくれとしてなんだか嬉しく思います。もし、良ければ師という方に会ってみたいものです」
「……師匠は……すまんが亡くなった」
「あ……失礼を申しました」
「いや、気にすることはない。それに会っても気を悪くするだけだぞ。人を、敵か弟子か剣かでしか見ない人だったからな」
「敵か弟子かはわかりますが、剣?」
「うむ。己の手足となって働く有能な人物のことらしい」
「はあ。妙な御仁だということはわかりました」
師である剣魔シフォス。
結局、俺は感謝の言葉を伝えられていない。
彼の教えてくれた剣の技があったからこそ、今まで生き抜いてこれたのだから。
「さて、そろそろ行くか」
「ええ」
わずかだが休憩をとれた。
その貴重な一瞬は過ぎ去りら俺たちは進むのを再開する。
ゆっくりと警戒しながら、地下室の扉をあける。
地上は、いまだ死体だらけだが動くものはない。
広場を出て、歩を進める。
その後は、妙な館に閉じ込められ、ゾンビやその改造されたようなやつと戦い続けた。
最初の大群と違って、少数の散発的な攻撃だったため、それほど苦戦することなく、進むことができた。
扉が閉められ、また崩れた場所もあり、その館はまるで迷路のように俺たちを足止めし、惑わす。
「迷宮の簡単な攻略法を知っているか?」
「ええと。左手を壁につけて、道に沿って進む、でしたっけ?」
普通の迷路なら正解だ。
しかし、隠し扉があったり、空間転移をしてくるような難易度の高い迷宮だと必ずしもそれは正解にはならない。
「正解は、壁を壊す、だ」
大きく振り抜いた剣の一撃で、俺たちの行く手を阻む瓦礫が消し飛ぶ。
ついでに隠れていたゾンビは押し潰されて動きを止めた。
「ええ……それ、ありですか?」
「たまに壊せない壁を仕込んでくる奴もいてな。そういう時は別の手を考えるが」
すっきりキレイになった通路の先には外への出口らしき扉が見えた。
扉の外は、まだ西の村だ。
日が暮れはじめ、陰鬱な雰囲気がますます濃くなっている。
謎の館が建っていたのは、古い村と新しい村の境だったらしく、同じ村でも様式の古い建物が並んでいる。
ここに人が住んでいたのはたった三年前だ。
放棄されてから、三年でここまで廃墟になるのか、と俺は意外に思う。
道には雑草がおいしげり、建物は崩れ、蔦が巻きついている。
道の先、突き当たりには教会が建っていた。
扉には聖矢印の紋章。
人間の信仰するアルザトルス神の教会だろう。
ちなみに、この大陸には三つの大きな宗教がある。
一つは暁の主ラスヴェートを信仰するラスヴェート教。
十字路地方にある暁の国を中心とし、このあたりではサンラスヴェーティアが取りまとめている。
もう一つは、ラスヴェート教の分派ともいえるバルニサス教。
歴史的に言えば、バルニサス教の方が古くからある宗派で光と法の神バルニサスを信仰している。
神々の序列で、バルニサスがラスヴェートに頭を垂れてからは、バルニサス教の方が下に見られるようになった。
ほとんどの神官はそういうものだ、と思っているが過激派が序列の変更を求めてラスヴェート教の教会を襲うことがまれによくある。
そして、残るのがアルザトルス神を祀るアルザトルス教だ。
光の神ということで、バルニサスと役割が被っている。
アルザトルス教の教えでは、バルニサスはアルザトルスの仮の姿であり、真なる時が来ればその本来の姿を現して衆生を救う、とされている。
そんなに目立たない宗派であったが、勇者の登場で一気にメジャーになった。
勇者がアルザトルス神の加護を受けたと公言し、実際に魔王軍を追い返しはじめたからである。
実際にご利益がある神様を拝むのが人間というもので、アルザトルス教は瞬く間に布教の範囲を広げ、信者を獲得し続けている。
その教会の前に、黒いローブをまとったスケルトンが一体立っていた。
白旗を揚げているため、俺は武器を持ちつつも敵意を抑えて近付く。
「お待ちしておりました」
「待っていたわりには手厚い歓迎だな?」
「腕を見なくては本当に待ち人かわかりますまい?」
「ふん、物は言いようだな」
「我が主からの伝言です。継承する気があるなら参れ、こちらが魔王となってもよいのなら去れ、だそうでございます」
「アンデッドの継承者……ということか」
「さようでございます」
厄介ごとがまた来た。
いや、今度はこちらから首を突っ込んだ形か。
アンデッドの魔王なんかが誕生したら、俺たちの侵攻よりもひどいことになるのは目に見えている。
ある意味良識派のユスタフだったからこそ、アンデッドたちも統制が取れていたのだ。
彼がいないのなら、大陸全土にアンデッドが蔓延するのは間違いない。
関わらないわけにはいかなかった。
「案内してくれ」
「はい。どうぞ、こちらへ」
黒ローブのスケルトンは教会の扉を開けて、俺たちを誘った。




