85.死者のさ迷う森で
魔王の継承者は、同じ継承者とひかれあう。
無意識の内に同胞を探し求める習性を持つ。
それはさっさと次の魔王を決めようとする魔界の意志なのかもしれない。
例えば、魔人の継承者と獣人の継承者が魔王没後、ほぼ間を置かずに出会ったこと。
どちらも魔界の猛者であるのに、一人は魔王軍の秩序を重んじ撤退を命じ、もう一人は魔王軍の力を重んじ進軍を命じた。
違う考えの両者はぶつかり、魔人が勝ち、獣人は倒れた。
同じように、海魔の継承者も。
竜の継承者も、不死者の継承者も次々に出会い、戦い、勝者と敗者を定めてきた。
そして。
満身創痍の竜の継承者は、不死者の継承者に喰われた。
その近くに魔人の継承者がいたのは偶然か、必然か。
気が付くと俺たちは深い森の中にいた。
遠くに建物らしき影が見える。
「なんで近道通ろうとして、こんなへんぴな場所に?」
同行者のデンターの質問に、俺は腕を組んで答えた。
「わからん」
出発した当初は、確かにリオニアスへ向かっていたはずだった。
だが、少しずつ道をそれ、気が付いたらリオニアスの西の森の中にたどり着いていた。
まあ、もし現れた暗黒騎士が俺の知る奴ならリオニアスに危険はないだろう。
妙なちょっかいを出されなければ、だが。
よく思い出してみるとここは一度来たことがある。
冒険者をはじめたころ、リヴィと一緒にここの近くの村に現れたスケルトンを倒しにきたのだ。
その時は、リヴィが嫌がりながらも、俺の剣とリヴィの火球で日帰りで討伐できた。
相性が良かったのだろう。
「何か気になることがあったのですか?」
デンターの言葉に首をひねる。
完全に、わからないのだ。
「気になる、というか……!?……」
ぞわぞわとした気配がさーっと通り抜けていく。
凍えるような何か、関知できないものが俺たちの隣を過ぎていったような。
「ギア殿、今のは!?」
「ゴースト系の何かが通りすぎていったようだな」
そういえば、このへんは屍魔将ユスタフの支配地域だった。
魔王軍随一の兵力数を誇る軍団、屍衆の長で、アンデッドの特性である死者をそのまま兵力に編入できる点によって、休みもせず、兵力が減ってもすぐに補充できる軍団を率いていた魔将だ。
一体一体は弱くて脆いアンデッドだが、そのような大きなメリットによって強力な軍団として成立していた。
魔王領となったニブラス王国から七つの軍団が出陣していったが、残り六つが魔界から連れてきた兵力が全てだったのに対して、屍衆だけは死者を兵力にしてどんどん拡大していき、勇者一行に倒されるまで魔王軍各軍団の中でも最大の占領地を得ていた。
中心となったのは、廃都ボロス。
ボロス王国の都で、ユスタフと屍衆の襲撃で一夜にして滅びた。
ボロスの隣国であり、リオニアと国境を接していたマドレス王国も滅び、屍衆の版図となっていた。
俺も一度、視察に行ったことがあったが人間、動物全てが死者となっていた。
だが、スケルトンやゾンビといった死者たちが生前と変わらぬ生活をしていた。
なんでも魂はそのまま肉体に宿らせて、見た目の違和感さえ無くせば死者が動き回り、生活することができるのだと、ユスタフは言っていた。
これも永遠の一つの形であります。
と自信満々にユスタフは言っていた。
後に廃都ボロスのアンデッドたちは勇者に討伐され、死者たちは勇者の仲間である魔法使いフランフルートによって焼き尽くされたのだという。
成果を奪われたユスタフは失意のうちにネガパレスに戻り、最後の戦いで消滅したらしい。
だが、彼の残したアンデッドの軍団はいくつかの残党が残り、活動しているようだ。
残党といっても、弱くて脆いスケルトンなどである。
一般冒険者でも余裕で倒せる。
一体くらいなら、そこらの村人でも勝てる相手だ。
ほとんど脅威にならない。
伸びた支配地域はリオニアにも引っ掛かっており、このリオニアス西の村も侵攻の最前線の一つだったようだ。
俺たちがスケルトンを倒し追い払ったあと、入植者が村を再興しようとしていたが、付近に人の気配はない。
アンデッドたちが戻ってきているのかもしれない。
「幽霊!?」
「なんだ、怖いのは嫌いか?」
「い、いいえ!そんなことはありません!ちょっと夜思い出してトイレに行けなくなるくらいですよ」
「充分じゃねえか」
「ど、どうするんですか?」
「リオニアスは気になるが……こっちも調べておいた方がいいかもな」
「し、調べますか……」
「お前はリオニアスへ行ってもいいぞ。ここからなら明るいうちにたどり着ける」
「いやいやいや、ここから一人で行けっていうのは無理な話です。だいたい、あなたの紹介が無ければリオニアスに入るのも時間かかりますし、鍜治屋への紹介もしてもらわなければなりませんし」
「そうか。それもそうだな」
なら、行くぞ。
と俺はデンターに告げる。
デンターは口を開かずに頷き、歩き始めた。
ほどなく西の村についた。
もともとは森を拓いて作られた開拓村で柵で覆われていたが、屍衆の襲撃以降は柵は壊され、再建されていないようだ。
古い村と、ついこないだ作られた新しい建物が混在する迷路のような村になっていた。
「な、なんか嫌な雰囲気ですね」
「ああ、確かにな。どうやら村自体がダンジョン化しているようだ」
魔力が溜まり、洞窟や遺跡がダンジョンになる。
ならば、死者の霊が集まる村もそうなってもおかしくない。
ダンジョンにとどまる怪物たちは強化される。
そして、その最奥にいる者は主となり、周囲で最大の力を得るようになる。
「ダンジョン!?」
普通の鍜治屋はおそらく一度も入ることのないダンジョンを前に、デンターは震えている。
「待っていてもいいぞ。俺は行くがな」
「い、行きます!」
「無理するなよ……あ、そうだ」
俺は背嚢をごそごそと漁る。
そして、いくつかの木の板や棒を組み合わせた物を取り出す。
「これは?」
「軽量化した弩弓だ。ここに矢をつがえ、ここを引いておき、引き金を引けば矢が発射される」
渡しながら使い方を説明する。
「私が使っていいんですか?」
「俺が持っていても無駄だろう。なるべく距離をとって使えよ。この先端の飛び出した部分が照準だ。当てたい的をこれで狙え」
「あ、はい」
デンターに武器を渡して、俺は予備の剣を抜く。
リオニアスで購入した鋼の剣だ。
素の武器としては悪くないものだが、魔力がほとんど伝導しないため、暗黒剣が本来の効果を発揮しない。
そのため強敵相手には、拳に魔力を溜めて暗黒拳の方がよく効く。
ただ人体に魔力を循環させずに留めておくのは難しいので、常時その状態でいるのは大変だ。
ちなみに、デンターに渡した軽量弩弓はタリッサの作成したものだ。
ウチの愛がこもった武器やで!という手紙とともに送られてきた。
作った武器にまで愛情を込めるのはまったく彼女らしい。
「危なくなったら逃げろ。武器は邪魔なら捨てていい、ここには宝探しに来たわけじゃないから、怪しい箱などには手を出すな。わかったな?」
「わかりました」
「よし」
俺は剣を振るい、柵の残骸と村の門の残骸を吹き飛ばした。
こういう遮蔽物があると、不意打ちや狙撃などで余計なダメージを食らうことがある。
壊せるのは壊しておくのが、ダンジョン攻略では重要だ。
村の入口にあたる広場が見える。
こうして、俺とデンターはダンジョンと化した西の村へと足を踏み入れた。




