84.角煮アクアパッツァタルタルステーキピザ
「めちゃめちゃ旨い!」
竜の姿から人の姿へ変身したメリジェーヌは、ニコの料理を貪った。
味も量も最高の料理だ。
虜にならないわけがない。
人の姿になったメリジェーヌは美しい銀の髪に、濃い顔立ちの美人な大人の女性だった。
顔立ちだけでなく、身体もすらりとした体型ながら豊かな丘が二つ目立っている。
竜の時の鱗のような緋色のドレスを着ている。
これはなんの服と聞いたら、鱗を布状に変化させているのだという。
そして、頭には羊の角のような飾りに見える角がついている。
なんでも竜としてのアイデンティティらしい。
よくわからない単語だった。
「これは何の肉じゃ?」
「野生の猪のお肉です。脂の部分を煮込んで蒸して、旨味を残したまま、油脂を少なくしたお料理ですよ」
ニコの説明にメリジェーヌはうんうん、と頷きながら食べる。
塊のまま出した猪肉煮込みは三口で消える。
「これは?」
「マルツフェルから届いた魚を一匹まるごと香味野菜とトマーの実で煮込んだ“暴れ水煮込み”とかいう料理です」
「ほう、おかしな名前じゃのう」
と言いながら、メリジェーヌは魚を丸ごと飲み込むように食べた。
もぐもぐと骨まで食べてにこりと笑う。
このにこりという表情は、美味しかった、と次の料理は?という感情が混じった笑顔だ。
ニコもだんだん慣れてきて、その笑顔を見た瞬間には次の料理が用意されている。
いつ作った?
「馬の鞍に仕舞っておいたお肉がとても柔らかく食べやすくなったという由来を持つターターステーキです」
生の肉を細かく刻んだような料理に、メリジェーヌは興味深そうに食いついた。
「生の肉は良く食べたものじゃが、どれ、いただきます」
渡されたスプーンで、その肉を食べる。
「どうでしょう」
「うむ。味と食感の妙が素晴らしい。……だが、一つ気になるところがあるぞ?」
「なんでしょう」
「この料理、生の肉を使っておる。古来生肉は腹を壊すとされておる。わらわにそれを出すということはどういう了見なのじゃ?」
「私の思いは美味しい料理を食べてもらいたい。それだけです。そして、この料理はお肉の塊の表面を焼き、氷水につけた後、表面をそぎおとし、細かく刻み叩いたものです。これにより、腹痛を起こす病の元を絶つことができます」
「……!……そこまで手を尽くしておったか!」
「美味しくて安全な料理こそ、健康の源!私はそんな料理を皆さんに食べてほしいのです!」
「おおお!なんと素晴らしい料理人魂!」
なんかメリジェーヌが感激していた。
「しかし、ニコの料理はうまいよな。これなら店も出せるんじゃないか」
兄のバルカーが魚を食べながら言った。
「え、あるよ」
「ある?」
「うん、店」
「は?」
「言ってなかったっけ?宿屋街のニコズキッチンって言うんだけど」
「あ、ボク知ってるよ。夏のカナリア亭の二軒となりでしょ?」
「うん、そうだよ。お昼しかやってないお店なんだけど」
「夏のカナリア亭……あ!この煮込み肉、あそこの豚料理と同じ味!?」
「そうそう、今日は猪肉で作ってみたけどね。宿屋街のご主人から教えてもらったの」
「教えてって……」
「周りのお店といい関係を作るのも、商売をするうえで大事なことだよ」
「妹がなんか成長してる……」
「のう、ごはんはまだかのう?」
ニコの衝撃の告白にバルカーがショックを受けているのを無視してメリジェーヌがおかわりを要求する。
「はい!ではニコズキッチン名物ピッツブレッドです。これはチーズとトマーを乗せたパンを焼いて……」
リビングの喧騒といい匂いでリヴィは目を覚ました。
コロロスとの戦いでものすごい魔法を使ったあと、気絶してしまってから記憶がない。
見慣れた天井はニコとバルカーの家だろう。
いい匂いはニコの作ったごはんだろう。
おなかすいたなあ。
ふらふらと立ち上がったリヴィは、リビングに出てくる。
リヴィエールちゃん大丈夫?
とか言われている気がするが空腹のため良く聞こえない。
いい匂いのする良く焼いたパン。
上にはチーズと赤い果物かなにかが乗ってる。
赤い服を着た女の人が、それわらわの!?とか言っているが空腹のため良く聞こえない。
「いただきます」
パンを手に取り食べる。
うん、美味しい。
ニコちゃんのごはんはほんとに美味しい。
ふあーあ、眠くなってきた。
「じゃ、わたしもうちょっと寝るね」
とふらふらとリヴィは部屋に戻り、寝た。
「あ、あれはなんじゃ?」
「あれはリヴィエールちゃんです」
「なんか悪いな」
「わらわのピッツブレッド……」
「ま、まだありますから」
これまで無言でごはんを食べていたアユーシが手をあげた。
「デザート!」
「わらわもほしい!」
「はいはい、今持ってきますから待っててください」
実は先代の魔王であり、竜女王とまで言われたメリジェーヌと暗黒騎士のアユーシが目を輝かせてニコが来るのを待っている。
なんだか今までの戦いが嘘のようだ、とバルカーはピッツブレッドをもぐもぐと食べる。
あ、チーズうま。
メリジェーヌが戦うのを止めたことで、ユグドーラスとデルタリオスは集まった冒険者たちを解散させて、自分達もギルドに戻った。
旧友同士つもる話もあるのだろう。
リオニアス付近の火災の頻発は、原因である炎竜人の消滅で止まった。
火付盗賊改の予算が尽きかけた以外はとんでもない被害が出たわけでもなく、どうにか終結した。
リオン遺跡の調査は、リーダーのサーディティ教授の死去によって、やや難航していたが貴重な資料の発見によって研究が一気に進むと期待されている。
そして。
半死半生で這うように移動する者がいた。
メリジェーヌにほとんどの力を奪われたコロロスだ。
それ以前にデルタリオスにやられ、リヴィに魔法で大ダメージを与えられ、アユーシに斬られているため、生きているのがやっとという状態だった。
寄り代にしているフレアの体はほぼ死んでいるし、コロロスの本体である竜の体はメリジェーヌの体に再構成されて失われた。
炎竜人自体がメリジェーヌの魂の保管庫のようなものだったため、それも持っていかれた。
今のコロロスは、フレアにかけた感情増幅魔力化によって生きる意志をなんとか魔力に変えている状態だった。
それも、フレアの体が死ねば感情増幅魔力化も切れてコロロスも死ぬ。
「いやだ。死にたくない」
「死にたく、ない」
「死にたく……」
訳もわからず逃げ出したコロロスがたどり着いたその場所は、リオニアスから西にあるさびれた村だった。
いや、もう誰も住んでいないから廃村というべきか。
生きているものは誰も住んでいない。
「死は終わりにあらず」
コロロスの強い意志。
生への執着が、この村に取り残された何かを呼び覚ます。
ゆらゆらと青白く明滅する鬼火や、幽かな半透明の人影が集まってくる。
「な、んだ?」
「我らは輪廻の渦より解き放たれた者。終わりなき者」
その全てが同じ声を出した。
まったく違った死を迎えた者たちが、今一つの存在となってこの村に凝り固まっていたのだ。
その強大な力はある概念に触れて、さらに力を増すことになる。
その概念とは“魔王の継承者”。
屍者もまた魔界では一つの種であり、魔界の大地に死者の帝国を築いている。
故に次の魔王の候補として選ばれるのは当然だった。
「竜の継承者よ。悪く思うな、この地に迷い込んできたのが不運だったのだ」
死者たちは、コロロスに取り憑き容赦なく命を奪った。




