82.集う者たち
炎竜人は不死だった。#
死しても周囲の炎の精霊を取り込んで再生する。
例え、魂を人の姿をした竜に食われても。
その竜が死んでも。
致命的なダメージを受けて、死につつある人間の肉体。
それは有意義につかわねばならない。
幸い、死んだ竜によってこの人間は竜の因子が活性化している。
半自動的に、炎竜人の残り滓は生き残りを図ろうとしていた。
あるものを手当たり次第に使って復活しようというのだ。
そもそも、これほど死を拒否するような存在がなぜ誕生したのだろうか。
『それはわらわのため』
炎竜人がなぜ半竜半人でありながら竜族の魔王の継承者になったのか。
『それはわらわが最強の竜であるゆえ』
『わらわとて竜が定命の存在だと知っていた』
『ゆえにわらわにも、終わりが来ることはわかっていた』
『まさか、同じようなアプローチをする竜が出るとは』
『おかげでわらわにも好機が訪れた』
炎竜人の奥底に封じられていたそれが、何もかもを手当たり次第に使い復活しようとする中で、解き放たれた。
アルシア山の洞窟で、レインディアをはじめとした王国騎士団と修行という名の戯れをしていた試練のドラゴンは有り得ない存在の気配を感じた。
「どうしたドラゴン殿」
レインディアは不思議そうにドラゴンを見る。
『まさか、これは……五百年ぶりか……緋雨の……』
恐れを知らないはずのドラゴンがぶるりと震えたことに、レインディアは気付いた。
「ドラゴン殿?」
『悪いことは言わぬ。すぐにここを離れよ。出きるならば大陸も離れ、果ての果てまで逃げよ』
「何をいきなり?」
真剣な声でドラゴンはレインディアたちに告げる。
『魔王竜の復活だ』
「そうか」
『そうかとはどういう気持ちからくる言葉だ?』
「さっさと戻って戦う準備をせねばならないと思ってな」
『生き残りたければ、逃げるよりないぞ』
レインディアはにっこり笑った。
「逃げて生き続けても、あの方は許してくれるだろうが、私はあの方に失望されるわけにはいかないのでな」
『異性の尊敬を得るためか、それだけで命を捨てられるのか?』
「捨てるのではないよ、ドラゴン殿。私はそうでなければ生きていられないだけだよ」
『人間は不可思議だな……だが、好ましい』
「確約はできぬが、またここに修行に来たい。良いか?」
『無論だ。……後悔せぬように生きよ』
「ああ、ありがとうドラゴン殿」
レインディアは配下たちとあたりを片付け出発する。
炎に包まれた瞬間に、自分の中で芽が出たのをバルカーは自覚した。
その芽を種として埋め込んだのは“藍水”と呼ばれるタリッサ・メルキドーレであった。
バルカー・カルザックという青年が何かにおいて挫折したときに芽吹くように仕込まれたものだ。
本当は数十年というスパンで開くようにタリッサは考えていたのだったが、一人の男がタリッサの計画を狂わせた。
誰あろう“碧木”ラウ・シンハイである。
よくわからない一撃で、バルカーの成長を促進する効果を与えたのだが、それがバルカーに埋められた種にも適用されてしまったのだ。
種は、宿主の情報をコピーする。
タリッサのイメージでは、どうしようもない敗北などをしたときに、心の種が花開き、溜め込んでいた情報から打開策を見つけるみたいな効果を想定していた。
だが、ラウ・シンハイによって促進され、想定以上の情報を詰め込まれた種はぎちぎちにはち切れそうになっていた。
炎と、そして死ぬという刺激が種から大きな芽を芽吹かせた。
死にゆく肉体を、芽が補修していく。
失われていく記憶を、種に溜め込まれたバルカー自身が癒やしていく。
このまま復活しても、また死ぬだけだぞ。
と己の中から声がする。
そうだ。
俺は、フレアさんの姿を見て戦うのを止めてしまった。
だから、死んだ。
隣にはポーザがいて、デルタリオスも倒れていた。
俺が呆けてしまったら、誰が守るんだ。
昔の憧れと、今の仲間を比べてどちらをとるか。
呆けるまえに、ちゃんと決めなきゃならなかったんだ。
もう間違えない。
俺が守るべきは、今の仲間たちだ。
まさに奇跡のように復活を遂げたバルカーは目を開けた。
ユグドーラスはなんとかかき集めた戦力をリオニアスの城門へ配置した。
火付盗賊改から連絡が来て、すぐに冒険者を召集した。
そもそも、オクスフォーザから暗黒騎士らしき人物が向かっているようだ、という連絡を受けた時から行動はしているのだ。
とはいえ、もうギルドが打てる手はない。
ギルドはあくまで冒険者の互助組織でしかないからだ。
それでも、ユグドーラスは何かせずにはいられなかった。
明らかな危機。
リオニアスの目と鼻の先で、とんでもない何かが戦っている状況に、動かないという選択肢はなかった。
ユグドーラスらリオニアス冒険者たちが到着した時、そこには今まさに復活を遂げた緋色の鱗の竜がいた。
人とはまったく違う形なのに、どこか艶かしい。
緋色の鱗はぬらぬらと怪しく光っている。
『あな、懐かしや。生の世界の空気の旨さたるや、いかな美酒でもかなうまいて』
竜は大きくのびをした。
「なんだ、あの竜は……わしの記録にはないぞ?」
竜にもいくつか種族的なものがあるのはユグドーラスも知っていた。
火竜や水竜、飛竜などだが、目の前の竜はそのどれとも違う。
鱗の色などは火竜に近い色だが、角の形状から他種だとわかる。
火竜の角はまっすぐな二本の角だが、この竜は羊の角のようにぐるりとねじれている。
その形はどことなく、邪教の悪魔のようなイメージを起こさせる。
スラリと背から伸びた翼は皮膜のないコウモリの羽のようだ。
それは彼女が、風をはらんで飛ぶのではなく、魔法的な何かで飛翔することを示している。
あるいは、元々竜ではなかった人間ゆえに、羽がないことを表しているのかもしれない。
「ユグドーラス……逃げろ、少なくともお前についてきた奴らは何の役にも立たん。命の無駄だ」
呆けたように竜を見ていたユグドーラスに話しかけてきたのは、旧友の“黒土”だった。
「タリオス!なぜ、ここに?」
「いろいろ、あってな。死にかけたが生きている」
「お主はいつも、詳しく話をするということをせんな」
「面倒なのよ。それよりも後ろの奴らを逃がせ。お前の障壁でも不安なところがある」
「お主がそこまで言うならば」
ユグドーラスは、冒険者たちにリオニアスへの避難指示を出した。
ただ、逃げろ、というよりは心の持ちようが違うだろう。
「さすがだな」
「何、年をくってるだけよ。……それよりも、あれはなんじゃ?」
「知らん。竜だ」
「お主に聞いたのが間違いじゃったわい」
勇者一行において、物理的な壁であるデルタリオスと魔法的な壁であるユグドーラスが揃った。
それでも、二人は額には冷たい汗が流れていた。




