81.リヴィエールはキレた
農場の火災を消しとめ休憩していたリヴィとナギは、リオニアス付近で始まった戦闘の気配に気付いた。
気付いたというよりは、見えた。
聞こえた。
炎が巻き起こり、金属が激突する音がして、大地が震える。
そんな普通じゃない戦いの気配だ。
「これってヤバい……ですよね?」
リヴィはナギに確認してみる。
ナギは頷き、額に浮いた汗をぬぐった。
「ドラゴン、あるいはそれに匹敵するものがいますね」
「そして、それと互角に戦っている何か……」
「見過ごすわけにはいきません。いきましょう」
「はい、ナギさん」
消化の後始末をしている火付盗賊改の役人に、ナギはその戦いに向かうことを告げた。
さすがに凶悪犯罪者と対峙する役目の人だけあって、その役人はすぐにリオニアスに連絡をしてくれた。
無理をするな、という声を背に二人は戦場へ向かう。
近付くにつれ、景色は異様なものへと変わっていく。
焼け焦げ、ひび割れた大地。
木々や建物はぶすぶすと燃え続けている。
「これは……」
言葉を無くすリヴィ。
ナギもまた立ち尽くすしかできない。
そして、遠くで戦う二つの影。
一つは炎、もうひとつは闇だ。
「おーい。お二人さん、こっちこっち」
静かに聞こえた知り合いの声に、二人はそちらを見る。
吹き飛ばされた建物の残されていた壁に隠れていたポーザが手を振っている。
リヴィたちはその壁の影に潜り込む。
「で、ポーザさんはどうしてここに?」
「うん、実は」
とポーザはこれまでのことを話した。
遺跡の発掘と守護者の登場。
炎竜人との戦い、勇者の仲間デルタリオスとの共闘、戦士の失踪、フレアとの遭遇、デルタリオスが倒れ、バルカーが炎に包まれ、暗黒騎士が登場し、フレアと戦っている現状。
どうしようもなく、見ていただけの自分。
そこまで話してポーザは、急にリヴィに抱きしめられた。
「え、あのリヴィエールちゃん?」
「頑張ったね、ポーザちゃん」
「あ……うん」
リヴィの目は潤んでいた。
ポーザはハッとする。
バルカーはリヴィの幼なじみ、というか兄貴分だった。
そんな人物が死んだかもしれない、ということを聞いて取り乱さないリヴィのことを、ポーザはすごいと思った。
「じゃ、わたし行くね」
「へ?ど、どこに?」
スタスタと歩き出すリヴィ。
「ダメです。ポーザさん、リヴィエールさんを止めて」
「え?え?」
リヴィが一歩進むごとに、その杖から白色の火球が放たれ、彼女の周囲に浮遊する。
火球は百を超えるとリヴィのまわりで規則的に鳴動し始めた。
簡単に言うとリヴィはキレていた。
「目標フレア、“射手”、発射“カウス・アウストラリス”」
リヴィの白色の火球は弓を持つケンタウロスの姿を、まるで星座のように空中に形成する。
そして、数十もの火球が連なって矢のように発射された。
動き回るコロロスは、遠くから接近する白い光に気付いた。
暗黒騎士アユーシの相手をしていたせいで、充分な防御ができそうにない。
しかし、どうやらあれは火属性の攻撃のようだ。
それならば、炎竜人の力で止められる。
着弾して、0.00001秒でその考えが間違っていたことをコロロスは悟った。
確かに高い火炎耐性でそれは止まった。
だが、炎竜人より遥かに高温の攻撃は、火炎耐性を易々と突破した。
真っ白な閃光にも似た、巨大な熱量がコロロスを貫通し、天に一直線に突き抜けていった。
残されたのは胴体に大穴が空いたコロロスだけだ。
「な……?」
すぐに炎が吹き出し、傷をふさぎ、肉体を再生するが、こちらの防御力なぞ関係なく突破するというのは厄介に過ぎる。
そう思ったコロロスは、怪我の再生より先に竜牙の槍を投げつけた。
接近した槍は、リヴィの前に飛び出した白色の火球に直撃コースを阻止され、火球に飲まれ、溶けて消えた。
「これ以上、わたしから奪うなッ!」
白色の火球はさらに数を増し、空中に舞い上がる。
それはさながら地上に輝く太陽のように、熱く眩しい。
「あ、やばいかも」
アユーシは全速力で距離を取る。
「滅びろ。来たれ星辰の公転、我が身にかかれ、かかれ、失われし太陽の空座に、今一度降り立ち照らしたまえ、高みを行く者、その御手より巨いなる者の光を放て“ハイペリオン”!」
リヴィの周囲の白色火球全てが明滅し、ひとかたまりになり、円錐形に変形する。
その魔法“ハイペリオン”がリヴィの魔力全てを糧にして発射された。
今度はコロロスとて全力で防御していた。
障壁魔法に、竜の体から生成した竜鱗の盾をいくつも重ねて、その太陽のような魔法を防いだ。
だが、破壊的なまでのリヴィの魔法はそんな付け焼き刃の盾など意にも介さぬように次々と砕いていく。
「バカな、バカな、バカなぁぁぁぁ!!!?」
全ての竜鱗の盾が割れ砕け、コロロス自身にもダメージが入り、倒れる寸前、白い光は嘘のように消え失せた。
全ての魔力を使い果たして、リヴィがコントロールを無くしてしまったのだ。
グラリ、と倒れていくリヴィを「“電光石火”」の魔法で急加速したナギが受け止め、離脱する。
「はあ、はあ、はあ、はあ、危なかった……後一秒続いてたら……」
「よそ見をするなんてひどいじゃないか」
窮地を切り抜けたコロロスに、アユーシが再接近、立体的な動きで翻弄しながら斬りつける。
「おのれ、“精神制御”」
相手の精神を支配下に置くことで、戦いそのものを止めることができる魔法だ。
「そんな稚拙な魔法で、私が操られるものか!! 」
アユーシは気合いで、“精神制御”を打ち消した。
コロロスがフレアに仕込んでいた感情を増幅し、それを魔力に変換することで無制限に強くなる魔法。
それを使っても、暗黒騎士と互角だった。
それがさらにコロロスを苛立たせる。
「なんなのだ!?貴様らは!」
「ずいぶんたくさんの人に恨まれてるみたいだね」
アユーシはほとんどの装甲を削られたコロロスへ接近する。
コロロスはなんとか槍を一本取り出すと、振られる暗黒剣の攻撃を受け止める。
しかし、あまりにもさっきの魔法の威力が高すぎてコロロスに残された力は暗黒騎士と戦うには不足していた。
「抜かせッ!」
コロロスの突きをアユーシは正確に見切って避ける。
そのまま剣を軽く振る。
ひどく軽い感触で、コロロスは斬られた。
「はい、これで終わりだよ」
振り切った剣を腕力で戻し、もう一度コロロスを横断。
「おーい。もうでてきていいよー」
と物陰に声をかける。
ポーザが隠れていた場所だ。
そこから、ポーザとナギに背負われたリヴィが姿を見せる。
「すんごい魔物使いさんとめちゃめちゃ速く動けるお姉さんと、ヤベェ魔法の子、だったよね」
「ありがとうございます」
まずはポーザが頭を下げる。
「いいのいいの、歩いていたらたまたま変なのと出会っちゃっただけだから」
「あれを、変なのって……」
「にしても、お姉さんたちって……なんでみんな隊長の匂いがするんだろう、不思議だな」
「隊長って、もしかして……ギアさんのこと?」
ポーザが意を決して聞いてみた。
暗黒騎士であること。
そして、以前にギアが暗黒騎士の部隊の隊長だった話を聞いていたことからの連想だ。
「そうだよ。魔王軍最強の暗黒騎士ギア隊長だよ。やっぱり知ってるんだ」
「ここには何しに来たの?」
フレアとコロロスのことはたまたま出会っただけだという。
それならば、彼女はどうしてここにいるんだろう。
「もちろん、隊長に会いにだよッ!」
気絶したままのリヴィがビクンと何かに反応した。
 




