80.殺しあいの果てでしか技の伝授はできない(という展開が剣魔の好みだ)
巌流。
それは、示現流や早氷咲一刀流といった東方の剣術の一派であるが、それはこの中央大陸には伝わらなかった。
東方で、この剣術を修めた剣士が東方最強の二刀流の剣士との戦いに敗れたために失伝したのだという。
点と直線と円で技を構成するとされるこの謎の剣術は、魔界の剣術マニアである剣魔だけがなぜか継承していた。
なぜ、剣魔はそれを知っていたのかはわからない。
剣魔はその謎の剣術を弟子の一人に教え込んだ。
誰も知らない故に対策を打てない。
初見殺しの必殺剣、ともいえる巌流の使い手となった彼女はやがて暗黒騎士となった。
彼女の名はアユーシ。
魔力の代わりに、その肉体に超高密度の筋力を詰め込んだ少女だった。
魔力と剣術のハイブリッドの研究をしていた剣魔だったが、その方向に限界を感じていた。
そんな中、現れた少女は魔力によらない戦い方しかできない。
しかし、普通をはるかに超えた筋肉は剣魔の知る剣術の限界を易々と超えていった。
あの細くて、滑らかで、柔らかな肢体のどこにそれほどの筋肉が秘められているのか。
魔人と獣人の混血の絶妙な混じりあいに剣魔は感嘆の念を抱いていた。
魔人だけだと、魔力に特化してしまうが筋力が減ってしまう。
人間が混じるとバランスが良くなるが、それは特長が無いのと一緒だ。
おそらくは魔力が必要に応じて筋力と置換できる状態なのだろう、と友人の魔法使いに聞いたことがある。
ただ、剣魔にとって、そんなことはどうでもよく、剣を教え込めればそれでいいとだけ思っていた。
アユーシが剣魔から最後の修行であり、奥義伝授を受けたのはネガパレスに勇者一行が攻めこんで来たその日だ。
「直に、この四天王剣魔館にも勇者共が攻め寄せて来るだろう」
「はい。なので私も本丸の警護に戻りたいのですけど」
「何、すぐに済む」
と言いながら剣魔シフォス・ガルダイアは手にした剣を構える。
彼は不死たる魔人の中でも高齢で、魔王の父と同年代だという。
そして、二つ名である“剣魔”の名の通り、剣を持ち、幾多の敵を屠ってきた。
その習得した流派は千とも万ともされ、その全てを達人クラスにまで会得している。
戯れに魔人の子を弟子にし、そのほとんどに一つないし二つの流派を会得させている。
例えば、ある弟子には上品な騎士剣術を、またある弟子には喧嘩剣術と格闘術をまとめて一個の流れで組み合わせることができるように教えた。
巌流と呼ばれる剣術の原型はいかな剣魔でも見つけることはできなかった。
その始祖にして唯一の使い手であった剣士は、これを誰にも伝えずに亡くなったためだ。
だが、剣術マニアであるシフォスは諦めなかった。
その師匠であると思われる剣士の使う鐘巻流を研究し、巌流と決闘した二刀流も分析する。
その結果、再現された巌流はもしかしたら本物とは違うのかもしれない。
しかし、原型が失われた以上、シフォスの見出だしたそれが唯一の巌流である。
そして、その技術は人間も魔人も超えた力を持つアユーシのために作り替えられていった。
そのアユーシ流とでも言うべき剣技の最後の技を、シフォスは伝授しようとしていた。
「アユーシよ。剣と剣の戦いのとき、斬られれば即ち敗北だ。それはわかるな?」
「何をいまさら」
「まあ聞け。敗北を避けるためには、相手より先に斬らねばならぬ。だが、相手が先に動いた時。お前はどうする?」
「敵の攻撃をかわし、あるいは防いで斬る」
「うむ。なれば魔法やなにやで絶対に避けることができず、防ぐことができないとなれば?」
「そんな魔法がある、と?」
「さあ、知らぬ。だが、あると思うておるのと無いと何も対策せぬのとどちらが剣士として正しいのかはわかるな?」
言うまでもなく対策して、それに打ち克つ手札を持っておくのが正しい。
何もせずに斬られて終わるなど剣士の名折れだ。
「わかった。ではどうすればいい?」
「後の先を取ればいいのよ」
「相手より遅く動いて、かつ先に斬る……そんな方法があるんですか?」
「相手の攻撃の後の硬直、もはや技を出しきるしかない段階を見切って動ければこれ即ち必殺となる」
「……時間ないので具体的な方法を教えて下さい」
「なんじゃなんじゃつまらんのう……まあ、確かに時間はないな。行くぞ」
行くぞ、と口にした瞬間、シフォスの雰囲気がかわる。
剣魔と呼ばれるわけがよくわかる。
動いた瞬間に首が飛んでもおかしくないほどの、空気。
技を教える時、師はよくこんな方法をとる。
実戦で悟らせる。
それで失敗し、死んでもそれは修行不足である。
それが剣魔の考え方だった。
アユーシは深く集中した。
時の流れが遅く見えるほどの集中。
人の知恵と獣の本能が織り成す“超集中”。
剣魔が動く。
何の変哲もないただの袈裟斬り。
誰よりも速く、誰よりも強く、誰よりも正確な剣。
さきほど戯れ言で話した避けることができず、防ぐことができない剣に限りなく近い一撃。
動いたのはアユーシの本能。
超人的な肉体をフル稼働し、剣魔の剣の先へ。
あまりに速く直線的な剣、それが円を描き、剣魔の剣をわずかに弾く。
そこに生まれた隙間に、まるで燕のようにアユーシの剣が突かれる。
抜刀術の神速がある種華麗な技であるならば、アユーシのそれは同じような速さではあったが暴力的でいて、精緻な技だった。
その剣は剣魔の急所に当たっていた。
「師匠、確かに後の先を取れる技を伝授いただきました」
「うむ」
確かにアユーシの一撃は当たったはずだが、シフォスはけろっとした顔をしていた。
「この技、燕返しとでも呼びたいのですがよろしいですか?」
「お前の剣でお前の技だ。好きにせよ」
「はい。それでは私は戻ります。師匠も……お達者で」
「ふん、二度と会えないような顔をしおって。心配せずとも俺は逃げるぞ。まだ見ていない剣術があり、戦っていない剣士がおる。こんなところで死んでたまるか」
「そうですね」
そんな感じで、アユーシは師匠に別れを告げた。
魔王城は勇者たちによる攻撃を受けている真っ最中であり、魔将でも命を落としたものが出ていた。
そんな状況で、アユーシも長く持ち場を開けているわけにはいかなかったのだ。
帰隊したアユーシは隊長に帰還報告をする。
量産型の暗黒鎧に身を包んでいても、はっきりと隊長は隊長であるとわかる。
なんというか、気配が違う。
副長のイラロッジも強いのは強いのだが、隊長の強さはさらに一段上のような気がする。
だが、隊長格の一段上となると魔将レベルになる、のだがアユーシはそこまで深く考えなかった。
「師匠は元気だったか?」
「はい。殺されかけました」
「ああ、ならいつも通りだな」
「はい」
「よし、では現状の説明をする。勇者一行は現在、騎士魔将バルドルバ殿と交戦中である。既に多くの暗黒騎士が打ち取られている」
主に一番隊の、とは隊長は言わなかった。
一番隊の騎士たちが命令を無視して、勇者に挑んで返り討ちにあっていることはアユーシも知っていた。
隊長は、騎士同士連携を組みいのちだいじにという命令を下した。
その夜はひどく長かったことを、アユーシは覚えている。
魔王が倒され、魔王城が崩壊し、魔王軍が魔界に逃げ帰った夜だ。
ほとんどの魔将は倒され、シフォスを含む四天王もみな敗れたのだという。
あれから、まだ一年もたたずにアユーシは再び、人間界の大地に立っていた。
そして、絶賛戦闘中であった。
 




