8.バルカー・カルザック
「二級冒険者とは?」
と、俺はそばにいるリヴィに聞いた。
「ええと、冒険者もピンからキリまであるじゃないですか。それを段階で分けて、その段階に応じた仕事を受けられるような仕組みになっているのです。ちなみに段階は一級から五級まであります」
「ふむ」
「わたしは五級、つまり見習いですね。四級は駆け出し、三級で一人前、二級はすごい人、一級はとってもすごい人、になってます」
二級と一級の説明がえらく抽象的なのはなぜなのだろう。
「ということは俺はリヴィ理論によるとすごい人、になるのか?」
「そうです。さすがギアさん!」
ニコニコして言ってるから皮肉とかはないのだろうが、しかし、いいのか?
「いきなり二級で問題ないのか?」
と、すました顔のユグに聞いてみる。
「あるわけないじゃろ。三級冒険者のミスティ、リオニア王国騎士団の破壊騎士ガインツを倒し、盗賊団を壊滅させた武功は一級冒険者でもおかしくない」
「そうか?」
「ただわしの権力では二級が限界なんじゃ。一級冒険者として認めるにはギルド長会議で承認されねばならんからの」
「ちなみにその上はあるのか?」
「あるぞよ」
とユグは笑う。
「それは」
「うむ。この世に八人しかおらぬ英雄級冒険者じゃ」
「この世に八人……ああ、なるほど、お前たちか」
ユグをお前呼ばわりしたことに、ギルド内の気温が下がったように感じられた。
英雄と尊敬するユグのことを舐めているのかと、一部の冒険者の顔が怒りに歪み始める。
そして、一人の若者が立ち上がった。
「ちょっと待ってくださいよ、ギルド長!俺はこいつのことを認めたわけではありませんよ!」
身長は170後半、引き締まった体躯の若者だ。
ゴツイ筋肉がついているわけではないが、速さに自信があるのだろう。
防御力を捨て、手数と威力に特化するのは悪い手ではない。
十代後半だろうか。
「バルカー君、しかしだな」
「しかしもなにもありません。俺たちがこいつに二級にふさわしい力があると認めるまでは、二級にするべきではないと思います」
「要は俺のことを認めないって訳か」
バルカーと言われた青年に俺は優しく話しかけた。
「あんたがミスティさんや、ガインツ卿を倒したなんて信じられるか?ましてや盗賊団なんて、な」
「じゃあどうするんだ?別にお前が認めなくても、ギルド長殿が認めているんだぞ?」
「ギルド長は関係ない。俺は俺のやり方で決める」
若さゆえの支離滅裂か。
「どう決める?」
「俺と勝負しろ!このギルドで最も強い俺と勝負したら認めてやる」
「このギルドで、最も強い……お前と?」
俺は思わず、ユグの方を向く。
偉大なるリオニア冒険者ギルドの長である英雄級冒険者“白月”のユグドーラスは頷いた。
どうやら、この若者が本当にギルド最強らしい。
確かに冒険者は、戦士や兵士じゃないから強さは最重要ではないかもしれない。
しかし、冒険の中で戦う機会というのはわりと多いはずだ。
だが、どう見てもこのバルカーという青年は強いようには見えなかったのだ。
「そりゃあ、ギア殿から見ればそうであろうな」
と、声を出さずに伝えてくるユグの口を読唇術で読む。
「にしても、だぞ」
と、俺も口だけ動かして答える。
「おい。何を口をパクパクしてるんだ?言っておくがギルド長に頼ろうったってそうはいかない。俺とお前、一対一の勝負だ!」
俺には断る選択肢があることをわかっているのだろうか?
いや、わかってないだろうな。
自分の決めたことが正しいと思っている顔だ。
勝負を受けなくても対外的には俺はすでに冒険者なのだ。
依頼をコツコツ受けて達成すれぱ自然とここの冒険者たちにも認められるだろう。
戦って禍根を残さなくてもよいのだ。
だが、さきほど止められてからどうも体が疼く。
戦いを血が求めているような。
「勝負の形式は?」
「俺は無手だが、あんたは剣でもなんでも使うといい。ボコボコにしてやるぜ」
「わかった。無手だな?」
「ああん?」
「格下に合わせるのも強者の矜持だ」
「……俺が格下だと!?」
「語るなら拳で語れ」
「……ッ!……」
俺とバルカーはギルドの中庭に出た。
うららかな陽光が降り注ぐ、暖かな庭。
そこは円形に草が刈り取られており、簡単な闘技場のようになっている。
おそらく、ここで訓練などを行っているのだろう。
「気絶するか、降参するか。どちらかの状態に一方がなるまで戦う。目潰し、金的は禁止、というところか」
「なんで、あんたが仕切ってんだよ!」
「では、このわしユグドーラスが審判をつとめてしんぜよう。では、両者構えて」
二人とも両手をあげ、左手を前に右手を顔の前に拳闘のように構える。
「はじめッ」
「リオニア冒険者ギルド三級冒険者バルカー・カルザック、参る!」
合図と同時にバルカーが飛び出す。
右足で踏み込み、二歩で俺の懐まで入り込もうとしてくる。
そこで、一撃くらうともう俺でも終わりだ。
悪くない攻めだ。
奇襲効果と一撃必殺。
よく鍛え、考えられている。
ギルド最強(自称)もハッタリではないようだ。
だが。
俺は左こぶしを目にも止まらぬ速さで繰り出す。
それがバルカーの顔に吸い込まれるように当たる。
自らの勢いのまま、俺の拳に殴られたバルカーはのけ反る。
「動きを止めるな、拳士」
俺は左手を高速で繰り出す。
高速の連撃が次々にバルカーに当たる。
腕の力のみで放っているため、たいした威力ではないが殴られ続けているバルカーは反撃に移ることができない。
「く、そ、がァ!」
やがてバルカーは威力の少ない連撃の雨を突破することを選択、当たるのを恐れずに俺に突撃してくる。
しかし、それは俺の間合い。
踏み込み、膝、腰、腕と力が拳へ充分伝わった打撃が、バルカーを迎撃する。
バルカーの顔が左へ吹っ飛ぶ。
そこへ、俺の左の打撃、右手でアッパー、つながる連打にバルカーの体が右へ左へ跳ねとぶ。
「よく見ること、己を知ること、あきらめないこと、それが勝つための心構えだ」
バルカーはすでに動きを止めていた。
連打の最初のあたりで意識は無かっただろう。
けれど、彼の右手が無意識に繰り出され、俺の胸に当たった。
ポフ、とでも言うような威力のまったくない一撃だ。
だが。
「どうやら、あきらめないことだけは持っているようだな」
「そこまでッ!」
ユグの宣言で、勝負を見ていた観衆から一斉にホッと息がもれた。
どうやら、息を止めて見ていたらしい。
「あ、あわわ、バルカー君!?」
リヴィが慌てたように走ってくる。
気絶したバルカーが心配なようだ。
「ユグ、簡単な回復魔法を頼む」
「簡単な、か。それこそ簡単に言ってくれる。まあ、よいがの」
ユグは杖をバルカーに向けた。
そして、小さく呟くと何か波動のようなものを放った。
回復魔法の一つ“癒しの風”だろう。
やがて魔法が効いたようで、バルカーは意識を取り戻した。
すぐに医務室へ運ばれ、手当てを受ける。
どうやら、最低限の回復魔法しかユグはかけなかったようだ。
「甘やかすわけにはいかないゆえな」
と、声を出さずにユグは言う。
ギルド最強(自称)を叩きのめした結果。
俺はどうやら、認められたようだ。
ただし、期待の新人ではなく、破壊王的扱いのようだったが。