78.冷静さを失ったわけをボクはまだ知らない
姿を消したデルタリオスを追って、バルカーとポーザはリオニアス方面へ向かっていた。
リオン帝国の遺跡は主である炎竜人が撃破されてことで、そのダンジョンとしての機能を失っていた。
この後の護衛任務は、傷が癒えた神官戦士を中心とした動ける冒険者が続けることになった。
そして、バルカーたちにデルタリオスの捜索を頼んで来たのだった。
勇者一行の戦士であるデルタリオスの失踪は、何か大変なことが起きたのだろうと全員が予測したのだ。
その証拠として、全員が命がけの激戦を繰り広げた炎竜人の亡骸が消え去った点があげられる。
倒した次の日の朝、真っ黒な灰の山を見た時、デルタリオスの顔色が変わったのをバルカーは覚えている。
とんでもない失敗をした時のような、そんな顔色だった。
「炎竜人は不死だったという伝承がある」
と、元々この辺りの生まれでリオニアスに流れてきた魔法使いの青年が教えてくれた。
倒しても倒しても甦り、反乱軍を苦しめたのだという。
「だから封印するしかなかった、のかな?」
「かもしれないな」
追跡するためのヒントは、火事の跡だ。
復活したであろう炎竜人はその移動の痕跡を残していた。
黒焦げになった森、農場、無人の小屋……。
それらはふらふらと、しかしある場所を目指していた。
「これ、もしかしてリオニアス方面に向かっている?」
「だな、来たときに見た景色だ」
なぜ、炎竜人がリオニアスを目指しているのかはわからないが、止めなければならないことはわかる。
あんな怪物がリオニアスに来てしまったら、大変なことになる。
そして、リオニアスに程近い農場で、バルカーは槍に貫かれたデルタリオスを目撃した。
突き刺しているのは、若い男だ。
赤と黒が入り交じった髪色をした端正な男だ。
バルカーはその男に見覚えがあった。
「フレアさん……?」
同じようなことをポーザも思った。
一時期所属していた王国騎士団の裏の仕事を担っていたグループ“メルティリア”。
そのリーダーだった青年だ。
竜をも倒せる二級冒険者で、魔法と槍術を使い、リオニアスでも最強と言われた男。
王国騎士団のエースである破炎騎士の称号も得ていた。
だが、裏では金を横領し、盗賊団と組んで奴隷売買にも手を染めていた。
そのため、捕縛されたあと死刑宣告されていたはずだった。
その情報(とリオニアスでひどい目にあった原因である)のため、ポーザはすぐに戦闘態勢を取れた。
小鬼のゴブさんや妖精のフェアは危険すぎるため呼び出さない。
もっと強い魔物をすぐ呼び出せるようスタンバイしている。
問題は、バルカーだ。
バルカーにとってフレアは憧れの男だった。
リオニアスで最強の男。
彼がいなくなっても、バルカー自身がその呼び名を受け継ぐほどに。
だから、彼が冒険者ギルドを襲ったと言われてもイマイチ現実感が無かったのだ。
あの時、バルカーにとって敵対したのはあくまで王国騎士団であり、それは槍使いをはじめとした騎士たちだった。
ギルドが襲われていた時も、バルカーは傷が重くて動けなかった。
そのため、バルカーにとってフレアは憧れのままだった。
その瞬間、ポーザは動けて、バルカーは動けなかった。
「焦熱牙閃」
フレアの姿をした何者かは持っていた槍に、竜の魔法である“焦熱牙”の力を宿らせて炎の斬撃として繰り出したのだ。
効果範囲から逃れるために大きく跳んだポーザは、炎にまかれるバルカーを見た。
「なにやってんの!?」
黒い炭となって崩れ去るバルカー。
「脆いな。人間は面白い。私に脅威与えるほど強く、そして私を飽きさせるほど弱い」
「フレアッ!!行けッ!“深遠烏賊王”」
ギリアにいた巨大烏賊の上位種である深遠烏賊王をポーザは呼び出す。
水属性の魔物としては切り札、最強の怪物だ。
その姿は、小山ほどある烏賊。
長く延びた胴体は、何かを伝えるためかきらきらと発光している。
その十本の足が一斉にフレアに向かって攻撃する。
「悪くはない、が面白くはないな」
フレアは槍、そして竜の翼を加工して造ったらしき大斧を取り出す。
槍を振り回し、斧を振る。
深遠烏賊王の足は一瞬で切り裂かれる。
「く!そんなに持たないか?“闇墨”」
深遠烏賊王の口から吹き出した烏賊墨が、フレアに降りかかる。
「ぬるいッ」
フレアの全身から炎が吹き出し、墨を焼き尽くした。
その炎は、そのまま斧に宿り、烈火の刃となる。
フレアは追いきれぬ速さで足を失った深遠烏賊王に接近、斧を振るい、槍を突き刺す。
その連続攻撃で絶命した深遠烏賊王は青白い魔力の欠片となって霧散する。
「まだまだァッ!来い“屍飲鷲”」
伝承にいわく、死者を飲み込む巨大な鷲で、風が起きるのはこの大鷲が羽ばたくためと言われている。
ポーザが北限の国のさらに北の凍土で出会った魔物である。
真っ白な羽毛に黒い鉤爪、くちばしは金色、目は深紅に輝いている。
バサバサと羽ばたくたびに強烈な風がフレアに襲いかかる。
「忌まわしき空の徘徊者め、天は竜のものだと教えてやろう」
足のかかとから爆炎を吹き出し、フレアは飛翔した。
フレスベルグはその巨大な羽で迎え撃つ。
竜牙の槍をフレアは投擲する。
フレスベルグは翼で風を巻き起こし、槍を天の彼方へ吹き飛ばす。
一撃目を無効化されても、フレアは笑う。
あの槍は竜だったころの亡骸から造られたもの、その口内に生えていた無数の牙が、無数の槍となる。
二本目、三本目と槍を投擲する。
風によって、それらはどこかへ行ってしまう。
だが、それが目眩ましだったことに気付いた時、すでにフレアはフレスベルグに肉薄していた。
「“屍飲鷲”!避けてッ!!」
「遅いッ!竜翼斧“断界絶空”」
繰り出した技が、“黒土”と呼ばれた戦士のものであることを、ポーザは知らない。
その強烈な一撃は、しかしフレスベルグの翼を胴から切り離すことは出来なかった。
もう、空を飛ぶことはできないとフレスベルグは悟った。
翼と鉤爪でがしりと懐にいるフレアを拘束する。
「き、貴様!まさかそのまま落ちる気ではないだろうなッ!?」
いかに竜とはいえ、フレアの肉体は人間のものだ。
今いる空から落ちれば、ただではすまない。
命は助かるだろうが、戦闘はできなくなるだろう。
フレスベルグは最後の力を振り絞り、フレアを逃すまいと絞め続ける。
やがて、フレスベルグの滞空時間は尽き、ゆっくりとその巨体は落ち始めた。
一度、落下し始めたそれは勢いを増していく。
フレアは静かに言った。
「私とあの槍は肉と魂で結び付いている。どういうことか、わかるか?」
フレスベルグは答えるだけの力はない。
フレアは構わず話続ける。
「呼べば本体のもとへ返ってくる。そういう風に造った」
フレスベルグの目が見開かれる。
赤い瞳が、それを見つける。
天の彼方から飛来する三本の槍を。
「そして、あれは私自身であるために突き刺さってもなんのダメージも受けない」
槍が迫るところはポーザにも見えた。
「“屍飲鷲”!!」
「残念だったな、お前では私には敵わない」
ドスドスドス、と持ち主の元に戻ってきた竜牙の槍はフレスベルグの体を貫いた。
真っ白な羽毛が、赤く染まる。
そして、地面。
ドズン、と地響きを起こして、フレスベルグは落ちた。
その上には、勝ち誇るかのようにフレアが立ち、鷲を踏みつけている。
「さあ、次は何を出すのかな?」
青白い魔力の欠片となってフレスベルグは消滅した。




