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77.敗北を知り、私は成長する。竜を超え神へと

 ごうごうと燃える人の亡骸を見ながら、コロロスは笑った。


 それは、脱獄囚フレアを追ってきた王国騎士団の追撃者たちだった。

 かつての同僚であり、同じ生き物だったそれらにコロロスはまったく感慨を抱かなかった、なにも。


 コロロス自体の精神構成は竜であり、フレアという存在は食われかけの残滓しか残っていない。

 だからそもそも、人間に対して何かを想うことなどないのだ。


 追ってきた騎士たちはほとんど抵抗もできずに倒されていった。

 フレアのかすかな意識と記憶が、騎士団の中でも指折りの強者たちだと教えていたが、やはりそれは人間としては、だった。

 その鍛え抜かれたであろう剣技も、鋼鉄の鎧も、屈強な精神も、何もかも役に立たなかった。

 剣はコロロスのまとう炎竜人ウードの炎の前にどろりと溶けて、鋼鉄の鎧はコロロスの拳の前に砕け散った。


「ああ。脆い、弱い、愚かしい。アルシア山の洞窟に訪れし者らはやはり、あれでも人間のうちでは強者だったのだなあ」


 コロロスはそんな感想を漏らした。


 ずさり、と重い足音。

 コロロスはその方向を振り向く。


「見つけたぞ、姿かたちは違っても、その魂は変わらぬものよなあ、炎竜人ウードよ」


 変哲のない鎧、大降りの戦斧をもった人間の男がいた。


 コロロスの中に収まっている炎竜人ウードの欠片がざわめく。


「ほお、ずいぶんと痛め付けてくれたようだ。半竜人できそこないの欠片が騒いでいるぞ」


「まるで他人事のように言うのだな」


 目の前の人間の男は、この焼かれた騎士よりも、洞窟に来た冒険者よりも、強い。


「お前はいいかてになるな、人間よ」


「糧、だと?」


 コロロスは一歩前に出た。

 それだけで圧力が強くなる。


「そうだ。我が力の糧だ。誰よりも強くなる、私のために」


「ふうむ。お前は炎竜人ウードではないな、人でもない、そのありようは竜に似ておる」


「人間にしては目がいい」


「貴様のようなつけあがったトカゲは何匹も殺してきた。俺の斧の錆となれ」


「不思議だな、以前の私だったら竜をトカゲというような侮蔑には耐えられなかっただろうが、今はさざ波一つ立たない。私の精神が更なる上位者に近づいている証佐か」


「隙だらけだ」


 戦士はその力強い踏み込みで、加速。

 弾丸のような突進で、コロロスに肉薄する。

 その威力を全て斧に乗せて、叩き割る!!


 ズヌッと大地が震えるような衝撃、しかしコロロスはかわしている。


「隙に見えるか?」


 コロロスの右手に魔力が収束する。

 それが炎に変換されて、尾のような形をとって戦士へ向かう。


「ハァッ!!」


 戦士は気合いを発し、炎の尾を吹き飛ばした。


「魔法を気合いで吹き飛ばすとは、素晴らしい胆力だ」


「魔法を詠唱せずに行使するとは、やはり竜なのは間違いないか、面倒な」


 コロロスと戦士はしゃべりながら、同時に次の攻撃の態勢に入っている。

 コロロスはさらに魔力を凝縮、戦士は再度斧を構えた。


「焼き尽くす咆哮、烈火の眼光、我が手より連なり貫け“焦熱牙バーストファング”」


 コロロスの手から放たれたのは火炎属性単体超攻撃力魔法。

 本来、竜のみが使える魔法を人間用デチューンにした魔法だ。

 弱体化デチューンしたといっても、その威力は高くかすっただけでその部分を消し炭にするくらいは余裕だ。


「気合いではどうにもならんか、来たれ火鼠ひねずみ、我が身を守る盾とならん“不燃盾ガードオブファイア”」


 燃えない毛皮を持つ伝説の火鼠の力を借りて戦士は防御態勢を取った。

 防御魔法の展開とともに、焦熱牙の火閃が到達。

 炎に変換された魔力の爆発的な熱量が、ジリジリと燃えないはずの盾を焦がしていく。


「どこまで耐えれる人間!」


「はん、こんなもの竜魔将デルルカナフのブレスに比べれば火の粉のようなものよ」


「デルルカナフ、だと!?」


 その言葉とともに、焦熱牙の効果時間は終了した。

 戦士の鎧はわずかに焦げてはいるものの、戦士本人にはダメージは無さそうだった。

 つまり、人間が(弱体化したとはいえ)竜の魔法を耐えきったのだ。


 その防御力とただの人間が知るはずもないデルルカナフの名を知っている事実。

 それは一つのことを示していた。


 目の前の戦士が勇者一行に所属していた者だということを。


「ふう、蒸し風呂よりは楽じゃったわい」


「貴様、まさかデルルカナフの名を奪いし者デルタリオスか!?」


「まあ、一応な」


 デルルカナフは人間の国を侵攻した際に、勇者一行の戦士に撃退された。

 その時に、激しい戦いを繰り広げた人間の戦士に賞賛の意をこめて、自身の名の一部であるデルを与えたのだった。


 その戦士タリオスは、人間からはデルタリオス、竜からは名を奪いし者として知られることになる。


 焦熱牙を耐えきったデルタリオスは熱に燻る鎧のまま、コロロスに突撃した。

 その鈍重な斧を両手で持ち上げ、思い切り叩きつける。


 コロロスの肩にめり込んだ斧の刃は、そのまま一気にコロロスを両断した。


「ま、まさか、この私が!?」


「ふん、素人め」


 ああ、そうだ。

 確かに私は素人だった、とコロロスは思う。

 この肉体となった冒険者は、けして絶大な魔力を持っていたわけではない。

 竜であったコロロスを倒したのは、魔法と力と技術が重ねあわさった結果だったはずだ。

 竜として魔力をふんだんに使い、高威力の魔法を使うだけでは勝てないことがある、と敗北を持って学習したはずではないか。


 前言撤回だ。

 人間は、目の前の男のような極めた人間は素晴らしいものだ。

 餌でも、糧でもない。

 教えを請うべき相手だ。


 両断されたコロロスの肉体から、血の代わりに炎が吹き出す。

 そして、炎は絡まりあい断ち切られた肉を繋いでいく。

 そう、炎の精霊を支配する炎竜人ウードの再生の力である。


 こちらを見ているデルタリオスの目に苦いものがうつる。


「勝った、と思ったか?いや、馬鹿にしているわけではない。お前の力量に感心していたのだ、デルタリオス」


 コロロスは繋がった箇所の動きを確かめるように腕をふった。

 そして、何度か手を開いたり握ったりする。

 どうやら、齟齬はなさそうだ。

 精霊の不死というのも悪くない選択肢だったのかもしれない。

 いや、とコロロスは考え直す。

 精霊の不死は完全なものではない。

 なにせ炎竜人ウードは人間に負けているのだから。

 やはり、目指すのは神だ。


「かまわん。何度くっつきようが何度でも断ち切ってやろう」


 デルタリオスはもう一度、斧を構える。


「思い出したのだ。この体の持ち主は魔法使いであり、そして槍の使い手であったことを」


 元の肉体である竜の骨を柄に、牙を穂先に使った竜の槍をコロロスは取り出した。

 ヒュンヒュンと回転させ、ピシリと構える。

 悪くない。

 デルタリオスの目の真剣さがさらに増す。


「達人とは言わん。だが、確かに槍の熟練者ではある、か」


 デルタリオスはもう何度も繰り返した、そして一番信頼のおける技を繰り出した。

 全力で突進し、全力で叩きつける。


「あくまで一撃必殺を狙うか」


 デルタリオスの愚直さと己への信頼を、コロロスは羨ましく思った。

 必殺の域まで高められた攻撃を、受けてみたいとさえ思った。

 まあ、そんなことをしたらまた精霊の世話になってしまう。


 だから、軽やかなステップで斧の軌道を回避。

 地面に叩きつけられた斧を踏みつけ、連続攻撃を封じ、槍を叩きつける。

 デルタリオスは斧から手を離し、両腕をクロスさせて防御。

 弾き返された槍をコロロスは一回転させる。

 る穂先と反対側にある石突きで、防御の隙間を縫って相手のみぞおちへ真っ直ぐ突いた。


 狙い通りにデルタリオスの動きは止まった。


 一対一の決闘にも似たこの戦いで、ほんのわずかな、たったの五秒程度でも無防備な時間は命取りだった。


「さようなら、デルタリオス」


 コロロスは動きを止めた戦士を悲しげに見つめて、そして止めをさした。


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