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76.ある竜がこうなったことの経緯

 最強の生き物は何かと問われたら、この大陸の人間はまず間違いなくドラゴンと答える。


 そして、ドラゴンたちに最強をたずねたら一つの答えが帰ってくるだろう。


 緋雨の竜王メリジェーヌ。

 あるいは竜女王と呼ばれるドラゴンの王だ。

 その時の魔王継承戦争を勝ち抜き、魔界に君臨した女王。

 その矛先は実は人間界にも伸びていた。

 統治に苦慮したリオン帝国の皇帝と契約を結び、彼女は自身の子である七体の半竜半人と多くの魔物を人間界に送り込んだ。

 その試みは無駄に終わったが、彼女の魔界での権勢は揺らぐことはなかった。


 そのメリジェーヌには、その権勢を暴力で支える竜のしもべがいた。

 魔界を暴虐の嵐で押さえつけ、竜族の物としたのだ。

 そう、魔界は竜族のものとなった。

 今現在のように、様々な種族がそれぞれの領地で暮らしていたのではない。

 魔王に様々な種族が仕えていたのではない。


 竜とそれ以外。

 それが、メリジェーヌの魔王としての魔界のあり方だった。


 力こそ全て、を体現したようなメリジェーヌの治世は、歪な強さをはらんでいた。

 その歪みは、竜族の中で始まった。


 竜とそれ以外、となった魔界の竜族の中でも、メリジェーヌの一族郎党とそれ以外の差が拡がっていた。

 くすぶる不満を、魔王たる竜の女王は考慮しない。

 逆らう者は討つし、去るものは噛み殺す。

 それで全て事足りると思っている。


 それが崩れ始めたのは、彼女の身に起きた変化だった。


 端的に言おう。

 老衰だ。

 神や魔人と違い、どんなに強くとも竜は不死ではない。

 数千、数万の時を経ればその身と魂は朽ち果て、存在は終わりを迎える。


 それは容赦なくメリジェーヌを襲った。

 老いが最強のドラゴンの力を奪っていく。


 やがて、魔王となった竜の女王はその最期を迎える時が来た。

 最強たる竜女王にも終わりが来るのだと、誰もが悟った。


 不安げなメリジェーヌの血を引く若者たち。

 彼らが権力をかさにきてやらかしたことを思い出しているのだろうか。

 そんな風に思いながら、若い竜コロロスは玉座ともいうべき、魔界の山の頂きに座すメリジェーヌを見ていた。

 魔王の権能の一つである魔王城ネガパレスの創造をメリジェーヌは行わなかった。

 竜としての矜持が、城壁に囲まれるということをよしとしなかったのだ。


 あの絶対にして最強のメリジェーヌも死ぬのだ、と意外な思いでコロロスは見ている。

 コロロス自体は、メリジェーヌの一族でもないし、郎党でもない、どこをどうたどっても権力の外にいるただの竜だ。

 たまたま、得意とする精神魔法を悪用して、死にいく女王を見にきただけだった。


 精神魔法は、習得者があまりいない。

 他者の精神をいじくるのは禁忌とされているし、自分の精神をいじるのも自己の安定を欠くとされる。

 せいぜいが、感情の昂りを魔力に変換する魔法くらいが有用とされる。

 それにしたって、もともと強大な力を持つ竜には不要な魔法だ。

 コロロスは、もっと悪辣な禁忌の魔法もいくつか習得していたが隠している。

 こうやって警備の目をすり抜けて忍び込める程度の力しか無いように見せかけている。


 メリジェーヌの目から次第に光が失われていく。

 智謀と悪意をもって魔界を支配した者の魂が消えていく。


 不死という事象にコロロスが興味をもったのはこの時のことが原因である。


 不死にはいくつか種類がある。

 一つが不死アンデッド

 死霊術に代表される死者の甦りである。

 スケルトンやゾンビなど意思を持たない動く死体がほとんどだが、強い魔法使いが死後意思を持ったまま蘇生する魔導骸リッチなどもいる。


 それとは別の不死として、魔人がいる。

 魔力そのものの実体化とでも言うべきこの種族は、肉体の劣化を魔力で補修し、魂の劣化を魔力への魂の転写を行うことで不死を実現している。


 そして、神。

 概念や力の顕在である神には終わりがないとされる。

 信仰される限り、存在は滅びず、終わらない。


 コロロスは長い思考の結論として、神になることにした。


 調べるうちに神には二種類いることがわかった。

 司る概念の顕現と低位からの神化だ。


 戦うという概念の戦神ガンドリオや死という概念の死神アルメジオンなどが前者だ。


 もう一つの低位からの神化には、人間から“恐るべき弓”神となったキースや“竜神を継ぐ”アリサなどがある。

 コロロスが目指したのはこちらだ。

 強い力を得る、神の力を受け継ぐなどをすれば、低位の存在でも神にはなれるようだ。


 そこで、コロロスは壁に当たった。

 元々高位の存在である竜は神にはなれない。

 進化の分岐が分かたれているのだ。


 発想の転換が必要だった。


 調査が立ち止まったまま百年近くが過ぎた。

 メリジェーヌ亡き後の魔界は、魔人族の魔王が統一した。

 メリジェーヌの一族郎党は権勢を失い、反主流派が新たな魔王軍に登用された。

 コロロスはといえば、竜を崇める人間たちの試練をする役目を受けて人間界へ来ていた。

 人がそれ相応の強さ、レベルを得て、竜の因子を受けることで竜人へと進化できる。

 さらに竜人はさらなる研鑽をへて、竜へと至る。

 修行を積んだ進化型の竜は、元々竜であったものよりも強くなる傾向がある。

 あの、メリジェーヌも実は人間から進化した竜であるとも言われる。


 はじめのうちはそのアルシア山で真面目に試練を行っていたコロロスだったが、年月が経るごとに訪れる人間に変化が起こっていた。

 竜を崇拝する者は徐々に減り、代わりにドラゴン討伐を請け負う冒険者が増えていった。

 竜になるという伝承が廃れ、邪竜の伝説が広まっていったのだ。


 冒険者とはいえ、弱い存在である人間をあしらうのも面倒でコロロスは適当に処理していた。

 だが、ある時ふっと気が付いた。


 この人間を使えば進化の制約を取り払い、神になれるのではないか?


 竜が神になろうとするから無理が生じる。

 要はコロロスが神になればいいのだ。

 竜でなくとも、かまわないではないか?


 低位の人間は弱い。

 だが、人間は竜にもなれるし、神にも至れるのだ。


 ならば、とコロロスは思考する。

 竜である自分を倒しうる人間が現れたならば、その精神を乗っ取り、人間コロロスとなるのだ。

 コロロスの意思と力を持ったまま、さらに大きな力を得ることができれば、いずれ神になれるはずだ。


 それから、コロロスは百年近く待ち続けた。

 徐々に人間のレベルは上がっている。

 やがて竜に対抗しうる人間は現れる。

 そう思いながら、待つ。


 そして、ついに現れた。


 赤と黒の髪をした若い男の人間。

 炎の魔法と槍術を使い戦う魔法戦士だ。

 共に付き従う弓使いと二人の魔法使いも優秀だが、この男が特に優れていた。


 こいつだ。


 この人間を乗っ取ろう。


 激戦。

 コロロスも手を抜かずに戦った。

 やがて、その炎の槍がコロロスの心臓を貫いた。


 コロロスの待っていたとおりに。


 死に際に、竜は呪いを、あるいは祝福をかけることがある。

 死に瀕した時に、魔力が高まるためである。

 それをもって、コロロスは精神魔法“魂魄転輪ソウルバンデッド”を発動した。

 それによってその冒険者の若者の魂の奥にコロロスは潜り込んだ。


 数年間かけて、その冒険者の心を食い荒らし乗っ取っていく。

 記憶はコピーしたので、細かな仕草以外は真似ることができた。

 人間の真似をするのも楽しかった。

 メンバーはそれぞれ竜の因子を与え、変質に気付かないようにする。

 それでも慎重になったコロロスは、冒険者から王国騎士団の暗部に潜り込み、転職することに成功。


 そして。

 その冒険者フレアの精神と肉体は全てコロロスに掌握された。


 暗黒騎士への手痛い敗北を経て、逆にコロロスはチャンスが来たことを知った。

 魔王の敗北と空位である。


 魔王継承戦争が始まる。

 ならば、私は竜の継承者としてそれに参加することにしよう。

 魔王の力を得れば、人間は進化し神へ至ることができる。

 神であり、竜であり、魔王であるそれは究極の存在であろう。

 メリジェーヌすら超えるものが目に見えるところまで来ている。


 捕らえられた牢獄を抜け出し、コロロスは空へ駆けのぼった。

 数百年ごしの悲願である永遠の命。

 その達成に至る道筋を駆け上るように。

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