75.急報
「むっふっふー」
と妙な笑いを浮かべるデンターは、掘り当てた様々な鉱石を見ながら悦に入っていた。
美少女がやっていれば非常に絵になるが、三十過ぎのおっさんがやっていると非常に見ていられない。
「で、満足行ったのか?」
「満足、満足、大満足ですよ。鉄、魔鉄鉱、それにモリア銀。これらがちゃんと流通すれば、金属加工界隈は活性化しますよ!」
「鉄と魔鉄は分かるんだが、このモリア銀とはなんだ?」
銀色に煌めく金属の塊がごろりと置いてある。
「これは真銀とも言われる希少な鉱石です。これを魔法武器を造る時に射込むと魔力をそれぞれの状態に効率よく変換してくれるんです」
「それぞれの状態?」
「ええ、込められた呪文式に魔力が送られて、炎の剣とか神聖な剣とか造れるんです。その魔力変換効率が段違いなんです。うちのグランドレンの工房は特に神聖属性の武具の発注が多くて、このモリア銀が入荷しないとめちゃくちゃ困るんですよね」
いわゆる魔法の武器というやつである。
魔力を込めると、武器に込められた属性付与魔法が発動し、属性付きの武器になる、というものだ。
魔法使いが属性付与するによりも、魔力が少なくてすむし、魔法使いという人員がいなくてすむため重宝されている。
まあ、非常に高価なため、全兵士に常備されているなんて国はないが、エリート部隊に配備するなどはよくある。
聖都とかいわれているサンラスベーティアなんかはお得意様なのだろう。
「そんなに神聖な武具を持ってどうするんだろうな」
神聖属性というのは、人間たちが付けた言葉だ。
実際の能力向上としては攻撃面としては対魔力威力上昇、防御面では魔力耐性だ。
炎や風などの属性が付く前の純粋な魔力に対して効果を発揮する。
そして、魔人というのは純粋な魔力がそのまま生物になったようなものだから、よく効くのだ。
問題は、魔王軍はもういないということだ。
もし、仮に次の魔王が決まり、新たな魔王軍が侵攻を再開したとしても、その新たな魔王が魔人とは限らない。
虫族かもしれないし、竜かもしれない。
あの、海魔将ガルグイユの言うことが正しいとするならば、だが。
新たな魔王と魔王軍に、神聖属性が効くとは限らない。
「さあ、わかりませんねえ。まあ、神聖属性は金色に光って見栄えがいいですから、それもあるかもしれませんよ」
「見栄え、か」
“黄金”と呼ばれる英雄ティオリールのように神聖属性の金色が目印となる者はいる。
だが、それ以上に属性付与付きの魔法の武器は金がかかるのだ。
グランドレンの鍜治屋が、リオニアとニブラスの国境まで探し求めるほどに。
聖都サンラスベーティアのことを不気味に思い始めた瞬間だった。
「あとは、これの報告書をまとめてニューリオニアに提出すれば採掘再開にいたるでしょう」
「ん?お前が掘るんじゃないのか?」
「いやいや、私はちょっと余裕がある鍜治屋ですからね。採掘とか体力あることできませんよ」
「で、どうするつもりなんだ?」
「ここの鉱床の採掘を早期に復活させて、鉱石を市場に流通させます。そうすると今リオニアに流れている鉱石の流通がグランドレンに戻ってきます。そして、私は個人的に鉱石を手に入れ、報奨を手に入れ、鍛冶仕事も受注できて、最高に幸せ!というわけですよ」
「……気の長い話だな」
「これくらいやんないと、グランドレンのきら星のごとき鍜治屋連中の中から認められませんからね」
気持ちはわかる。
大手柄をたてて、認められるというのは最高だ。
だが、デンターの視点に欠けているものがある。
それは、すでに流通路ができていることだ。
原産者から、流通業者、問屋、販売者、製作者など関わっている人間は多い。
それをいったん無しにするのは難しいことなのだ。
腕利きといってもただの鍜治屋には特に。
まあ、それは俺が言うことではない。
「なら、ニューリオニアに向かう途中でリオニアスに寄ってもらおう。そこで剣の直しを頼む」
「ええ、もちろんですよ」
冒険者ギルド協力店の鍜治屋のどこかから、施設を借りてやってもらおう。
数打ちの武器ならいくつかあるが、そのどれも魔鉄鋼の剣には劣るものだ。
俺の力を引き出すちゃんとした武器を、早く用意したい。
帰り支度をしていると、なにか騒がしい音がし始めた。
「リーダー、パリオダ鉱床跡につきましたよ!もう少し歩けますか!?」
若い男の声だ。
リーダー?ということはどこかの冒険者パーティか?
そいつらと俺たちは遭遇する。
ん?見たことあるな。
「お前ら、“ブロークス”か?」
「ギアさん!?どうしてここに?」
リオニアスの三級パーティ“ブロークス”だ。
守備力に定評のあるパーティで、メルティリア襲撃の際には格上のメルティリアの攻撃を耐えた実力を持っている。
ギルド復興作業の時に顔見知りになった。
「俺は個人で受けた依頼でな」
「……ちょっとまずいかもしれませんね」
ひょろりとした“ブロークス”の若い冒険者が暗い顔をした。
密偵だろうか。
「何かあったのか?」
そもそも、リーダーのオクスフォーザが動けないでいるようだ。
強力な怪物に襲われたのだろうか?
「実は、僕たちこのあたりの盗賊団の調査に来ていたんですが」
なるほど、このパリオダ鉱床跡の廃屋に野営の支度をしていたのはこいつらだったのか。
「盗賊団に襲われた?」
「いいえ、もっと困ったことなんです」
ブロークスの密偵の青年はことの次第を話し始めた。
アケチロンド砦の大量の死体。
暗黒騎士らしき女性との遭遇。
その行程で、オクスフォーザが気絶してしまい、ここまで運んできたこと。
「暗黒騎士……だと」
俺以外の暗黒騎士が人間界に来ている?
なぜだ?
魔王軍は撤収した。
忠誠心の高い暗黒騎士が独断専行することはない。
まあ、俺は真面目でなかったから、絶対に無いとは言えないが。
となるとその暗黒騎士は、魔王軍の命令で来た可能性が高い。
アケチロンド砦だかの死体は、おそらく邪魔をした盗賊団のものだろう。
来ているとすれば誰だ?
副長だったイラロッジか?
いや、あれは命令遵守の男だから余計な盗賊退治などしないだろう。
戦闘大好き野郎のスツィイルソンか?
いや、しかしあいつは倒した相手の死体を放置せずに死霊術の材料に使う変態だから違うな。
簡単に砦一つ分の盗賊団を潰せる力を持つとなればその二人か、あとは竜との混血であるカレザノフ、あるいはアユーシ。
その四人の誰かだろう。
「それでリーダーが対話を試みたんですが、そいつがリオニアスに用があると言って教えちゃったんです」
「暗黒騎士に、リオニアスの場所を?」
それはちょっとまずいかもしれない。
上にあげた四人は比較的常識のある方だが、それでも普通の人間とは違うのだ。
ちょっと訓練を積んだ冒険者にははっきりとそれがわかる。
「ええ。それで暗黒騎士が去ったあと、リーダーが動けなくなったんです。緊張し過ぎたせいだと思うんですが」
寝ているようなオクスフォーザ。
確かに悪い魔法の影響は感じない。
疲れきってしまったというのが正しいだろう。
そうだな。
本気の暗黒騎士と出会ったら三級くらいの冒険者だと失神するかもしれん。
むしろオクスフォーザは会話できたぶん、よく耐えた方か。
「わかった。で、リオニアスには伝えたのか?」
「はい。伝声筒で……ですが」
「ですが、なんだ?」
「向こうの様子がおかしかったんですよね」
「おかしかった?どんな風にだ」
「ギルドに連絡したんですが、後ろの方で“どこからだ?”とか“そっちでも問題か”とかいう声がしたんです」
「“そっちでも”か。つまり、リオニアスでも何か起きているということだな?」
「すいません、ギアさん。俺たちも向かいたいんですが……」
密偵の青年はオクスフォーザを見た。
「心配するな。奴の体調がよくなるまで休んでいてくれ。リオニアスには俺が向かう」
「ありがとうございます」
「というわけだ、デンター。急ぐぞ」
災難の予感にひきつった笑顔を浮かべ、デンターは「い、急ぎましょう」と答えた。




