73.すでに炎は牢になく、その心も喪失していた
「なぜ、破られた!?」
王国騎士団の副団長であるリギルードは地下牢でそう叫んだ。
彼の目の前にある鉄格子は半ばから折り曲げられている。
人間を遥かに超えた何者かが牢から脱獄したようだ。
だが、ここに収監されていたのは人間のはずだった。
メルティリアのフレア。
それが囚人の名だ。
半年ほど前の、リオニアス襲撃作戦において冒険者ギルド方面部隊を率いた元冒険者、そして裏の王国騎士団員。
ある意味では、リギルードと同じ立場だった男。
それがなぜ、副団長と囚人という鉄格子で隔てられた関係になったのか。
軍務卿の失脚と、レインディア団長による徹底的な調査により、王国騎士団の裏の仕事を担当していたフレアに様々な疑惑が浮上したのだ。
運営費の横領、騎士たちの私的動員、不必要な殺人。
そして、盗賊団“霧の団”による誘拐と奴隷売買。
拐かした人間を、奴隷として売り渡すという非人道的行為の主犯であった。
また、その“霧の団”に知り合いの冒険者を入り込ませ、新人冒険者を奴隷にしたという事実も発覚。
さらに、協力者であり、犯行発覚後に捕縛されていた貴族を、リオニアス襲撃にあわせて殺害までしていた。
これらの罪により、メルティリアのフレアは死刑判決が下っていた。
第一報を聞いた時、ニューリオニアの騎士団本営にいたリギルードは、死刑を恐れた脱獄だと推測した。
だが、どろどろに熔けた断面を持つ曲げられた鉄格子を見て、既にフレアが人外の存在になったことを知ったのだった。
「団長の所在は?」
「レインディア団長はアルシア山の調査へ向かっております」
「……だったな」
本営でドンと構えていればいいのだが、レインディアという女性はフットワークが軽い。
今回も、アルシア山でのドラゴン討伐の実態調査をしに自ら向かっていった。
できると思ったから動いたまでだ、と言っていたことを思い出す。
彼女がいない以上、騎士団の運営と行動は全てリギルードの判断に任せられている。
自分で判断する、というのは自由を意味しない。
そこには責任がのしかかるからだ。
レインディアは、責任は自分がとる、といって(薄い)胸を叩いたが、それでもリギルードにだって取らねばならない責任は発生するだろう。
何が正しいのか、どうすれば最善なのか、知っていることさえ不確かで、どうすればいいのかわからない。
それなのに、やらなければならないことは常に増えていく。
やってもやっても増えていくのだ。
軍務卿の言うことだけを聞いていた自分が、どれだけ甘えていたのかを今になってリギルードは自覚し、打ちのめされている。
そして、レインディアがお飾りと言われながらもどれだけの責任を背負って団長をし続けたのかを気付くのだ。
だから、今回もリギルードの責任で、覚悟をもって命令を下さなければならない。
「脱獄犯、フレアを追跡せよ」
と。
すぐに騎士五名が選抜されて、フレアの追跡に向かう用意が整う。
この五名のうち、何人かは死ぬかもしれない。
みな、リギルードにとって同輩であり、共に訓練をした仲間だ。
実力には信頼がおける。
それでも、五人で挑んでも、人外の存在になったであろうフレアに敵うのかわからない。
「拝命します。脱獄犯フレアを追跡し、捕縛します」
「なるべく生かしてほしいが、究極的には生死は問わない」
「了解です」
生かそうと本気を出さないなどという甘い考えはおそらくフレアには通用しない。
殺す気で挑んで、ようやく勝ちが拾えるといったところだろう。
「副団長、もしや自分で行きたいと思っておられませんか?」
五名の中でも年かさの騎士ラルクハウルがリギルードの顔を見てそう言った。
リギルードは思いを見透かされたように感じて、目をそらした。
「団長のいない今、王国騎士団をまとめるのは副団長でございますぞ」
「そんなことは言われなくても」
「言われなくてもわかっておられるならよいのです。今は変転の時期なのでしょう。その変化の中でも我ら王国騎士団は、リオニアにおいて揺るぎない芯とならねばなりません」
「……うむ。みだりに動くな、ということだな?」
「どうか、我らを手足のようにお使いください。我ら騎士は王国のためにあります。そのためなら命も惜しみません」
「……わかった。団長が戻るまで、俺はここを揺るぎなく守ることにしよう」
リギルードが行きたいのをわかって、それでも国のため、騎士団のため、騎士たちは止めた。
ある意味では団長であるレインディアより強いリギルードは最後の切り札なのだ。
その切り札を簡単に出した前軍務卿はどれほど間抜けだったのか、と騎士たちは今さらながら思った。
フレア脱獄の報せは極秘裏にリオニアスへ伝えられた。
そして、リオニアスで監視対象となっていた元“メルティリア”のメンバーは拘束された。
逃亡を手助けしたり、匿ったりする恐れからだ。
魔法学園研究者のバーニンは現れた衛兵たちに、面倒そうに従った。
今さら、フレアが自分達を頼るとは思えなかった。
衛兵詰所の一室に集められたメルティリアのメンバーたちは、その言に同意する。
リオニアス都軍弓術師範の役目についているナ・パーム、同じく都軍魔法教導隊所属のフォコの二人だ。
肩書きは立派だが、監視のためにあてがわれた仕事であるともいえる。
先の襲撃事件において、メルティリアのやったことは無罪とされたが、冒険者を襲ったり、ギルドの建物を焼いたことは確かなのだ。
そして、事件が起きれば真っ先にこうなることはわかっている。
「てか、バーニンさんは魔法学園の教授になるんでしょ?」
フォコが教導隊で聞きかじった噂を確認してくる。
「まだ内定はしてないがな」
「謙遜するな、二級冒険者にして、二十代で契約魔法を行使する天才魔法使い、だろう?」
東洋的な顔立ちのナ・パームがくすくす笑いながら言う。
「ふん、馬鹿なことを。俺くらいの魔法使いはいくらでもいるし、なんなら十代で、それも冒険者歴半年で契約にいたった娘もいる」
「あ、それ、あの娘でしょ?あの時の」
メルティリアとは別の部隊が起こした誘拐で、さらわれた冒険者のことだ。
フォコも直接戦ったわけではないが、顔と簡単な来歴は覚えていた。
「まあな」
「へえ、あの堅物のバーニンさんが女の子を弟子にした、という話を聞いたけど、その娘もしかしてあんたのコレかい?」
からかうようにナ・パームが笑う。
しかし、彼女の期待した反応とは別に、バーニンはビクリと震えた。
「え、なに、どうしたの、バーニン」
「冗談でも、そんなことを言うな……」
「なんだ?」
その様子に唖然とする二人に対して、バーニンは言った。
「あれは、あの娘はな……」
「なんなのさ」
口を閉ざしたバーニンに焦れたようにナ・パームは先をうながす。
「あの、黒いのの女だ」
「!?」
「!!?」
直接的な名前は出ていない。
しかし、ナ・パームにしろ、フォコにしろ、燃え盛る戦場で対峙した暗黒騎士のことを、はっきりと覚えている。
メルティリアと、魔物操士のポーザと五人がかりで敗北した相手のことを。
それはぬぐえない恐怖と共にだ。
「ほ、本当なのかい?」
いくぶん声のトーンを落として、ナ・パームは確認する。
「俺が住む宿舎、わかるだろう?」
「ああ、あの本だけの部屋」
フォコはバーニンの部屋のことを正確に表現する。
「そこにな、迎えにくるんだ、あれが」
「あんた、あれと直接会ってるの!?大丈夫なのかい?」
「ああ、最近は震えなくなったし、挨拶もできるようになった」
心配するナ・パームにバーニンは乾いた笑いを浮かべて言った。
まるで人見知りの子供のようなセリフだが、ナ・パームもフォコも感心したような顔になる。
「恥ずかしながら、私はあれが登城した時は姿を隠している」
「実は私も、冒険者ギルドに行くときなんか、在籍確認して、顔を隠して行ってる」
「そうか、お前らも大変なんだな」
五人がかりでボコボコにされたトラウマは今もメルティリアを苦しめているのだった。
というか、これがフレア脱獄のために拘束されたのだという集まりだとは三人とも忘れているのではないだろうか。
まるで同窓会のような雑談はしばらく続いたのだった。




