70.頬を伝う涙を君は見たのだろうか
旧リオン帝国の遺跡を発掘するという試みは、十年ほど前に開始された。
十字路地方にあったとされる暁の国に匹敵するほど繁栄したリオン帝国。
その都の跡地であるこの地は、途中魔王軍の侵攻のせいで中断しものの、全体の五割が発掘されていた。
そして、ここ数日で帝国の中心であるリオン王宮の地下部分が見つかっていた。
さらに、その地下部分の奥に秘宝庫と見られる部屋が発見され、発掘隊は興奮と喜びにわき返っていた。
「明日、この王宮跡の秘宝庫の封印を解く」
発掘隊のリーダーである王国資料院のサーティデイ教授は興奮を抑えきれない顔で宣言した。
帝国の秘宝庫ともなれば、財宝はもちろん、リオン帝国の貴重な資料、書物なども見つかる可能性が高い。
そうなると、帝国の調査は一気に進むだろう。
歴史に名を残す、のを目前とした発掘隊の興奮も仕方がないところはある。
しかし、それをさめた目で見ている者たちがいた。
バルカーとポーザを含む護衛の冒険者である。
そんな秘宝庫には守護者がいる。
貴重な財宝や資料なら、それを護るに相応しい強さのものがいる。
これは冒険者にとって常識だった。
撃退できるか、と護衛たちは不安を隠せない。
一番強いのが、二級冒険者のポーザで、三級のバルカーが続き、いくつかのパーティのリーダーが三級。
あとは四級や五級である。
「守護者の定番と言えばゴーレムだな」
「宝物守護の線もあるな」
「そのくらいならなんとかなるが……もし」
「おいおいやめろよ。口に出すと本当になるってばあちゃんが言ってたぞ」
「何かいるのは確実なんだよなあ」
と、雑談をする冒険者たちを横目に、バルカーはポーザに聞く。
「何が出てくると思う?」
「人工獣人の何かかなと、ボクは思うけど」
「らいかんすろー……なんだって?」
「人工獣人!人工的に作り出された獣人のこと。エルフやドワーフなんかの亜人がこの世界を去った時に、一緒にいなくなった獣人たちを模して作り出されたモノよ」
「お、おう。で、でもよ。それって強いのか?」
「混ざった獣によるけど、そうだなあ、この間の牛頭人とかが平均かなあ」
「あー、牛頭!あれが平均ってことは結構強いのか」
「犬頭とかは弱くて小鬼程度だけど、狼男とかになると冒険者でも苦戦する。もし、それ以上のがいたら、ここの面子じゃ厳しいかもね」
「俺も気合い入れる必要がある、か」
「あんたはいつでも気合い入れてちょうだい」
そんな会話が冒険者同士でかわされていた。
もちろん、冒険者たちはもっと調査して守護者の情報を知りたがったが発掘隊は目の前の成功を求めて、明日の開封を決めた。
「まあ、準備する時間があるのはいいことだよな」
というバルカーの言葉に皆苦笑いするしかなかった。
その日は、みな早く就寝した。
誰よりも危険を察知していたのは、ポーザだった。
この護衛冒険者たちの中で唯一の二級冒険者。
経験上、遺跡は大抵ダンジョン化している。
その兆候は、このリオン帝国跡でもはっきりと見られた。
断続的な怪物の襲撃がまさにそれだ。
普通なら、一度撃退されたものは力量差を悟って近づかなくなるものだが、ここの怪物は何度も襲ってきた。
まるでダンジョンの怪物のように。
それはつまり、ダンジョンの探索を妨げているのと同じだ。
となると、ダンジョンの最奥には主がいる。
そこにいる怪物なり獣なりを媒体として、ダンジョンを守護する者の元締めたる主が発生するのだ。
帝国によって設置された守護者など、まさに主になるのにうってつけだろう。
何百年、何千年とここを守護していたはずのそれは、もしかしたら手がつけられないほどの強さを持っているかもしれない。
その時に、自分は何ができるかをポーザは考え続けているのだ。
考えていると、いつの間にか眠ってしまったことに気づく。
夢の中だとわかったのは、それがいつも見ている景色だからだ。
場所は荒野。
ベルトライズ王国南部の名もなき村。
ポーザの生まれた場所。
どこまでも枯れ果てた大地。
村の真ん中にあった池は、もう乾いた穴でしかないほどに渇ききっていた。
ベルトライズ王国は建国王ラススタインが一代で拓いた国だ。
周辺諸国を併合し、北限の地に分国を設置するほど繁栄したが、ラススタインが亡くなった後、徐々に衰退していった。
そして、ポーザが生まれたころ、大干魃が止めをさした。
南部から荒廃していった国は、収穫が激減、餓死者も数多く出た。
魔物操士というレア職を持っていたポーザは、地方の有力者に引き取られて命を長らえることができた。
しかし、今でも覚えている。
その貴族の馬車に乗った時の、村人の嫉妬と羨望、憎悪の顔を。
ポーザが覚えたのは罪悪感だ。
自分一人が生き残り、あとにした村人は全員死んだ。
罪悪感は消えることはない。
そして、自分を犠牲にしても成すべきことを成すという、強迫観念にも似た思いに常に支配されている。
ボクがやらなければならない。
生き残った者が責任を負わなければならない。
ボクが、ボクが、ボクが……。
……いつまで?
「おい」
ボクはいつまで?
「おい、ポーザ」
罪を……?
「ポーザ!」
「!?」
夢から覚めた。
ポーザの視界いっぱいにバルカーがいた。
「大丈夫か?」
「わ、わたし、今……?」
「うなされてたからな。怖い夢でも見たか?」
「夢……?……そっか、ボク、夢を」
「もうすぐ朝だ。このまま、起きてろよ」
「……うん」
寝ながら泣いていたことを、バルカーは気付いただろうか?
頬を伝う涙を見たのだろうか。
朝日が山際から照らしはじめた時には、ポーザは頬をぬぐっていた。
日が昇りきると、にわかにあたりが騒がしくなった。
どうやら、発掘隊が動き始めたようだ。
「ポーザ、行けるか?」
「リーダーみたいなこと言わないでよ。ボクは大丈夫だよ」
「うしッ!行くぜ」
他の冒険者もフル装備で秘宝庫の前に集まってきた。
思った以上に、冒険者が本気だと気付いた発掘隊のリーダー、サーティディ教授は秘宝庫の魔法錠に触れた指を一度離した。
二度首を振り、覚悟を決めたように教授は魔法錠に触れ、呪文を唱えた。
「解錠の魔法か」
冒険者の魔法使いの誰かが呟いた。
「不味いな」
と、どこかの冒険者が呟く。
「ポーザ、なんでだ?」
バルカーの質問に、秘宝庫の入り口から目を離さずにポーザは答えた。
「正規の鍵以外の開け方をした場合、守護者が反応する場合が多い」
「襲ってくるってことか」
「多分、ね」
ゴクリ、とバルカーは唾をのむ。
「バルカー、むやみに前に出ないでね。ボクがサポートするから」
「ああ、頼りにしてる。師匠の次くらいには」
「リーダーと比べるな。あの人は規格外」
「そりゃ、確かに」
ギアのことを考えると、不思議と二人とも緊張がほどけた。
ガギン、と硬質な音が響く。
扉の鍵が開いた音だ。
ゴゴゴゴ、と石材が擦れる音がする。
扉が開く音。
ゴキリ、グチュ。
これは何の音だ?
発掘隊のリーダーが、扉から出てきた巨大な手に掴まれ、そのまま握り潰された音だ。
「接敵!主級守護者、ポーザが指揮権をもらう!冒険者は戦闘配置!」
この中で一番強いポーザが大声で宣言する。
出てきたもののヤバさは全員が理解していた。
ポーザの命令に全員従う。
恐れていた以上の脅威。
のそりと姿を現したのは体高3メートル、炎のような真っ赤な肌を持つ、竜頭の巨人だった。
「炎竜人だ。伝説の……」
それの名前を誰かが言った。
その声は恐怖に震えていた。
 




