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7.舐められるより戦いたい

「実を言うとミスティのことは警戒はしていたのです」


「ほう」


 盗賊団の幹部であった冒険者ミスティ。

 リオニアスでは若い冒険者たちの面倒見がよく、慕われていたという。

 ただ、偶然というには多すぎるパーティーの全滅率がギルド幹部の間で気にされていた。


「4回」


 それが彼女が組んだパーティーの全滅回数だ。


「多いのか少ないのかは俺にはわからんが」


「普通の冒険者なら己以外が全滅したらもう二度と冒険など行きたくなくなるじゃろう。それが二度も三度もありうるじゃろうか?」


「ないな」


 もちろん、いくら全滅しようが生き残る奴や、何度やられても立ち上がる奴はいる。

 見たことあるし。

 だが、普通の人間はもう立てない。


 だからこそ、4度のパーティー全滅から生還しているミスティは怪しかった。


「それがまさか盗賊団とは……」


 と、ユグは額を押さえた。

 中堅の冒険者が盗賊団に所属し、奴隷売買に関わっていた。

 この時点でかなりの法令に引っ掛かっており、ギルドの管理責任が問われる事態だ。

 下手を打つとギルド長の進退も危うい。


「まあ、“白月”なら大丈夫だろう?」


「他人事のように言いなさる」


「実際、他人事だ」


「……そうでしたな。あなたはあくまでも通りがかった善意の人。なればこそ、お聞きしたい。なぜ暗黒騎士あなたがこちらの領域にいるのかを!」


 確かにそうだろう。

 俺は暗黒騎士。

 人間と敵対する魔王軍の中心戦力だ。

 普通ならば信用も信頼もされないだろう。

 しかし、ユグドーラスはそこまでいかなくても話を聞いてはくれる。

 ならば俺も胸襟を開き、嘘は言わないこととしよう。


「俺は、冒険者になりたい」


「……は?」


 ユグドーラスは思考停止した。

 歩く足すら止まる。


「止まるなよ」


「は、はは。私も耳が遠くなったようです。何か恐ろしいことをお言いになったのでしょうが、まさか冒険者になりたいなど」


「冒険者になりたい、と。そう言ったのだが」


「……仮にそれがあなたの望みとして、一体なぜ?かの暗黒の王に狂信的に仕えるはずの暗黒騎士あなたが!?」


 そこで、俺は俺が知っていてユグが知らないことがあることに気付いた。

 それは。


「魔王軍は一昨日、壊滅したぞ」


「……へ?」


 さっきの冒険者になりたい宣言を聞いた時より、さらに呆けた顔をユグはした。

 冒険者ギルドのギルド長のする顔ではないことは確かだ。


「嘘ではない」


「いやいやいやいや、嘘でしょう?」


「嘘ではない。一昨日、魔王領に侵攻した勇者が八魔将、四天王、そして魔王様を倒した」


「勇者が!?勇者ならば!しかし、私には何も……聞かされて……わしは、置いて、いかれたのか……?」


 そこには、確かな絆で繋がったはずの仲間の行動を知らなかったという老人がいた。

 寂しい、とか悲しいという感情が漏れ出ている。


「侵入人数は確か四人。勇者、戦士、魔法使い、武道家」


「ずいぶんと攻撃力過多じゃの……!……まさか」


「そうだな。補給を無視した超短期決戦を目論んだのだろう」


 そして、それは見事に成功した。


「私は……そうだな、確かに私は継戦能力を高めることに関しては一流じゃ。だが、それゆえに冗長であった、ために置いていかれたか」


 ユグの寂しさ、悲しさはまだ感じられるが、いくぶんか緩んだようだ。


「勇者は生きている。だから、会ったらちゃんと話を聞けばいいさ」


「うむ。確かにそうじゃな。それによく考えてみれば人間が勝利したということではないか……と……失礼いたした。貴殿の主君のことでしたな」


 今にも道端で踊って喜びを表現しそうになったユグドーラスだったが、俺が魔王軍あいてがわの所属ということに気付いてフォローを入れてきた。


「気にしない、といえば嘘になるが、それでも割りきっているさ」


「お強いですな」


「そうでもない。本当に強かったら、俺は……」


 本当に強かったら、俺は勇者を倒し、その後の展開を変えることができただろう。

 だが。

 魔王軍は、魔王様は無くなった。

 それが現実だ。


 てくてくと歩いていた俺たちは、繁華街の入口にある建物の前で足を止めた。


「ここ、か」


「ええ。ここ、です」


 隣に立つ酒場とあまり変わりのない木造の建物。

 軒先に吊るされた看板は、二本の剣が交差した模様。

 それが表すのはここが冒険者ギルドだ、ということだ。

 すなわち、俺の目的地である。


 扉を開けて中に入ると、二種類の匂いがする。

 一つは建物が放つ木の匂いだ。

 心が安らぐような穏やかな香り。

 もう一つは、鉄の匂いだ。

 剣が、鎧が、盾が、放つ戦いの匂い。

 その二つが混在するのが、このリオニア冒険者ギルドなのだ。


 俺に一斉に視線が集まる。

 値踏みするような目は、新しい仲間を見定めるものか、それとも新しい競争相手を見極めるものか。

 順番待ちの列、椅子でくつろぐパーティー、併設してある酒場のテーブルから、この場にいるありとあらゆる冒険者が俺を見ていた。

 ずいぶんと心地よい。

 今にも戦いに発展しそうな緊張感は、俺を高揚させる。

 戦いを楽しむ魔人の血がそうさせるのかもしれない。

 だいたい魔界だと、このあとは不満を持つもので喧嘩になる。

 どちらかが倒れるまで、あるいは死に至るまで戦う。

 そうやって力で上下関係が定まっていくのだが、人間はそこまで闘争本能に支配されてはいなさそうだ。

 それが自制ができるからか、臆病であるからなのかは俺にはわからない。

 高揚する心のままに、俺は闘気を解き放っていく。

 戦おう、心のおもむくままに。

 それは威圧となって、冒険者たちに降りかかる。

 ほとんどの冒険者は一歩足を後退させた。

 怖じ気づいたということだ。

 何人かは汗を流しながら、目をそらさない。

 そらせないのかもしれない。

 ほどよく場を制したところで、さあ戦闘開始と行こうか……。


 カツン、と大きくはないがやけに響く音が場に響く。


「そこまでじゃ」


 ユグが杖で床を叩いた音だ。

 嘘のように、高まった戦意が消える。

 さきほどまでの闘争心が無くなった。

 ギルド内の冒険者たちが感じていた威圧感や恐怖感もまた消えたようだ。

 おそらく、床を叩く音に魔力を込めて“鎮静カーム”の魔法を発動させたのだろう。

 詠唱せずに魔法を放つというのはかなりの実力者の証である。

 俺も音だけで発動するのは無理だ。


 そこで、俺に気付いたらしくリヴィが手をぶんぶんと振っている。

 子犬が嬉しくてしっぽをぶんぶんと振る光景がなぜか目に浮かぶ。


「遅かったですね、ギアさん」


「ああ、ギルド長と話が弾んでな」


「そうですか……」


 と、いくぶんすねた様子のリヴィ。

 おそらく、自分抜きで町歩きを楽しんだのが残念だったのだろう。

 ならば。


「ただな。肝心の街の案内はあまりされなくてな。できれば今度リヴィにお願いしたいのだが」


 そこで、リヴィの顔がパッと明るくなる。


「本当ですか!わ、わかりました、バッチリご案内しますね!」


 やはり、自分で案内したかったのだろう。


 なぜかギルド内でざわめきが起こっている。

「おれたちのリヴィエールちゃんになれなれしいぞ」

「誰が一番先に話しかけるか競争していたのに」

「ハァハァ、僕のリヴィエールちゃん」

「だいたいなんで略称で呼んでるんだ奴は」

「奴にそんな権利などないはず」

「リヴィエールちゃん、ハァハァ」


 なんかヤバいくらい興奮している奴もいるようだ。


「ところで、一つよろしいかな。冒険者志望の方よ」


 ユグが俺のことを見ながら言った。


「なんだ?」


「冒険者志願者ギアを、本日より二級冒険者として認める。これはリオニア冒険者ギルドとしての決定である」


 もう一度、ギルド内がざわついた。

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