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69.歯と歯車

 今日も、俺は森の調査を続けている。

 五日ほどかけて、大体の調査は終わっている。

 ほとんどは魔王軍の痕跡はあれど、そこには何もいなかった。

 何もない、という報告こそ喜ばれることを俺は知っているため、調査はしっかりやっている。


 毎日、家には帰っているが遅くなるためリヴィとはすれ違いになることも多い。

 学園についての話をもっとした方がいいのではないか、と思いつつもその機会は訪れなかった。


 森の調査の最後、リオニアスから視認できる最も遠くにある名もなき森。

 そこで、俺は行き倒れに遭遇した。


 言い間違えた。

 腹が減って動けなくなった旅行者だった。

 まあ、俺と出会わなければどのみちそうなっていただろう。


 俺が差し出した干し肉と水を、そいつはむさぼった。

 よほど、腹が減っていたらしい。

 用意していた猪肉はほぼ食われた。


「げふ」


「ずいぶん、長い間食ってなかったようだな?」


 その行き倒れ、ではなく旅行者はようやく頭が回りはじめたらしう、がばっと俺に頭を下げた。


「ありがとうございます。あなたこそ、命の恩人です!」


「それはいいが、なんでまたこんなところに?」


 ここは、リオニアスから歩いて半日以上、もう少し行けば国境地帯に入り込む場所だ。

 最近、盗賊団も増えてきたのでここも安全とは言えない。


「ええ。実は私、鍛治屋の端くれでして。質のいい鉱石を買い付けにここまで来ました」


 聞けば、聖都サンラスベーティア近くの工業都市グランドレンで鍜治屋をしていたが、最近質のいい鉱石が手に入りにくくなっているらしい。

 なんでも、昔あった航路が一つ復活して、そこに鉱石が流れているのだそうだ。

 それで、この男は自ら鉱石を探しに旅に出たのだそうだ。


「まあ、大変だったのは見てわかる」


 男のかろうじて旅装だとわかる格好は、道のりの苦難を示すようにぼろぼろだった。


「ええ、ほんとに。マルツフェルの商人にも、ここには無いからあとは現地にいくしかない、と言われて」


 陸路をたどったそうだ。

 海路は、まだ安全が確認されていないから、旅行者は乗せることができない、と言われたそうだ。

 そのわりには、積み荷がたくさん乗った船がひっきりなしに航行しているんですよ、と憤った様子で男はマルツフェルのことを話終えた。


「で、ここからどこへ行こうと?」


「この近くに、立派な古い鉱山があったはずなんです。そこではニブラス王国とリオニア王国に鉱石を供給していたようで産出量も豊富、それに稀少な鉱石もいくつか見つかっていたようなんです」


「ほう、そんな鉱山がこの近くに?」


 あったかなあ、と言うのが俺の感想だ。

 魔王軍時代もこのあたりの産業や特産について調べたりもしたが、そんな鉱山のことは記憶に無かった。


「ええ。十年ほど前に鉱山を領有する貴族の当主が変わってから、鉱山採掘は割りに合わないとかいって事業を縮小したようなんですよね」


「十年ほど前、か」


 それなら、俺が知らないつじつまはあうが。


「知ってますか?パリオダ鉱床」


「パリオダ?」


 脳裏に浮かんだのは甲高い声の小男。

 まだ、ここに来たばかりの時に、ミスティという冒険者に騙され、盗賊団に襲われた時にいた奴だ。

 ニブラスとリオニアの両方で爵位を持つ貴族、だったか。

 そいつのいた盗賊団の拠点が、確か鉱床だか鉱山の跡地だったはず。


「ええ、パリオダです」


「知っている」


「やはり!」


「場所を教えてもいいが……いけるのか?」


 歩いて一日半くらいはかかるだろう。

 まあ、それ以前に治安が悪すぎてこの鍜治屋は生きてたどり着けるかわからない。


「いやあ、無理ですね。ここまではなんとか来ましたけど、この先は有能な冒険者の護衛がいないと」


 男はチラチラとこちらをみながらそう言った。


「そうか。リオニアスの冒険者ギルドに紹介状を書いてやろう。リオニアスは歩いて半日だ」


「いやいやいや。ここにいるじゃないですか!有能な冒険者が」


「調子のいい奴だな」


「それに、ここから半日往復したら一日潰しちゃうでしょう?」


「お前がな。俺はいつも通り帰って、同居人と美味しいご飯を食べるという選択肢がある」


「ううう、グランドレンからはるばる来たのに、リオニアスの冷たさが身にしみる……」


 男はうなだれると、わかりやすい落ち込んだポーズをする。

 なんだか助けてやりたくなるような気分にさせる……男じゃなければ。


「まったく、演技派だな。案内してやる」


「本当ですか!」


 どんよりとした表情がパーッと明るくなる。

 気持ちが表に出るのはいいが、こいつ本当にこんな感じで鍜治屋なのか?


「ただ、条件というか、見てもらいたいものがあるんだが」


 剣を。

 鞘からゆっくりと抜く。

 それは途中から折れてしまっている。


 ギリア王国で、錆の記憶のガルギアノと戦った時に折れたものだ。


 折れた剣を見せると男の目の色が変わった。


「これは……ずいぶんと分厚い。長さもロングソードよりはツーハンデッドに近い……これは両手持ちで?」


「いや、大抵は片手持ちだが」


 両手がふさがると、片手で剣を、もう片方の手で魔法を、という動きが出来なくなる。

 抜刀術のような一撃必殺も狙える剣術と違って、二つの手を使うということは攻撃のバリエーションが増えるということ。

 その分読まれにくくなった剣は、相手を倒す確率をあげるのだ。

 それを踏まえて俺は剣を片手で扱っているのだ。


 俺の話を聞いているのかわからないが、男はずっと折れた剣を見ている。


「これ、もしかして魔鉄鋼ですか?」


「そうだ」


「やはり……持ち主の魔力を吸い取ることで、堅さと重さ、密度を増していくという稀少金属。まさか、そんなもので武器を作るなんて」


 魔界ではありふれた鉱物だったが、魔力の薄いこちらの世界では稀少レアなようだ。


「できるか?」


「確約は……できません……ですが!この金属で武器を造りたいという欲求は抑えられません!」


「わかった。では、お前に頼もう。俺はリオニアスの冒険者ギアだ」


「ありがとうございます!私はグランドレンの鍜治師デンターです」


 聖都サンラスベーティアに近いことから、工業都市グランドレンもまた本格的な魔王軍の侵攻を免れた街である。

 とはいえ、大陸の工業の中心ということで飛天空軍による空襲が何度か行われた。

 この数年の発展を見ると、たいした効果はあがってなかったようだ。


「調子がいいなら、さっそくパリオダ鉱床跡に行くぞ」


「ええ。大丈夫です。それにしても本当に良かったです。マルツフェルで聞いた噂だと、このへんにドラゴンが現れたとかなんとかで、戦々恐々してたんですよ」


「ドラゴンが?」


 そんな噂は聞いたことがなかった。

 そもそもドラゴンの生息域はここより、さらに高地の深い山々だ。

 こんなところまで降りてくるはずがない。

 魔王軍の竜王騎軍も敗戦後に魔界へ撤退しているはず。

 あるとすれば野良のドラゴンだが、そんなものがこのあたりにいるとは聞いたこともない。


 だが、見たこと聞いたことが全て正しいとは限らない。

 マルツフェルという商業都市で話されている、ということはなんらかの情報を誰かが握り、そして噂として広げようとしているのではないか。


 一抹の不安を抱えたまま、俺はデンターと共にパリオダ鉱床跡に向けて出発した。

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