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68.それはひとめぼれです

 リオニアスの冒険者ギルドに籍を置く、三級冒険者パーティ“ブロークス”は旧パリオダ領に来ていた。

 かつてのニブラス王国、あるいは魔王軍との国境付近だ。

 魔王軍の撤退と共に、身を蝕む障気は消え失せ、普通に人も往来できるようになっていた。


 とはいえ、まだまだ魔王軍への恐怖は根深い。

 ここに住むものはまだいない。

 普通の人は。


「パリオダ鉱床跡は異変なし、か」


 “ブロークス”のリーダーである青年、オクスフォーザは寒くなってきた外気にぶるりと震えながら、その鉱床の跡地を眺める。

 半年ほど前に、討伐された盗賊団の拠点だった場所だ。

 百人規模の盗賊団だったらしいが、ほとんど討伐されている。

 オクスフォーザらもここへは、定期的な確認作業をしに来ただけだ。


「リーダー、次の砦に行きますか?」


 若い男性メンバーが尋ねる。


「そうだな……次は、アケチロンド砦か。あそこはなあ」


「ああ、そういえば新しい盗賊団の噂ありますね」


 メンバーの言うとおり、アケチロンド砦は盗賊団の拠点の可能性が高い。

 噂もあったし、ギルドから注意してほしいとも言われていた。

 元々、アケチロンド砦は地方領主の小さな街があったところだ。

 それなりに栄えていたが、魔王軍の侵攻で領主が逃げ出し、民衆も逃げて廃墟となった場所だ。


「近くにある偵察用の洞窟で中の様子を調べてから、だな」


「了解です、リーダー」


 ブロークスは、荷物をまとめてアケチロンド砦へ向かった。



「おかしい」


 と言い出したオクスフォーザに、メンバーたちは同意を示した。

 アケチロンド砦から見つかりにくい場所に掘られた洞窟の中で、だ。

 ここは、魔王軍の侵攻時に偵察用に作られたいくつかの拠点の一つだった。

 付近の砦の様子がわかるように小高い丘の中腹に掘られ、周囲を偽装しているので、リオニアスの住人以外には知られていない。

 とはいえ、魔王軍の暗黒騎士は優秀なのでこのあたりに人間の偵察拠点があることは承知していた。

 逆にその拠点に潜む斥候相手に偽の情報を流そうか、という作戦案もあった。

 実行はされなかったが。


 さて、この拠点に潜むオクスフォーザらはアケチロンド砦の異変に気付いていた。

 盗賊団のいる噂のある廃砦のはずだった。

 だが、そこは土地が整備され、城壁は修復され、砦内の街もある程度住めるようになっているように見える。

 だが、それも予想の範囲内だった。


 一番おかしいのは、そこから人の気配がまったくしないことだ。


 盗賊団が砦内に潜んでいる可能性はあるが、城壁に見張りすら置かないというのは考えにくい。

 そう思ったオクスフォーザは密偵スカウトの若者を、砦へ送り出した。

 四級かけだしの冒険者だが、身のこなしはもう一人前と言ってもいい。

 様子を見てくるのに最適な人物だった。


 その密偵スカウトが慌てた様子で帰ってきた。


「どうした?」


「大変だ、リーダー!中は、中は死体だらけだ!」


 そこで、思い出したようで密偵スカウトは吐いた。

 酸っぱい臭いが拡がるが気にしていられない。


「死体……どういうことだ……!?……お前、けられたな?」


「え?」


 密偵スカウトは自分が追けられていたことに気付いていなかったようだ。

 嘘だろ、と呟いた彼とオクスフォーザたちの前に、黒、が現れた。


 頭部だけ露出した黒い甲冑。

 王国の騎士が使うような動きづらそうなプレートアーマーと違って、鎧の継ぎ目が軟質素材でできているようだ。

 その柔軟性が、鎧をまとっているにもかかわらず密偵スカウトを尾行できた秘密だろう。

 顔は美少女といっても差し支えない顔立ち、こちらを見る黒い瞳は好奇心をたたえた猫のようだった。


「俺達はー」


「質問に答えて」


 オクスフォーザの声を遮るように、静かにしかし強く彼女は声を発する。

 これ以上、彼女を刺激するとマズイ。

 オクスフォーザはそう直感した。

 この雰囲気には覚えがある。

 あの、一級冒険者がはじめてリオニアスの冒険者ギルドを訪れた時のことをオクスフォーザは思い出していた。


 気を抜けば殺される。

 機嫌を損ねても殺される。

 それはメンバー全員が肌で感じ取ったようだ。


「聞こう」


 交換条件を持ち出そうものなら、今は納刀している黒い鞘の中身がひらめいて、ここにいる全員を横に真っ二つにしかねない、とオクスフォーザは判断した。


「あー、やっと話が通じる人に会えたよ」


 やはり、とオクスフォーザは自分の判断の正しさに安堵した。

 だが、今も背中には冷たい汗が流れている。


「何が、聞きたいんだ?」


 自分が、数ヶ月前にリオニアスを訪れた英雄の“黄金”ティオリールに会って以来の緊張をしていることを、オクスフォーザは実感した。

 まさか、本当に英雄級の騎士が目の前にいる、というのか?

 こんなに、自分より若い娘が?


「リオニアス、っていう場所に行きたいんだけど」


「!」


 見るからに禍々しい鎧を身につけた少女が、リオニアスへ?

 厄介ごとの予感しかしない。

 しかし。


「リオニアスの場所なら知っている」


「ほんと!?」


「ッ!……リーダー!?」


 メンバーの一人が咎めるような目でオクスフォーザを見ている。

 彼もわかっている。

 こんなものがリオニアスに入ったらどんな問題が起こるか。


「なぜ、行きたいんだ?」


「あのね。大事な人に会いに行くの」


 その時浮かべた笑顔にオクスフォーザは心を打たれた。


「リオニアスは、この街道を南に少し行ったところにある大街道の先にある。徒歩で二日ほどだ」


「ありがとう!私なら、1日で行けるね。じゃね」


 鎧をまとっていると思えぬ速さで、彼女は南へ走り去ってしまった。

 彼女が見えなくなると、オクスフォーザは腰が抜けて立てなくなった。


「すまない。みんな」


「……いや、仕方ないです。あれは……おれたちでは勝てないですよ」


 単騎で、三級冒険者パーティが倒されるイメージを全員が感じていた。

 オクスフォーザが命惜しさにリオニアスのことを話してしまったのも仕方ない、とメンバーは慰めた。


 だが、オクスフォーザが話してしまったのは命惜しさからではなかった。

 微笑んだ彼女の笑顔に、心を奪われてしまったからだった。

 ただ、そのことは胸の奥にしまっておくことした。


「誰か、伝声筒を持っているか。せめて、リオニアスに何が来るか伝えないと」


 オクスフォーザに、密偵スカウトの青年が頷き、背嚢からリオニアスまで届く高性能の伝声筒を取り出す。

 本来、高価なこのアイテムは本当の窮地に陥った時に使おうと持ってきていたものだったが、今はまさに窮地のはずだ。


「もしもし、こちら“ブロークス”。旧魔王領から来たらしき暗黒騎士が、リオニアスへ向かった。既に盗賊団一つを壊滅させている。できればギア殿を呼んでくれ」


 伝声筒が伝えられる限界まで、オクスフォーザは情報を詰め込んだ。

 向こうで、声を受け取った者が、息をのむ感じがしたから緊急性は伝わったであろう。


「あとは、向こうが上手くやってくれればいいが」


 オクスフォーザら、ブロークスのメンバーが移動を開始できるようになったのは次の日の朝だった。

 それほどまでに、精神が受けたダメージは大きかったのだった。


 そして、リオニアスの混乱はさらに深まることになる。

 一級冒険者ギアの不在によって。



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