67.じゅもんえいしょーがく(思考停止)?
「そもそも、魔導学園ってニューリオニアに移転するって話でしたよね?」
「ああ、そうだったな」
元“メルティリア”の魔法使いで、リヴィの魔法の先生であり、魔導学園の研究員であるバーニンは今日も気だるそうに答えた。
ニューリオニアへの遷都によって様々な機能がリオニアスから移転していった。
魔導学園もその対象であったが、機能が移転する前に魔王軍の侵攻が終わり、さらに移設に関して魔導卿の不正があったため、移転そのものが立ち消えになっていた。
“黄金”ティオリールの強制調査によって発覚した魔導卿の不正は、ニューリオニアの建設業ギルド、商人ギルドを巻き込んだ大事件に発展、魔導卿の罷免をはじめとして、逮捕される者が続出した。
ちょうど、リヴィたちがタリッサと渦の調査にでかけ、ギリアで戦っていたあたりのことである。
その騒動で、多くの学園の生徒が他国の魔法教育機関に転籍したり、退学したりということがあったため、生徒数が激減。
そのため、リヴィやナギが選ばれることになった。
「で、結局、新校舎を建てる金も横領されていてな。まともな建物も無くて、リオニアスの校舎をそのまま使うことになったんだよ」
リオニア王立魔導学園は、政府の意向に右往左往したあげく、元のままということになったのだ。
「じゃあ、ニューリオニアには行かなくていいんですか?」
「だろうな。ただ魔導学園は全寮制だ。出入りも難しくなる。そこだけは承知していた方がいいな」
「そう、ですか」
「よし、ならば勉強の時間だ。ある程度の基礎がなければ学園でやっていけないからな」
「え、やっぱりですか」
「何しに来ているんだお前は。いいか、今日は呪文詠唱学だ」
「じゅもんえいしょーがく?」
「魔法を使う時に唱える呪文と、その唱え方についての学問だ。魔法使いにとって基礎の基礎だぞ」
「きそのきそ」
「例えば、いつもの火球の呪文だ」
「炎の女神よ、我が声を聞き届け、その燐光の欠片を我が手に、ですね?」
魔法名まで言ってしまうと、魔力が消費されて魔法が発動してしまうので、そこまで言わない。
「そうだ。ここで言う炎の女神とは誰のことだ?」
「へ?」
この世界で敬われる神々は主神である暁の主ラスヴェートをはじめ何柱かいるが、リヴィはこの呪文に入っている女神のことは知らなかった。
「炎帝ジェナンテラだ」
「あ」
炎帝、あるいは炎の翼の女神と讃えられる神である。
魔法の使い手とも知られ、霊鳥“朱雀”を使役しているという。
“恐るべき弓”の神キースの妻でもある。
「このジェナンテラ様の力の一片を借りて、炎の玉の形で投げつける魔法、それが“火球”だ」
「ということは、ジェナンテラ様から借りるということを意識する、ことが大事ですよってことですか?」
「そうだ。だが呪文の詠唱において、その借りる相手が隠されている場合もある、ということも覚えておけ」
「借りる相手が隠されている?」
「そう。例えば、“来たれ、来たれ、翼、我が手によりて風をも焦がせ”という呪文がある。ちなみにこれは“炎羽”、範囲内高威力火炎魔法だ。では、これを司る神は誰だ?」
「え、ええと。炎で、翼で、あ、羽!これもジェナンテラ様ですね?」
「その通り、では次だ。“焼き尽くす咆哮、烈火の眼光、我が手より連なり貫け”、超高威力単体火炎魔法“焦熱牙”の呪文だ。これはどうだ?」
「なんか、さっきまでと雰囲気違いますね。言葉が強い気がします」
「そうだな。それは大きな特徴だ」
「キーワードは咆哮、眼光、そして牙。これは鳥のイメージであるジェナンテラ様のものではない……だったら?」
炎を司る神はジェナンテラ様だけではない。
「そう、かの女神ではない、としたら」
「この特徴は、もっと力強いモノ。咆哮を放ち、鋭い眼光と牙……ドラゴン?」
「近いぞ」
「竜神エルドライン、ですね?」
この神は古い神の一柱である。
その名の通り、竜の神だ。
伝える神話によって、その立場を変えるとされるがほとんどの場合、暁の主の配下にいることが多い。
竜の女神で、武神であるアリサ神の義父と伝えられる。
「正解だ。この魔法はドラゴンの使う魔法を人間用にしたもので、高威力だが魔力をかなり消費する。このように同じ炎の魔法であっても借りる相手が違うことも覚えておけ」
「はい!」
元気よく返事をするリヴィ。
その後も、魔法の勉強は続くのだった。
迷うより、まずは覚えろ、とリヴィは自分に言い聞かせた。
冬が近くなると、火事が多くなる。
と、よく言われる。
空気が乾燥するから、火がつきやすく、回りやすい。
リオニアスの衛兵の中の一部署である火付盗賊改係は、例年通り秋冬の火災に備えていた。
だが、今年は例年以上に火事が多い。
係員だけでは対応しきれず、一般衛兵の手も借りて消火活動に当たっていた。
市民から募る対火義勇隊や、冒険者ギルドの水魔法の使い手も動員していた。
「昨日だけで三件だぞ」
火付盗賊改の係長のオンヘルムは、地図に記された火災を示すマークをつけたしながらため息をつく。
三つ、新たに加える。
「大分、リオニアスに近づいてきてますね」
係員の一人が地図をみながら口を開く。
彼の言うとおり、火災はまるで移動しているかのようにリオニアスに近づいて来ている。
「偶然、だろうがよ」
「でも係長」
「火災が移動するわけねえだろう?」
当たり前だ。
火事は、そこに燃えるものと燃やすものがあるから起こる。
火が移動している?
そんなバカな、とオンヘルムは思う。
「放火犯がいる可能性も、ありえますよね?」
「む、むむむ」
「調べて見る、ことは出来ませんか」
もし、これが偶発的な火事なら人員を投入して一つ一つ消火するよりないのだが、放火している者がいたとしたら……それを止めれば問題の一部は解決するはずだ。
「しかし、人と金が、な」
ギルドに依頼し、賞金首扱いにすれば追ってくれる冒険者はいるはずだ。
だが、その金もない。
冒険者ギルドはもちろん、義勇隊へも多額の謝礼を払っているが、それに加えて依頼をするとなると尽きかけている予算が枯渇してしまう。
「ですよ……ね」
「国には頼れないんですか?」
別の係員も手を上げ尋ねる。
「追加の予算執行には時間がかかる。それに、ただでさえ衛兵には金がかかって財務の財布が渋くなってるって話だ。魔王軍との戦いの後始末も、まだまだ済んでねえしな」
「そんなこと言って、リオニアスが燃えちまったら何にもならんですよ」
係員のモチベーションも低い。
消しても消しても、また次の日にはどこかで火事が起こる。
荘園領主の小屋、森の一角、鉱山労働者の小屋、脈絡もなく燃えそうな場所が燃えている。
「このことは既にリオニアスの評議会には伝えてある。何かしらの手は打ってくれるだろう」
としか、オンヘルムには言えない。
ある意味、王国より資産が潤沢なリオニアス評議会なら、なんとかしてくれるのではないか、と淡い期待をオンヘルムは抱いていた。
リオニアスの城壁の近くにある農場で小火があったのは三日後のことである。




