66.ただ愚直に剣の頂を目指して
「シッ!」
朝焼けの森の中で、俺は一心に木剣を振るう。
素振り。
それこそが剣術の基本であり、また奥義である、と師匠の剣魔は言っていた。
正面切り、右袈裟、左袈裟、右の逆袈裟、左の逆袈裟、右からの横胴、左からの横胴、下からの逆切り、正面への突き。
この九パターンの切り方を、何度も何度も繰り返す。
一つの剣を三十度繰り返せ。
一日でも休まず、ただ愚直に繰り返せ。
汗をかかなくなった時、その剣の頂きが見え始める。
と、師は言った。
それがどういうことか、教わった時にはわからなかった。
それから数十年、実戦と実践を経て、師のその言葉の意味がおぼろげながら掴めてきた気がする。
ある意味では、魔法と同じなのだ。
呪文を暗記し、魔力を込めるタイミングすら把握し、研鑽に研鑽を重ねて、魔法はようやくその本性を現して、その者に協力し、契約に至る。
剣術もそうなのだ。
毎日の素振りを経て、剣筋を把握し、力を込めるタイミングを知り、剣を握って実践する。
それを何度も繰り返すことで、剣を使う術が身に付くのだ。
汗をかかなくなった時、つまり、素振りをし始めたときは剣を振るだけで汗だくになるが、力を込めるタイミングを把握し、その一点だけ力を入れることで余計な力を使わず、汗もかかなくなる、ということを意味する。
だが、それでも剣の最終到達点である頂きが見え始める、でしかない。
だから、俺は愚直に繰り返す。
剣を振り続ける。
今日は、昨日の依頼の続きである森の調査だ。
リオニアス付近の森は、獣魔軍団の野営地となっていたため、今もその残党の拠点になっているのではないか、という疑念が消えない。
なので、その疑念を払拭するために森の調査という依頼が冒険者ギルドに来ているのだ。
とはいえ、リオニアスを襲撃したジレオンのリオニアスタンピードでほとんどの魔獣が命を落としたし、生き残りも魔界へ撤収したはずだ。
そういうことで、危険度は言われているほどではない安全な仕事ではあった。
昨日は、野生の猪を倒したため、肉を持って帰ってリヴィと一緒に食べた。
一応、猟師に確認したら自分で捕ったら持ち帰っていい、と言われている。
この確認を怠ると密猟扱いになることもあるらしい。
森の恵みは領主のもの、という考え方が基盤にある。
密猟は領主のものを盗んだという扱いになる、のだという。
それはさておき。
リヴィも色々悩んでいるようだ。
魔導学園への入学。
それ自体は素晴らしいことだ。
リヴィには色々な知識を得てほしいし、魔法使いの道を進むならちゃんとした指導者は必要だ。
冒険者なんて危ない仕事はしなくてもいい。
俺は楽しいし望んだ仕事だから良い。
だが、リヴィやバルカーのように迫られてやっているのはまた違うのだ。
冒険者は危険な仕事だ。
怪物と戦い、罠だらけの遺跡を巡り、見つけた財宝の取り分でもめるのは日常茶飯事。
仲間はどこかで死ぬし、あるいは依頼人もたまに死ぬ。
村人に恨まれるのはしょっちゅうで、衛兵に睨まれるのも多い。
荷運びの簡単な依頼が密輸だったり、護衛の対象が犯罪者だったなんて話も聞く。
本人が望まない限り、そんな仕事はしないほうがいい、と俺は思う。
雑念が入ったことで剣の振りが乱れる。
こういったちょっとのことで、斬れるものも斬れなくなる。
それは剣の修行において大敵だぞ、とも師には言われたことがある。
師の教えは、彼がいなくなって初めてわかることが多い。
故に、俺は剣を振り続ける。
ただ愚直に、頂きを目指して。
最近、ドアーズは別々に依頼を受けることが多い。
それはまあリーダーのギアが強すぎるから、だ。
なんでも、ギアが解決してしまっては個人の実力は上がらない。
あとは、全員で行動するとリヴィがいつもギアの側にいるから、とかいう裏の理由もある。
ギアが一人で森の調査をしているのも、そのせいだった。
リヴィは魔法使いになるべく、勉強の日々。
バルカーとポーザは三級の依頼を受けて冒険に出ている。
ナギは三年のブランクを埋めるべく、勉強と修行をしている。
金には余裕はある。
ギリアと渦の依頼を遂行したことで、勇者一行の“藍水”タリッサから多額の報酬をもらっていたのだ。
日々の生活費を稼ぐためなら、ギアともう一組が簡単な依頼をこなせばなんとかなる。
「なんとかなるのは冒険者として、どうなんだろうな?」
「毎日食うや食わずやの生活をしたいの?ボクは嫌だけど」
「ゴブコブ」
「フェアー」
リオニア王国の西部、五百年以上前に栄えた旧リオン帝国の遺跡群が眠るこの地でバルカーとポーザ(と使い魔の小鬼と妖精)は発掘隊の護衛任務についていた。
野盗の類や野犬、野良怪物などから発掘隊を守ったり、発掘隊が発掘した遺跡の守護者を倒したり、結構仕事はある。
ポーザは小鬼と妖精を常時召喚している。
ギリアでの戦いで、結構上位の召喚を連続して行った時に、全力を使い果たしてしまった。
戦闘後だったため、ギアにおんぶされるという幸運にも恵まれたわけだが、よく考えると二級冒険者なのにそれってどうなの?と考え込んでしまうことになった。
その反省を踏まえて、常にある程度魔力に負荷を与えることで、魔力最大値の上昇と魔力制御を上手くすること、召喚をスムーズに行うことをまとめて練習しているというわけだ。
理論上、魔力は無限に成長する。
肉体的な限界がある筋力とは違って、魔力は魂の力。
魂の鍛練に限界は無い。
だから、ポーザは鍛え続ける。
今日の襲撃者は牛頭人だ。
見た目は牛頭を持つ筋肉質の男という感じだが、実際は迷宮の守護者として人工的に造られた亜人である。
ここのような遺跡に多く配置され、今もその大半が生き残っていると言われる。
そのため、ダンジョン化した遺跡に取り込まれることも多く、主化したものは牛頭鬼と呼ばれ、恐れられている。
今回襲ってきたのは、近くの遺跡に潜んでいたようで、発掘隊を盗掘者と誤解して守護のためやってきたようだ。
「実際、発掘と盗掘の違いってなんだろうね」
ポーザの疑問にバルカーは「偉い人が決めるんだろ」と答えた。
「それもそうか」
とポーザは納得してしまった。
「接敵、牛頭人二体。戦闘準備!」
バルカーの声にポーザは「準備完了!」と答える。
「来るぞ!」
一体の牛頭人が手にした棍棒をふり下ろす。
「ゴブさん!」
ポーザの指示を受けた使い魔小鬼が牛頭人の前に出て、木の盾を掲げる。
牛頭人は馬鹿にしたように鼻息を吹いた。
そんな貧弱な盾で、棍棒を受け止められるものが、とでも言うような様子だ。
そして、実際棍棒は木の盾を粉々に打ち砕いた。
だが、思ったより軽い衝撃に牛頭人はバランスを崩した。
盾を掲げていたはずの、小鬼の姿がない。
「!?」
「よくやったゴブさん」
小鬼のゴブさんは木の盾を目眩ましにして、牛頭人の攻撃を誘い、自分は攻撃が当たる前に退避していたのだ。
咄嗟の行動ができない牛頭人の眉間に、バルカーの拳が 直撃。
そのまま、一体目の牛頭人が昏倒する。
この間、ポーザと妖精が、何をしていたかというともう一人の牛頭人との戦いだった。
まあ、これは戦いではなかった。
妖精は幻惑魔法をかけて、相手を混乱させてポーザが刺す。
ただ、それだけだ。
というわけで、今回の戦いも無事クリア一したわけだ。
勝ちどきをあげるバルカーを見てポーザは思った。
「牛頭人を一撃で倒すなんて、ますます強くなってる。これはボクも足踏みしてらんないな」
 




