65.ドラゴンの洞窟にて、彼女は遭遇する
「王都のことはよかったのですか?」
「ええ、破刃がいますから」
と、配下の騎士の質問にレインディアは答えた。
「ああ、リギルード様ですね」
「ええ。四破騎士が二人になっても、彼がニューリオニアにいればなんとかなります」
「確かに」
と、その騎士は頷いた。
微妙に失礼な感じである。
リオニア王国の軍務卿直轄の王国騎士団は、現在王国南部にあるアルシア山の調査に団長であるレインディア自ら来ていた。
本来の騎士団の任務の範囲からは外れるが、王国並びに王国騎士団の権威が落ちている現在、少しでも国家の役に立つことをしなければならなかった。
このアルシア山は、数ヶ月前から“黄金”ティオリールに指示されていた王国騎士団改造計画の一部である。
その計画のもと、順調に騎士団を掌握し、団長としての名声を高めつつあるレインディアだが、大きな宿題がいくつかあった。
その一つが、このアルシア山の調査だった。
標高1600メートル。
けして高い山ではないが、訪れる者は少ない。
なぜなら、ここはドラゴンが住むからだ。
人間界で実際に確認されている最強の生物、それがドラゴンだ。
大きな翼で空を飛び、巨大な牙と爪はあらゆる生き物を屠る。
口からは火を吹き、尻尾をふると雷鳴が起こるとも言われている。
そのドラゴンの一翼である邪竜コロロスがこの山に穿たれた洞窟に住む。
邪竜とは呼ばれているが、実際に何かをされたというものは実は少ないと聞く。
財宝を求めて、竜の巣に入り込んだ愚か者だけがその将来を閉ざされる程度だ。
そのコロロスが討伐されたという報告があったのは、三年前だ。
討伐したのは二級パーティ“メルティリア”。
その直後に発生した魔王軍の侵攻に際し、リオニア王国は秘密裏に彼らを騎士団に編入し、裏仕事をさせた。
以来、騎士団の中では“メルティリア”とは裏仕事専門班として知られることになる。
騎士になる資格を持たない者や、不祥事を起こした騎士が一時的に所属するような後ろぐらい場所。
それが“メルティリア”だった。
数ヶ月前のリオニアス襲撃で、その事情を知ったレインディアは“メルティリア”についても調査を開始した。
そして、その背後にいる存在を知ることになる。
「どう考えてもおかしかったんだよね」
「何がですか?」
「“メルティリア”、特にリーダーのフレアの力がね」
非公式ながら、暗黒騎士に傷を負わせたという事実がある。
勇者一行以外では、よほどの力を持たなければできないことだ。
「暗黒騎士、にですか?」
それを知った騎士は驚く。
ニブラス王国をわずかな期間で簒奪した暗黒騎士の実力を、騎士階級にある程度の者なら知っている。
「ええ」
「嘘……じゃないんですよね?」
「残念ながら」
この生真面目な団長が、嘘をつくのが苦手なことを騎士団員なら誰でも知っていた。
「じゃあ、団長はここにいたドラゴンがその力に何か関わっていると?」
「その可能性は高いと思います」
フレアは感情の高ぶりを魔力に変換する魔法をかけられていたそうだ。
そして、精神がドラゴンによって汚染されていた。
怒りが力を呼び、さらなる怒りを呼ぶ。
それは、一時的に暗黒騎士に匹敵するものとなった。
その力は危険だ。
激しい感情の高ぶりで強さが可変するなら、誰でも凶悪な戦士と成りうる。
それは、王国の治安を維持する者として避けたい。
というわけで、レインディアと配下の騎士数人はアルシア山の竜の洞窟にやってきたのだ。
「ここからは警戒を厳にして行くぞ」
「え?団長、ドラゴンは討伐されたんですよね」
「いや、ドラゴンに詳しい知人から、死んだふりをしている可能性を指摘された」
「ドラゴンが生きている、ということですか?」
「ああ、もしそうなら、なんらかの交渉はできるだろう。もしいなければそれはそれでいい」
アルシア山は岩の山だったが、洞窟内は滑らかな鉱石でできていた。
人にはこんなものは作れない。
おそらくはドラゴンの工作だろう。
ピカピカに光った通路は、今できたてのようにほのかに暖かい。
今、できたてなのかもしれない。
と、レインディアは思い至る。
来訪者が歩きやすいように、この洞窟を調整したのだとしたら。
『さあ、来たれ』
頭の中に直接突き刺さるような、言語の塊。
「いる……」
全員、緊張していた。
この奥にはドラゴン……もしくはそれに類する上位存在がいるのだ。
洞窟の奥。
そこは開けた空間になっていた。
地下の奥底のマグマが透けているかのように、赤く色づいている。
そこに、何か巨大なものが、寝そべっていた。
赤い体躯。
大きさは小山ほどもある。
全身を赤い金属のような鱗が覆っている。
「コロロス……」
誰かの呟きに、ドラゴンはピクリと反応する。
ぬうっと首を動かして、巨大な顔でこちらを見る。
『ふふうむ。レベル32、24、21、23』
ドラゴンは最初に、レインディアを見て、順番に騎士らを見渡してそう思考を飛ばしてきた。
「レベル?」
『その者の力量を数値に現す手法よ。まあ、こちらにはほとんど伝わっておらん。試しに来る者もいるが、まあレベルが低い』
強さを現す指標、なのだろう。
「それで、私は32と言ったか。ドラゴンの目から見て合格かな?」
レインディアの言葉に、ドラゴンはふんと鼻をならした。
『ギリギリ及第点といったところか。連れの者らは皆不合格だぞ』
「そ、そうか。合格なら、何かしてくれるのか?」
『ふむ。それを知らずに来たか……』
ドラゴンはぬっと立ち上がる。
小山はさらに大きくなり、広い洞窟いっぱいにドラゴンが満ちる
。
『ここは、試しの場。ドラゴンは挑戦者を試し、その者が真にドラゴンになるべき人間か、判定するのだ』
「え……人間がドラゴンに?」
『伝承は廃れ、ここは単なる竜の住処としてのみ伝わる……だがしかし、ここに挑戦者あり、ここにドラゴンあり、今こそ試練を始めるときぞ!!』
高らかに咆哮をあげたドラゴンに、レインディアは言った。
「とりあえず、話をしませんか?」
リオニアスでの経験を経て、彼女も自分のペースを掴みつつあった。
上位存在の一体や二体、こちらのペースに巻き込むことなど容易なのだ。
あの暗黒騎士のことを考えれば。
『……なかなか変わった人間だな』
「誉めていただきありがとうございます」
『いや、誉めてない』
「で、話というのは」
『マイペースだな』
ドラゴンのセリフはとりあえず無視して、レインディアは話始めた。
ちなみに、ドラゴンに一歩も怯まず交渉をはじめた団長のことを、騎士団員たちは尊敬しはじめ、やがて崇拝にまで至るのだが、ここではそこまで言わないでおく。
「三年ほど前にここに来た冒険者が、そこにいたドラゴンを倒した際に妙な魔法をかけられたようでして、そのことについて何かお話が聞けるかな、と」
『三年前……前任者の領分だな』
「やはり、あなたではない、と」
『さよう。前任者が失踪したため、我がここに竜界から赴任したのだ』
「竜界……竜の住む世界ですか?」
『人が知るべき知識ではない。ましてや、ドラゴンにならんとする者でないのならな』
「わかりました。では話を戻して、その冒険者やかけられた魔法についての情報はない、と?」
『確かに我はわからぬ。ただ見当はつくがな』
「というと?」
『前任者はかなり性格が悪くてな。討伐されたふりというのを何度かやって、その度に油断した生き物をがぶりと食べていた』
「擬態みたいですね」
『きゃつは虫扱いするな、とか言いそうな気がするな』
「ということはやはり、メルティリアは謀られた?殺したと見せかけて、精神魔法を使って自分の支配下に置こうとしたのかも」
『おそらくな。奴は精神干渉魔法が得意だったはずだ』
「そして、その詳細を聞くには、この失踪したドラゴンを探す必要がある、と?」
『その通りだ』
「となると、騎士団だけでは不安があるな」
脳内に思い浮かべた冒険者に依頼を出そう 、とレインディアは考えはじめた。




