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64.肩ごしの約束

「というわけで、リヴィエールさんに王立魔導学園に入学してほしい、と」


 冒険者ギルドの一室に呼び出されたリヴィは、魔導学園の講師だというマドスベルという初老の男性にそう言われた。

 輝く頭皮が特徴的だ。


「はぁ」


 としか答えられないのは、全然実感がわかないからだ。


 リヴィはまごうことなく、庶民の出である。

 リオニアス兵団に所属していた両親のおかげで一軒家を持ってはいるが、それ以外の財産などない。

 そして、魔導学園をはじめとした教育機関は貴族の子弟が入るものだと決まっている。

 なぜ、リヴィが?

 という問いはリヴィエール自身が一番思っていることだった。


 保護者代わりに同席していたユグドーラスが、マドスベルに話しかける。


「入学を薦める目的を話さねば判断もできぬじゃろう?」


「これは確かに、“白月”翁のおっしゃるとおり」


「翁はやめてくれんかのう。年をとった気がするわい」


「はは。では、リヴィエールさん。当校が貴女に入学を薦めているわけは、貴女の才能にあります」


「さいのう……ですか?」


「はい。先日のギリア解放の報告書を読ませていただきました。火球ファイアボールと契約し、最大威力の魔法として火球ノヴァスフィアを放ったこと。その一点、で我が校に入学する資格を有すると判断いたしました」


「そう、ですか」


 あのときは無我夢中で、今まで詠唱していた火球の呪文がスッと頭の中で処理された感じになった。

 そして、放ったらアレになっただけなのだ。


 その後に見た夢で誰かに会った気もするがよく覚えていない。


「ふむ。リヴィエールよ、この男はのう。お前の力が正しく成長するよう手助けしたいのだよ」


 ユグドーラスが白髭を撫でながら言った。


「わたしの力が正しく成長するように?」


「うむ。独力で魔法と契約するというのは、百年に一人の才能よ。それが埋もれたままだというのが惜しいのよ。のうマドスベル?」


 初老の講師は頭を掻いた。


「ははは。お見通しですか」


「もし仮に入学する場合、学費はギルドで半分出そう。学園の方でも支援はあるゆえ、金銭的な心配はないはずじゃ」


 じゃろう?とユグドーラスはマドスベルに言った。


「それは後ほど説明しようか、と」


「まあ、すぐに決めることもないじゃろう。来期の入学になるはずゆえな」


「来期……来年の春、ですか?」


「ええ。実務上の手続きがありますから、遅くとも最終月までに返事をいただければ」


「パーティリーダーや友人にも相談せねばなるまい?」


「はい、そう、ですね」


 それから、ユグドーラスとマドスベルは話し合い、少ししてから初老の講師は去っていった。


 ギルドの休憩所にいたナギにその話をした。


「私も誘われましたわ。もちろん、了承しました」


「了承したんですか?」


「ええ」


 とナギは答えた。

 リヴィを訪ねる前に、ナギのもとへもマドスベルは訪れていたらしい。


「わたし……誉められたのはうれしいんですけど、なんだか不安で」


「不安?魔法使いたるもの一度は魔導の学徒となり、その門を潜るもの。私は三年ブランクがありますから、魔法そのものを学び直すよい機会だと思いまして」


「魔法使いは魔法の教えを受ける、もの、なんですか?」


「ええ。普通、両親のどちらかが魔法使いでなければ、本格的な魔法の修養はできませんから。専門的な教育機関に属するのは至極当然かと」


 それもそうか、とリヴィは思う。

 確かに、リヴィは火球と契約した稀有な才能を持つ魔法使いだ。

 しかし、それは契約魔法を含め教えてくれたギアと、魔法の基礎を教えてくれたバーニンの二人がいてこそ、だ。


 この先、魔法使いとしてやっていくためには本格的な魔法の知識は必須だろう。


 ナギに礼を言って、リヴィはギルドの建物を出た。

 そして、バーニンの家へ向かう。


「俺が推薦したからな」


 と、いつもの茶色のローブを着て億劫そうにバーニンはそう言った。


「バーニンさんが?」


「物事は順序だてて筋道をたてて行くものだ。魔法の勉強をしないものは魔法使いにはなれない。普通はな」


 目を合わせないで喋るのは照れ臭いのを隠しているからだ、と元パーティにいたポーザはバーニンのことをそう話していた。


「わたしに才能があるから、とかですか?」


「才能?そんなものはこの世に存在しない」


 何かを、馬鹿にしたような顔でバーニンは鼻を鳴らした。


「はえ?」


「血の滲むほどの努力、それだけが本物を造り上げる」


「練習しないでパッとやっちゃう人もいると思うんですけど」


幸運的初心者ビギナーズラックはあるだろう。だが、そんなのは偶々だ。同じ事を何度やってもできるというのが、本当のそいつの実力だ」


「そうなんですか」


「俺は学園の出身者として、確かに才能がある、と言われた部類だ。だが、そんなことを言うやつは俺の何を知っている?」


 彼の部屋に山積みになっている魔法についての資料や学術書、研究論文は確かに彼の努力の証だ。


「そうですね」


「お前の知っているあの騎士。奴は化け物だ。しかし、化け物と言われるだけの努力を積んでいることは確かだ。俺にはわかる」


 リヴィの知っている騎士といえば、ギアのことだろう。

 確かに、リヴィが大好きなギアは日々の修行を怠らない。

 休んでいるのを見たのは、ギリアから戻るときの航海中くらいのものだ。


「わたし、学園に入ります」


「ああ、そうしろ」


 バーニンの部屋を出て、帰り道。


 入ります、のバーニンには言ったものの、まだリヴィはどこかに不安を感じていた。

 そもそも、魔法を学ぶとはなんなのか。

 まともな教育を受けたことのない自分がなにかできるのか?


 とぼとぼとリオニアスの道を歩く。


 あたりはすっかり夕飯時で、そこら中でいい匂いが漂っている。

 終戦から半年あまりで、すっかりリオニアスの食料事情は改善した。

 魔王軍の撤退と、ニューリオニアとの関係改善、そしてマルツフェルとの交易再開。

 それらがこの半年で起こったために、一気に良くなった。

 お肉にお魚、香辛料、野菜も新鮮、穀物もたくさん。

 ニコがいつも楽しげな顔で料理を造っているのを、よく見ている。


 そんな幸せな光景の中で、リヴィは自分が一人ぼっちなのに気付いた。


 逃げるように、その場を離れる。

 楽しげな家族の会話を聞いていたら、心が痛い。


 急に走って、転ぶ。


 乾いた地面に激突すると、肘と膝を擦りむく。

 傷はじくじくと痛み、なんだか情けなくなってくる。


 泣きそうになった。


 立ち上がって、早く帰ろう。

 心配かけちゃいけない。

 わたしはいつだって、にこにこ笑顔でいなきゃだめだ。


「リヴィ?」


 なのに、一番、笑顔を見せていたい人にこういうところを見られてしまうのだ。


「ギアさん……」


「どうした?転んだのか?」


 今日の獲物らしき、何かの肉が入った袋をどさりと置いてギアさんはわたしの手を取った。


止痛拝急急如律令いたいのいたいのとんでいけ


 何か呪文らしいものを唱える。


「……なんて言ったんですか?」


「なに、軽い痛み止めだ」


 そう聞くと、なんだか肘とか膝の痛みが薄れた気がする。

 ギアさんは、私を背中にかつぐ。


「ひぇ」


「暴れるな」


「で、でも」


「ん?ああ、往来でおんぶされて恥ずかしいか?すまんな、気が利かんで。だが、無理に動かすと悪化するかもしれんしな」


 恥ずかしいのは確かだが、なんだかそれ以上に暖かくてわたしは何も言えなくなった。


 返事がないのは了承だと捉えたようで、ギアさんは歩きだした。


 今日は、バルカー君の訓練をして、午後は猟師組合の依頼で森の調査に行ったそうだ。

 そこで、森猪ウッドボアに遭遇し、倒したらしい。

 その肉を持ち帰って、保存食にするのだとか。

 先のことを考えてるんだなあ、とあらためて頼もしく思う。


「ギアさん……わたし……」


「ん?」


「魔導学園に入学します」


「そうか……良かったな」


 どうでもいい良かったな、ではなく心からの良かったな、だとわかった。


「魔導学園は全寮制だそうですよ。寂しくないですか?」


「まあ寂しいだろうな。だが、いつでも会える。同じ街にいるんだからな」


「そう……ですね」


「それに、リヴィが会いたいと言えばいつでも飛んでいく」


「それ……約束してくれますか?」


「ああ、約束しよう」


 わたしは思わず、ギアさんをつかむ手に力を入れた。


 やっぱり彼が大好きなのだ、とわたしは思った。

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