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63.二人目の暗黒騎士

 リオニア王国の辺境。

 かつてあったニブラス王国との国境付近。

 ここにはかつて大きな盗賊団が跋扈していた。

 その盗賊団はある冒険者によって討伐された。


 しかし、このご時世、盗賊という輩が無くなることはない。

 世が乱れれば乱れるほど、盗賊というものは増えていくのだ。

 税が払えず、田畑を捨てて盗賊に身をやつす者もいるし、働くのが嫌で盗んだ方が楽だと思ってなるものもいる。


 ケンドゥもまたそんな盗賊の一人だ。

 今日一日あたりを巡り、しかしその成果はない。

 最近じゃ、村の防衛意識が変わったのか。

 村の入口のを柵で囲い不審者の侵入を阻止するようにする村も増えてきた。

 また、そんな対策をしていないところはそもそも盗るものが何もないことも多い。



 ケンドゥはため息をつく。

 このまま手ぶらで帰ったら、またリーダーにどやされる。

 飯抜きも続くかもしれない。

 嫌だ嫌だと思っていても、どうせ盗賊から足を洗うことなどできはしない。

 だからケンドゥはもう一稼ぎしようと、どこかちょうどいい村を探し始めた。


「一つ教えてくれないか?」


 不意に聞こえた声に、ケンドゥはびくりとした。

 おりしも、あたりは夕暮れ。

 ここはニブラス王国を支配した魔王軍の領地だったところだ。

 そんなところに好き好んでいる人間はいない。

 自分たち盗賊や他に行くところがない開拓民くらいしかいない、はずだ。


 声の方を振り向くと、そこには小柄な影があった。


 ケンドゥは思わず一歩後ずさる。


「ひ、ひぃ」


「なあ、教えてくれよ」


 女。

 というよりは女の子。

 背がそんなに高くないケンドゥよりも低い。

 だが、異様なのはその身なりだ。

 黒い甲冑。

 腰にはロングソード。

 鞘や鍔には銀で装飾が施してある。

 よく見ると鎧の方にも銀の装飾がある。

 長い黒髪を頭頂部で束ねている。

 南洋の鳳梨パイナップルのような髪型だが、ケンドゥが知るよしもない。

 顔立ちは可愛い、もう少しすれば美人になりそうだ、と言える。

 しかし、逆にそんな子が甲冑をまとっている姿には違和感しかない。


 怖い。


 怖い、としか思えない。


「リオニアスという街に行きたいんだけど」


 これは通してはならない、とケンドゥは思えた。

 人間が止められる範疇のモノではない。


 魔王軍。


 ついにケンドゥの脳髄が、それの正体にたどり着く。


「あ、暗黒騎士……!」


「確かにそうだけど、今は関係ないよね?」


 ケンドゥは逃げた。

 もう、恐怖のあまり逃げることしか考えられなかった。

 足が動いているのが奇跡だ。


「あ……逃げた」


 足は自然と拠点へ向かう。

 リーダーにどやされるとか関係ない。

 命を奪われる恐怖に支配されて、ケンドゥは逃げ続ける。


 逃げて、走り続けてどのくらいたったか。

 もうすぐ、拠点が見えるあたりか?

 息は切れて、足はガクガクしている。

 でも、止まることはできない。


「ねえ?あわてて逃げることないじゃない?」


 心臓が止まったか、思うほどケンドゥは驚いた。

 逃げて振り切ったと思っていた暗黒騎士の女がすぐ横にいたのだから。


「うわあぁぁぁぁぁぁ!!?」


「……そんなに驚かないでよ。傷ついちゃうなあ」


 ケンドゥは逃げようとして、足がもつれて転げた。


「ひ、ひいぃぃぃ」


「怖がりすぎ。話も通じないとか、どんだけよ」


 ズバリッ、と音をたててケンドゥは動けなくなった。

 足が、血を吹き出しているのが見える。


「あ、足!?」


「なんだ、ちゃんと言葉しゃべれるじゃん。あーあー私の言うことわかりますか?」


「い、痛い!足!?」


「自分のことばっかりだね」


 這うように逃げたケンドゥは、突然顔が地面にぶつかる。

 頬に痛み、口のなかに土と砂が入ってきて気持ち悪い。


 そこで気付く。

 手がない。

 両腕が肩から切られている。


「手!?」


「もういいよ。ちゃんと話ができないなら、生きていても仕方ないよ」


 そのセリフを言い終わらないうちに、彼女は剣を振り下ろした。


「体?俺のから……だ……」


 ケンドゥが最後に見たのは首が落とされた己の体だった。


 すっかり盗賊に興味を無くした彼女は、向こうに見える砦に目を止めた。


「そういえば……隊長と一緒にこのへんの人間の拠点を潰して回ったっけ。楽しかったなあ」


 楽しい思い出に、彼女の頬がゆるみ、笑みがこぼれる。

 まあ、美少女と言っていい。

 真っ黒な甲冑と血の滴る剣を持ってなければ。


 あの砦も、その一つだったように思う。

 なら、あそこには人間がたくさんいるのだろう。

 一人一人は知らなくても、誰かは何かを知っているはず。



 その日の夕暮れ。

 ロンドアケチ砦の見張りをしていたパゾスという名の盗賊は、あくびをかみ殺した。

 明け方から勤めていた歩哨の任務も、もう少しで交代の時間だ。

 そうすれば、砦内の酒場で一杯飲むか、娼館で今夜の相手を見繕うか、まずはこの城壁から離れよう。


 このロンドアケチ砦は、打ち捨てられた大きな砦だった。

 それをここの盗賊団のリーダーが再建し、魔王軍の撤退とともに勢力を拡大した。

 商人、酒場、娼館にいたるまで揃ったそこは、小規模な街だった。


 そういえば、と外回りに行っているケンドゥが帰ってきていないことに、パゾスは気付く。

 気位が高くて、正直盗賊に向いていない気もする仲間を、パゾスは嫌いではなかった。

 リーダーに怒鳴られて、飯抜きにされたケンドゥに差し入れをするくらいには。

 また、獲物が少なくて遠出しているのだろう。

 と言って、待つにはもう遅い時間だ。


「ねえ、教えて」


 声を聞いた瞬間。

 厳密にはその存在を感知した瞬間、鳥肌がたった。


 パゾス史上最速で抜刀する。

 そりゃあ、本物の抜刀術使いには及ばないが、そのへんの兵士なら抜いた瞬間切り殺せるだろう。


 しかし、その最速も、彼女には敵わなかった。


「私だって、対早氷咲一刀流対策くらいしてるよぉ、切られる前に切る、だっけか」


 パゾスの剣が鞘から抜かれた時には、彼女の剣がパゾスを袈裟斬りしていた。

 パゾスが最期に見た光景は、返り血を浴びた美少女の笑みだった。


「誰も知らないのかなぁ」


「おい、パゾス。交代の時間が過ぎてるぞ。遅れた奴を待つのはいいが……!?……なんだ!」


 交代の盗賊が来た。

 彼女は笑みを深くする。


「ごめん。スイッチ入っちゃった」


「は!?」


 その盗賊は左肩に痛みを感じ、その直後に絶命した。

 心臓を両断されたためだ。


「ダメだ。こんな雑魚じゃ、まだ満足できないよ」


 ひらりと城壁の内部に飛び降りた彼女は、そこにいた盗賊を息をするように切る。


 後はもう見境なく、だ。

 男も女も大人も子供も老人も、軽装の盗賊も、重装の強盗も、何もかも、彼女は切り殺した。


 ロンドアケチ砦が無人になるまで一時間とかからなかった。


 かつて魔王軍が恐れられたのは、その多数の方面軍があるとか、多種多様な怪物の軍団がいたとか、ではない。

 精強無比と謳われたニブラス王国を一昼夜で壊滅にいたらしめた暗黒騎士団によるものだ。

 魔王直轄、一騎当千の騎士は魔王軍の代名詞として、他の軍団が世界中を蹂躙するまでは怖れられたのだった。


 その実力は小さな都市、城塞なら単騎で壊滅できるほどだった。


 彼女はそれを再び証明したことになる。


 真夜中。

 彼女は再び城壁の上に立っていた。


「はぁ、やっちゃった。隊長に自制しろって言われてたのになぁ」


 夜の闇の中、この砦の中は血の海だった。

 全部、彼女が一人でやった。


「隊長、どこにいるのかなぁ、会いたいなぁ……ギア隊長……」


 暗黒騎士が一人、主を探し求めて大陸をさ迷う。



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