62.船旅の終わり
アペシュはリオニアス近海で停止した。
さすがに見える位置まで近づくと、大騒ぎになる。
そこからは、タリッサの船に移り陸へ向かう。
「リオニアスだ!」
バルカーは懐かしい、という風に声を上げ船から身を乗り出す。
ぐらりと船が揺れた。
「こら、船の端によらんといて、バランス崩れる」
タリッサが叱るとおとなしく戻った。
明確な上下関係が出来ているような感じだが。
「何かあったのか?あの二人」
「ギアさんは気にしなくて大丈夫ですよ。なるようになります」
リヴィがそう返したので、まあいいか、と気にしないことにした。
「なんか、めちゃくちゃ長かった気がする。ボクたち、ここを出てどのくらいだろう」
ポーザが指を折りながら日数を数える。
「港町ですね、ギア様」
港には何人かの人影が見える。
白いローブの老人は、ユグドーラスだろう。
水運ギルドのイッツォもいるようだ。
「連絡したのか?」
タリッサに聞く。
海上からリオニアスまで届く伝声筒など勇者関係者しか持ってないだろうからだ。
「まあ、一応な。待ってた、とは思うから」
「そうか」
やがて、ゆっくりと船は桟橋にたどり着き、着岸した。
陸地に足を踏み出す。
地面に足がついているのに、揺れているような気分になる。
「地面、揺れてますね」
どうやら、俺だけじゃないらしい。
そんな、俺たちに笑いながらユグが声をかける。
「ずいぶんと長い航海じゃったな」
「うわあ、もう十三日もたってる!」
ポーザが数え終わったようだ。
出発から帰還まで十三日。
船旅あり、遭難あり、山あり谷ありといったところか。
「なに、ちょっと遠出しただけだ」
「そのちょっと、がお主が物凄いことをしている、というところなのじゃろうな」
「ユグドーラス、久しぶりやな。老けた?」
「タリッサか、そりゃ老けるわい」
出発前はぼかしていたが、ユグとタリッサは同じ勇者パーティの一員として、共に魔王軍と戦った仲間だ。
戦後に直接の会うのははじめてなのだそうだ。
「ああ、そうだ。ユグ、新しく冒険者登録をお願いしたい。それとドアーズの人員増について」
ナギを呼び寄せる。
「ナギ・コーウェルナーです。よろしくお願いいたします」
ナギは非常に丁寧にユグに挨拶をする。
「ユグドーラスじゃ、ようこそリオニアスへ」
「ありがとうございます。“白月”のご高名はかねがねうかがっておりました。こうして実際に会えてたいへん嬉しく思います」
「なに、ただ白髪が多いだけの爺じゃ。そんなに気を使わんでくれ」
再会を喜ぶ声。
初めての挨拶。
非日常が日常に戻っていく。
家に帰るまでが冒険と言うからな、まだ気を抜かずにおこう。
とりあえず、全員で冒険者ギルドに移動し、諸々の手続きがはじまり、ギルド内を様々な話が駆け巡る。
当事者ながら、話に加わることもできず、俺達ドアーズは軽食スペースに座っていた。
「よく考えたら、これがドアーズの初依頼だったんだよな」
バルカーが呟いた。
そう、確かにこれがドアーズの初めての冒険だった。
リオニアスから海へ、島へ、ギリアへ、となかなか大変な旅だった。
「半月前には、ここでパーティの名前を考えてたんだよね」
今思えば、リヴィやバルカーの考えた妙な名前にしなくてよかったと思う。
それがマルツフェルやギリアに広まると思うと、羞恥心の方が沸いてくる。
「で、ナギさんは本当に冒険者になるの?」
ポーザの問いにナギは頷く。
「私、自分が何者なのか知りたいんです。国の騎士の娘、魔女の子、錆姫、それはどれも他人がつけた名前です。この、ナギという人間が何かになれるか知りたいんです」
「冒険者って安定しないよ?ご飯がちゃんと食べれるかわかんないし、パーティがなんか悪いことしたら、こっちも犯罪者扱いされるし」
ポーザの言葉にはなんか実感がこもっていた。
おそらく全部実体験だ。
「覚悟しています」
「うん、ならボクは君の仲間だよ。ある意味ライバル」
「ああ、そうですね」
「本妻の地位は遠い……けど、狙えないほどじゃないとボクは思ってる」
「強か……なのですね、ポーザさんは」
「諦めが悪いだけ、かもね」
二人の視線の先には、ギアとその隣の位置をキープしているリヴィエールの姿がある。
いつかは必ず争うライバルであり、もっと強大な敵がいる間は手を取り合う戦友である。
ポーザとナギはしっかりと手を握った。
「ポーザとナギは仲がいいな」
「そうですね、ギアさん」
「あ、ギアさん!無事にお帰りになられてとっても嬉しいです」
満面の笑顔を浮かべて、受付嬢のマチが現れた。
何か、第六感のようなものでナギはその女が強敵であると察知する。
「おさえて、ナギ。あれは確かに敵。けれど、まだ手を取り合う余地はある」
ポーザがナギを押さえる。
ナギは、ポーザの意図を察して頷く。
「わかってます。敵の敵は味方、ですね」
「そういうこと」
二人の視線を察知して、マチはポーザたちを見る。
そして、力強く頷く。
今のところ、味方のようだ。
「ギルド長がお呼びでしたよ」
マチは用件を伝える。
「ありがとうございます。受付さん。あ、仕事はいいんですか?」
遠回しに、離れろ、と言うリヴィ。
「気にしなくても大丈夫ですよ。今は休憩時間なので」
「そうなんですか?じゃあちゃんと休んだ方がいいです。受付さんって激務だって聞きますし」
「そんなことないですよ。それに冒険者さんたちとコミュニケーションを取るのも仕事ですから」
「ふうん、そうなんですか」
「ええ」
なんだかもうバチバチである。
「あの、ポーザさん……」
「ン……なに?」
「あの会話を聞いて、恐怖を抱かないのは……ギアさんはわかるんですけど、バルカーさんって」
「あー、とあれはアレだから」
「アレですか……そうですか」
「あいつはちょっと鈍感かもしれない」
「危機察知能力がないとも言いそうですよね」
「それはあるかも」
氷のような笑顔を浮かべるリヴィとマチに挟まれて、ギアはともかく、バルカーは平然としていた。
なんなら、大きく口をあけてあくびをしていた。
「口を閉じろ、バルカー。ギルド長が呼んでいるなら行くしかあるまい。お前たちも大丈夫か?」
「もちろん、リーダー」
「私も大丈夫ですわ」
リヴィは何も言わずにギアに寄り添う。
そういうところの機微はリヴィに軍配があがる。
ギルド長の私室には、ユグとタリッサ、そして水運ギルドのイッツォがいた。
「報告は受けた。よって、三級冒険者パーティ“ドアーズ”の依頼達成を認める」
「当初の目的の渦の消滅は成された、よってウチの出した依頼は完遂や。ホンマおおきにな」
「水運ギルドとしても、マルツフェルまでの航路が確保されたことは確か、ならば依頼達成と見てよいと進言しました」
元々の依頼であったリオニアスからマルツフェルまでの航路に起きた渦への対策はその原因を究明したことで解決した。
「そして、ギア。非公式ながらも十本首の大多頭蛇単独討伐を成し遂げた実力は二級の枠には収まらぬ。故に冒険者ギルド本部に申請し、一級冒険者へ昇格させることにした。受けてくれるか?」
「くれるってんなら、もらうさ。俺がそういうの気にしないことは知ってるだろ」
「お前ほどの冒険者を二級にしておいたら暴動が起きるわい」
「おめでとうございます、ギアさん」
「リヴィエールも四級に昇格じゃぞ。半年ほどで五級から四級になるのもすごいことなんじゃよ」
「え?わたしが!?」
「嫌か?」
「い、いいえ、ありがとうございます!」
「ということで、お主らドアーズは、一級一人、二級一人、三級一人、四級一人、五級一人の計五名で構成される三級パーティとなる」
「……変わらないな」
「……あ、そうか。平均だから」
三級パーティは三級パーティのまま、だがそれもドアーズらしい。
そう思って、俺は笑った。
「よし、そうしたら打ち上げだ。何か旨いものでも食べよう!」
「はい!」
「やったぜ、師匠!」
「ボク、お肉がいいなあ」
「私も楽しみです」
「ウチも行っていい?」
賑やかになってきた。
俺たちは街に繰り出し、旅の疲れを癒すべくパーっと騒いだのだった。




