60.ギリアの休日
夢は見なかった。
目を覚ますと、体の怠さと爽快感を覚えた。
最近、徹夜も多かったし、睡眠時間が足りていなかったことは事実だ。
寝ていた寝台の右にリヴィが、左にポーザが、足下にナギが寝ているのはなぜだろうか。
リヴィは前にも俺の看病のために、寝台に持たれて寝ていたことがあったが、他の二人もそんな趣味があるのだろうか。
とりあえず、リヴィを起こす。
「リヴィ……大丈夫か?」
「むにむに、大丈夫かわからないのはギアさんのほうですよお……」
寝言だ。
よだれがたれていたのは見なかったことにしよう。
「俺はもう大丈夫だ」
「へ……!……ギアさん!起きたんですか!?」
「静かにしろ。他のやつらが起きるだろ。で、どうしてこうなった?」
「うふふ、わたしだけがギアさんとお話できる」
「リヴィ?」
なんでこんなににやけているのか。
「は!……なんでもないですよ。え、ええと、実は三人で誰がギアさんと一緒にいるか相談したんです。そしたら、決着がつかなかったので、全員で寝ることにしました」
「ちゃんと寝床で寝ないと、疲れがとれんぞ」
「ギアさんと一緒なら疲れません!」
「なら、いいが」
リヴィが元気なら、俺は嬉しい。
だが、無理はしてほしくはない。
これはなんだろうな、親心とは違う。
うむ、わからん。
バタン!とうるさい音をたてて扉があいた。
「ギアやん、起きた?」
いつもと違う服装のタリッサだった。
肩が出たギリアの民族衣装風のドレスだ。
青く煌めく布と糸を使っているようできらきらしている。
「邪魔しに来たな」
リヴィの小さな声は俺には届かない。
「別にええやん?」
と、タリッサが口を動かさずに囁いた声も届かない。
その騒々しい扉のあけかたのせいで、ポーザとナギも起きた。
「リヴィエールちゃん、先に起きてたなズルいぞ」
「ギア様の寝顔をもっと見ようと思っておりましたのに」
「まだ朝だぞ、静かにしろ!」
騒がしくなってきた部屋を一喝する。
それだけですぐ静かになるいい娘たちなんだがなあ。
「ウチはちゃんと用事があるんよ。青髪君が起きたねん」
「ダヴィドが、か。大丈夫なんだろうな?」
「あの変なのはもうおらへんし、話もできるようや」
「そうか。なら行くか」
俺は起き上がり、寝起きの三人娘とタリッサと共に、ダヴィドのもとへ向かった。
俺の寝ていたのは、綺麗に掃除されたギリア港付近の宿屋だったようだ。
ダヴィドのいる野営地の中心の民家の真向かいにある。
ここらは昨日まで錆に覆われていた。
錆の原因であるナギの救出と、“デメテルの涙”による錆除去によってかつての姿を取り戻したのだ。
ギリア様式と呼ばれる白い壁と青い屋根は周りの景観と調和して美しい。
街路も掃き清められていて、ゴミひとつ落ちてない。
「キレイですね」
「うん、ボクもこんなにキレイな街見たことないよ」
「もっと誉めてくれていいんですよ」
ナギが道や建物をひとつひとつ確かめるように歩く。
まったく元のまま、というわけではないのだろう。
戻らなかったところに、そっと目を閉じて思い出すようなしぐさが何度かあった。
ダヴィドは元気そうだった。
包帯が痛々しさを覚えるが。
「あれ、やったのギアやんとバルカー君やで」
とタリッサが言っているが無視する。
「師匠!起きて大丈夫なのか!?」
なぜか、ダヴィドと親しげに話していたバルカーがこちらを見て驚く。
「大丈夫だ。心配かけたな」
「ちゅうか、動けなくなって寝てもうたのは、君も一緒やで?」
タリッサに言われて、バルカーはおとなしくなった。
おかしいな、いつものバルカーならここで一言なんか言うはずだが。
顔を赤くして「お、おう」とか言っているが。
まあ、いい。
なぜか、リヴィが微笑ましいものを見るようにバルカーを見ていた。
「ギア殿。来てもらって感謝する。まずは皆かけてほしい」
ダヴィドがこの部屋の椅子を指すので、座る。
ここは、この家の食卓のようだ。
大きめのテーブルに同じ材質の木の椅子。
座面に張られたクッションが柔らかく座り心地は悪くない。
この部屋には、ダヴィドたち鉄雷の海王の三人、俺たちドアーズの四人、タリッサ、ナギ、俺を眠らせた医者、ギリア残留組の指揮官だという若者、あわせて十一人がいた。
その人数がいても狭さを感じさせないのは、この部屋が海に面した窓を開いて解放感があるからだろうか。
遠く潮騒を聞きながら、ダヴィドが口を開く。
「まずは、ギリア解放に尽力いただいた皆にギリア政府を代表し、ダヴィド・ギリアより心から感謝の意を述べる。本当に、本当にありがとう」
「ダヴィド……ギリア?」
察していた大人と、その名乗りの意味を理解した年少組。
それぞれに、様々な反応がある。
「ああ、俺……いや、余はダヴィド・ギリア。先代のギリア王サウリアの長子であり、王太子だ」
「王子様だったんだ……」
リヴィが驚く。
「王子にしては品がない行動も多々あったな」
「よしてくれ、ギア殿。……亀の卵のことはみなには秘密にしてくれよ」
「ダヴィド様?なんです、亀の卵って?」
口を滑らせたダヴィドにフフェルが追撃を入れる。
「あ、後で話す」
くくく。
腹がへって、高級食材の亀の卵を捕ろうとして、亀魔獣に襲われたことを話すのか?
「まあ、その話はいいとして、礼を言うためにわざわざ集めたわけではないだろう?」
「ああ。今回の件でギリア政府は最大限の謝礼を冒険者パーティ“ドアーズ”と“藍水”タリッサ殿にお支払したいと思っている。……だが」
「だが、先立つものがない、と?」
「恥ずかしながら、な」
無理もない。
つい、先日までギリア王国は大陸の認識では滅びた、と同じだった。
そんな国がまともな経済活動ができるわけもなく、国の財源もないのだろう。
謝礼をしたいのに、払うものがない、というのは助けてもらった者にとって恥以外のなにものでもない。
しょうがない。
助け船を出してやるか。
「まず、一つ。俺達ドアーズは正式にギリア政府に依頼を受けたわけではないこと、二つ、現在ドアーズはタリッサ・メルキドーレ氏の依頼遂行中であり、その指揮権はメルキドーレ氏にあること、三つ、ギリア政府は正式に国家間で認められた国家でないこと、以上三点から我々ドアーズはギリア政府より報酬、謝礼の類を受けとる権利を持たないと考える」
「おい、ギア殿……それは!?」
「平たく言うと謝礼なんざいらん。俺達の経費はしっかりタリッサに請求するから、問題ない」
「え?ウチ?」
「頼むぞ、スポンサー」
「いいのか?」
「二言はない」
「……すまない、いやありがとう」
ダヴィド、そしてギリア側の人たちは頭を下げた。
国家救出レベルの依頼をこなした高位冒険者への報酬は目玉が飛び出るほどと言われており、それを工面するとギリア復興が遅れてしまう。
しかし、恩人への感謝の意を示したいのは確かなのだ。
それで、ギリア人はどうしようもなくなっていたのだった。
しかし、俺が屁理屈を並べて拒否したことで、その金は丸々残ることになる。
復興まで長い時間がかかるであろうギリアに、必要な金であることを、俺はわかっていた。
「一つ、いいでしょうか?」
スッと手をあげたのは、なぜかこっち側に座っていたナギだ。
「ナギ姉さま、なんです?」
ダヴィドたちは、彼女を姉と呼ぶ。
彼女に命を救われたゆえに。
「私、ギア様と一緒にリオニアスに行きます」
ダヴィドは笑顔を浮かべたまま、凍りついた。




