6.白い月のユグドーラス
旧王都は栄えていた。
遷都され、首都機能を失ったという情報から感じていたイメージとは違い、活気に溢れていたのだ。
「エライ人は新王都にいっちゃったんですけど、商業ギルドの商人さんや海運業の人たちなんかは結構残ってるんですよ。冒険者ギルドもその一つですね」
と、リヴィが説明してくれる。
その説明が示すように大通りには店舗を構えた商店が並び、その上露店がいくつも出ていた。
車付きの屋台や、地面に敷物をしいてその上に商品を並べただけの店もある。
その前を多くの人々がにぎやかに通りすぎていく。
買い物をする人たちであふれ、商人たちの声が大きく響く。
「たいしたもんだな。こんなに活気があって、楽しげだ」
はたして、魔王様が人間世界を征服したならばこのような都市を造ることはできたのだろうか?
実力至上主義は強い国を造ることはできただろうが、賑やかさを造ることはできないだろう。
人間、というもののたくましさを俺は称賛していた。
「ここはまだ外縁部、まだ都市には入ってませんよ」
「なに?」
リヴィの話では、ここはリオニアスの外にできた商店街なのだという。
拡張に拡張を重ね、できあがった商人の町だ。
そこと都市の境にはさすがに衛兵の詰所があり、通行する者をチェックしているようだ。
「冒険者ギルドへ緊急だと伝えてもらえませんか?」
リヴィは衛兵にそう伝える。
衛兵は慣れたように頷くと、水晶のような透き通る石がはまった筒へ喋りかけている。
「あれはなんだ?」
「伝声筒ですよ?知らないんですか?」
見たことも聞いたこともない。
そこで、リヴィはハッとする。
「?」
「そ、そうでした。ギアさんはニブラス出身でしたね。あそこは確か魔法技術を庶民に公開するのを禁止する国……でしたよね?」
だから、ニブラス出身(と勘違いされている)の俺がその伝声筒とやらを知らなかったことをリヴィは納得したのだろう。
「いや、本当に知らなかっただけだ」
「わかりました。そういうことにすればいいんですね?」
何がそういうことなのだろう。
「リヴィさん。ギルドと連絡がとれました。職員が向かうそうです」
と衛兵が声をかけてくる。
リヴィは、ありがとうございます、と返す。
しかし、リヴィは地味にコミュ力が高いよな。
俺のようなものともすぐ打ち解けたし、衛兵とも普通に話している。
冒険者にならなくても、どうにかなったんじゃないのか。
と、俺は目の前でニコニコしているリヴィを見ながら思う。
「どうしたんですか、ギアさん」
「いや、お前のことを考えていた」
ボン、と爆発したかのようにリヴィの顔が赤くなる。
熱でもあるのか?
「わ、わたしの、こと、ですか?」
「ああ、コミュニケーション能力が高くて良いな、と。それよりも熱があるようだが、大丈夫か?」
「コミュニケーション能力……まあ、わたしのことを、考えていたことには違いないですけど……ああっと熱は無いです、たぶん」
「そうならいいんだが、風邪にかかると大変だ。暖かくしておけよ」
まるでオカンだな、と衛兵が呟いているが気にしない。
「あ、はい」
どこかポケーっとした顔でリヴィは答える。
やはり、熱か?
そこへ、冒険者ギルドから職員がやってきた。
その顔を見た瞬間、リヴィは固まる。
白髪の老人、というのが見た目だ。
白いローブに、樫の杖。
見るからに魔法使い。
「ギルド長……」
とリヴィが呟いたことで、その職員の正体が発覚したのだった。
「ああ、リヴィエール。よく無事で。そして、ギア殿。リヴィエールをお助けいただき感謝いたします」
ギルド長の老人は俺に頭を下げた。
「いや、通りがかったところで巻き込まれただけのこと」
「ほう?あの魔王領から一日たらずの距離しかない旧パリオダ領をたまたま通りがかった、と?」
俺を見るギルド長の目にはなにかを見通そうとする色が見える。
なるほど、リヴィには優しそうだが、俺のことは警戒しているようだ。
面白い。
「ああ、たまたまだ」
強い視線を返す。
「さようでございますか」
ふっとギルド長の目から、探るような色が消えた。
「いいのか?」
「はて、何がでしょう。ああ、そうだリヴィエール。ギルドに行って正式に報告をしてきなさい」
「いいんですか?そのパリオダとか、ギアさんとか」
素でパリオダには興味ないらしく、呼び捨て(貴族なのに)するリヴィ。
「うむ。パリオダ男爵はわしの方で衛兵に引き渡しておこう。彼とは街の案内をしながら、少し話したいことがあるのでな」
「(街の案内はわたしがしたかったんですけど)わかりました」
なぜか、リヴィの心の声が聞こえた気がするが気にしない。
「うむうむ。今回の件は、ギア殿の助けがあったとはいえ、依頼達成と判断した。しっかりギルドで報酬を受け取ってきなさい。手続きが終わるころにはわしらも着くじゃろう」
「はい。わかりました。では行きますね。ギアさん、またあとで」
「おう」
と、リヴィはパタパタと走っていった。
こちらを振り返って手を振るのはいいのだが、転ぶなよ。
あ、転んだ。
しかし、リヴィは笑顔でまた手を振って走っていった。
元気な子だ。
「ずいぶんなつかれたようですな」
「の、ようだな」
「何かありましたか?」
「いや、盗賊に襲われたのを助けたくらいだが」
「ふむ……あのくらいの年頃の娘なら、危機に助けてくれる者に心ひかれるということはあるやもしれませぬな」
何かを納得したようなギルド長。
「で、リヴィを追い払って俺に何を聞きたいんだ?」
再び、ギルド長は俺を見た。
「歩きながら話しましょうか……魔王軍の暗黒騎士殿」
ギルド長の目には探るような色が戻っていた。
白髪の魔法使い然とした老人と、剣一つだけを帯びた旅人らしき男がリオニアスの大通りをゆったりと歩いている。
それは前衛と後衛だけで形成された冒険者のパーティーのように見える。
冒険者たちは自らの所属するギルドの長が、また新しい冒険者をスカウトしたのだろうくらいの推測はする。
まさか、魔王軍の騎士と緊張感をもって話をしているとは思いもしないだろう。
「わしは元々勇者のパーティーにいたのです」
「何?」
「白魔導師ユグドーラスといえばわかりますかな?」
その名に俺は聞き覚えがあった。
「ああ、“白月”のユグか?」
「さよう」
魔王を倒す旅の途中、勇者は七人の仲間と知り合いパーティーを組んだ。
魔王軍では勇者のパーティーを警戒し、できうる限りの調査をした。
白月、紅火、藍水、碧木、黄金、黒土、百日、勇者。
この八人が人間が擁する対魔王軍の決戦兵力であると理解したころには、すでに勇者は魔王領に入ったあとだった。
このユグドーラスという老人はそのうちの一人。
白魔導師という職についている。
攻撃よりも防御に重点を置いている魔法職で、治癒魔法と障壁魔法、ステータス異常回復などができる。
一人いるだけで、パーティーの継戦能力が跳ね上がる厄介な職である。
「それはわかったが、なぜ俺が暗黒騎士だと?」
「勘、でしょうか。あるいはあなたがまとう雰囲気というもの、そしてほぼ一人で盗賊団を殲滅した実力、それが旧ニブラス王国跡をうろついていれば、そう判断してもおかしくないでしょう」
「それで、どうする?俺を勇者にでも突きだすか?」
「それを今悩んでおるのですよ」
とユグは微笑んだ。