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59.その坂道は青へと続いて


 赤い海がゆっくりと消えていく。


 呼び出したガルグイユが消えたからだろう。


 ガラン、とブルマーレが床に落ちて転がる。

 魔界の海のような赤い色は、もとの青いものに戻っている。


 倒れているダヴィドのもとへは、ハルベルクとフフェルが行っている。


「終わった、か?」


「終わりましたよ、ギアさん」


 俺に寄りかかるようにリヴィは立っていた。

 その顔は青白い。


「リヴィ……?……どうした!?」


「えへへ、ちょっと魔法を使いすぎた……みたいです」


「あれか!」


 白く輝く“火球ノヴァスフィア”。

 “火球”と契約して、そして最大威力で放ったのだ。

 持っている魔力を全て使い尽くすほどの消費量。

 そんなものを使ったら、意識を保つのもやっとだろう。


「わたし……役に立ちました?」


「ああ、リヴィがいなければ勝てなかった」


「そうですか……あれ、変だな……なんか、眠くなって……」


 リヴィの細い体を抱き締める。


「大丈夫だ。ゆっくり、休め」


「……はあい……あ、ギアさん……あったかいです」


 そこで、リヴィは意識を失った。

 魔力は魂の力。

 使いすぎると、魂が摩耗する。

 そして、魂と肉体の連結がほどけ……寝落ちする。

 それがリヴィの今の状態だ。


「……あの、リーダー、ボクも……」


「ああ、ポーザも頑張ったな」


 あのデカイ“鯨王ケートス”を召喚したのは本当に驚いた。

 ……もしかして、こいつもか。


 ポーザも寝落ちした。

 しょうがないので背負う。

 前にリヴィ、背中にポーザだ。


「……あの、ギア様、私も……その……」


 ナギもふらふらとしている。

 三年ぶりに、動いてあの働き、そして錆の記憶を使いガルギアノを呼び出すという離れ業は確かにすごい。


 ナギも寝た。

 ナギは背中のポーザの隣に収納された。


「師匠……すげぇ」


「ウチは遠慮しとくわ。あんなんに混じれへんわ」


 感嘆するバルカーに、呆れるタリッサ。


「つっても、俺ももう……ねみぃ……」


「しゃあないなあ、ウチがおぶってくさかい、あんたも寝とき」


「女に……おんぶされるわけには……」


「どアホ、ウチはこれでも勇者パーティの一人やで、あんた一人背負うくらい朝飯前や」


「……すみません……」


 バルカーはタリッサがおぶってくことになった。


 ダヴィドはハルベルクが背負い、フフェルはなんとか歩いていく。

 その後ろを、俺とタリッサがついていく形で、俺たちは城を出ていくことにした。


「きれいな城だな」


 錆が無くなったギリアの城はほれぼれするほど見事な城だった。

 高台に建てられ三方を海に面している。

 これは攻めにくく守りやすい。

 ただ、海魔軍団には三方向から自由に攻められるとして、攻略対象になったようだ。

 城下町まで続く坂道は以前は街路樹が植えられていたらしい跡が見える。

 昨日はここを逃げた。

 今朝はここを覚悟を持って登った。

 今は疲労と満足感を得て降りている。


 それにしても、城へ続く唯一の経路ならもう少し築城時に工夫すればよかったのに、と思わなくもない。

 両脇に壁をつくり、敵軍の侵入を抑制したり、城との間に堀を切り、跳ね橋を設置するなどやりようはいくらでもある。

 それがあれば海魔軍団の侵攻も遅れたのではないだろうか。


「もっと防衛設備を増強せなあかん、とか思うとるやろ?」


 俺の考えを読んだかのようにタリッサが言った。


「思った」


「ここはな、もともと強い国やった。そして、歴代の王さまは軍備に金をかけるより、この城の坂の一番上から見る海の景色を残す方が大事だと言っていたらしいで」


 顔を上げると、ギリアの城下町が陽光を反射してきらきらと輝いている。

 白い壁に青い屋根、そして真っ青な海。


「……なるほどな」


「街がきれいになってる!」


「本当だ!」


 フフェルとハルベルクが本当に嬉しそうに跳ねる。

 この二人にとっての、本当のギリアが戻ってきたからだ。


「ちゅうことは、うちの“デメテルの涙”はうまくいったんやね」


「そのようだな……本当にお前はすごいな」


「な、なんなん!?急にほめんといて!?」


「いや、本当だ。魔王軍おれたちにとって勇者一行おまえらはただの敵で、邪魔者で、倒すべき相手だった。けど、おれたちが手を組めば、こんなきれいな景色が見られるんだ、思ってな」


「なんか、ユグドーラスやティオリールがあんたを気に入ったわけがわかった気がするわ」


「男に好かれてもな」


「漢が惚れる漢っちゅうのがあるやろ?」


「まあな……」


「なあ、ウチと所帯もたへん?」


「ああん!?そいつはあれか、俺と結婚するってことか?」


「せや。実家はマルツフェルの大商人や、食うものには困らへんで。冒険者がええなら、バックアップもできる。どや?」


「すまんが断る」


 どうにもイメージがわかない、というのが第一だった。

 俺が誰かと平和な結婚生活を?

 いや、ないな。

 それに、抱いているリヴィの持つ杖に白い炎が灯ってる気がする。

 あれヤバいやつだ。


「さよか」


「すまんな」


「別にええで。あんたを気に入ってるのは変わりはないしな。あ!なんなら側室でもええよ?本妻争いは激しそうやしな」


 本妻、という単語が出た瞬間、俺の腕と背中のあたりから殺気があふれた。

 いや、洒落にならんぞ。


「バカを言え。俺になびくような女はおらんさ」


「「「「え?」」」」


 タリッサの声にしてはいろんなところから聞こえた気がするが、なんだろうな。


「百年以上生きてきて、結婚しようと言われたのは初めてだったからな」


「ん?……ウチが初めて?……へえ、ウチがギアさんの初めてをもらっちゃったわけやな?」


 ビキリ、と空気が凍るような殺気が満ちる。


「お前はいい女だよ。だが、俺には過ぎた女でもある」


「ふうん……ま、ええわ。優越アドバンテージは手にいれたしな」


 なんのことかよくわからないが、とりあえずタリッサの中では納得できたのだろう。


 そんな話をしながら、俺たちは野営地へ帰還した。


 見た目一番重傷なダヴィドが柔らかい寝台に運ばれ、傷の治療を受ける。

 治癒魔法は、あくまで魔法。

 使い手と受け手の魔力が体を癒す。

 しかし、今回のダヴィドのようにめちゃくちゃ強い奴に乗っ取られてできた傷はすぐには治らない。

 ちゃんとした医療技術を持った医者が診るのが一番だ。

 命に別状はない、というのが最初の診断結果だったのでみなホッとした。


 次に治療を受けることになったのは俺だった。

 今日だけでなく、今回の旅で受けた多くの傷がまだ治ってない。

 特に大多頭蛇ラージヒュドラのナンダとガルギアノ、そしてガルグイユから受けた傷が深い。


「こんな怪我して、女の子三人担いできたのかい?」


 医者の青年が驚いたように言った。


「なに、まだ動ける」


「いや、無理は禁物だ。魔力はなんでもできるけど、本当は何にもできないっていう言葉もある。自分の身も大事にしたほうがいい。動けなくなったら誰のことも助けられない」


「それは、確かにそうだな」


「しかし、一応傷口を縫ったのだが、痛くはなかったかね?」


「このくらいなら痛くも痒くもない」


 遥か昔には腕の手術をしながら、ボードゲームをしていたという猛将もいたという。

 その逸話に比べれば大したことはない。


 プス。


 という音とチクリとした痛み。


「君は強制的に睡眠を取らせることにする。起きていたら、動き回るだろう?」


 医者は細い針がついた筒を見せた。

 どうやら、あの筒の中に睡眠薬を入れていたようだ。


 医者の行動に殺気も害意もないため、対応できなかった。

 つまり、これは本当に善意からの、睡眠薬の、投与……。


 眠気が、耐えきれないほどになり、まぶたが重くなり、俺は眠りに落ちていった。

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