58.共に戦う者たちと
「来たれ、我が戦の鱗、黒き深淵“暗黒鱗鎧”」
懐かしい赤い海。
子供の頃、というか少年兵のころに師匠である剣魔によく水中に叩き落とされた。
師匠は水錬だとか笑っていたことを思い出す。
呪文の詠唱とともに、魔力と力が満ちていく。
暗黒鱗鎧となった新たな鎧は、胸部、肩部、左手に黒い鱗状の装甲がついている。
その他は、動きやすさが重視された形状だ。
そのため軽量化、かつ柔軟性が増している。
これにより、機動力、俊敏性がアップ。
オリハルコンの鱗を組み込んだことにより、防御力も上昇している、という良いことずくめである。
『やはり、まだ死んでいなかったようだな』
ダヴィドの顔でガルグイユは嗤う。
奴の回りには、倒れているいくつもの仲間がいる。
タリッサ、ナギ、バルカー、ポーザ、ハルベルク、フフェル、そしてリヴィ。
俺が目を覚ますことを信じて、勝てないと知っていても、強敵に立ち向かった者たち。
その稼いでくれた時間がどれほど貴重なものか。
「ガルグイユ……貴様はもう殺す」
『何を言って……!?……』
ガルグイユの赤いオーラを突き破って、俺は拳を奴の腹にめり込ませる。
「やはり、防御力は人間のままか」
『暗黒騎士ッ!!』
ダヴィドの体を乗っとり、強大な魔力でとんでもない攻撃力を得ていたガルグイユだが、防御力はもとのダヴィドのままだった。
もともとの魚人帝のガルグイユだったら、硬い鱗による防御力を持っていただろう。
だが、その体は勇者によって倒され、失われた。
その代替としての赤いオーラだったようだが、俺の攻撃力はそれをぶち破った。
「魔王になりたいだと?勝手なことを!あの時、好き勝手やって、ネガパレスの防衛をズタボロにして、勇者に突破されたのは誰のせいだ?勇者に負けたあんたが、魔王になれるはずがない」
あの時、ネガパレスに勇者が攻めてきた時のことだ。
城にいた全魔将が結集し、一丸となっていれば、あるいは勇者を倒せたかもしれない。
それはいまだに俺の中にわだかまっていた。
その怒りが俺の拳に乗っている。
『海魔族の悲願、魔王戴冠を吾が輩は成し遂げねばならぬのだ。例え死んでも』
「もう死んでるだろ?」
『戯れるなッ!』
ガルグイユは横薙ぎに矛を振る。
さっきまでは避けるのに精一杯だった。
だが、今は、軌道が見える。
「遅いッ!」
振ってきたガルグイユの矛をつかみ取り、そのまま投げる。
盛大な水しぶきをあげて、ガルグイユは赤い海に叩きつけられる。
『なぜだ!?なぜ、そこまで強くなれる!?』
「俺のために、命を懸けて戦った仲間の絆があるからだ」
『仲間だと?』
バッと立ち上がり、水の上を滑るように移動し、ガルグイユは距離をとる。
『そんなものが何になる!?この世界はいざ知らず、魔界は弱肉強食、強いものが生き、弱いものは死ぬしかない。貴様が一番わかっていることではないか!!』
「そうだ。俺もそう思っていたさ。だがな……どうやら……この世界は違うようだ」
出会った人間たちはみな、誰かのために生きていた。
そして、彼ら彼女らはみな揃って強い者たちだった。
筋肉や魔法やレベルの話ではない。
その心が、強い。
妹たちを食わせてやるために冒険者を選び、今なお強さを目指しているバルカー。
自分を救ってくれた人を救うために、決して諦めない、おそらく今も諦めていないであろうダヴィド。
こいつらだけじゃない。
リオニアスに生きる人々、兵士も市井の人も、強い。
それは弱肉強食という論理では駆逐できないものだ。
『戯れ言を!』
「闇氷咲一刀流“闇凍土”、“双ツ舞”」
剣は壊れたため、抜き放ったのは魔力で形状を制御した暗黒剣だ。
どこまでも伸びていく漆黒の刃はガルグイユが回避する隙間を与えぬ軌跡を描いていく。
そして、それはまったく、同じ路を繰り返す。
一度目で赤いオーラをうち壊され、二度目でガルグイユにダメージが与えられる。
ダヴィドの肉体ではなく、ガルグイユに、だ。
『バカな、バカな。吾が輩が削られて、このままでは消えてしまう!?』
「消えろ。ここは貴様のいる場所ではない!」
距離を取ろうと逃げるガルグイユを追う。
『吾が輩は魔将だ!魚人の王だ!こんなところで死ぬべき運命ではない!』
「いいえ、あなただけ生きているのはおかしいと、みな言っています」
上半身だけ起こしてナギがそう言った。
『封印の女!』
「そうでしょう、ガルギアノ」
ナギの手から放たれた錆。
そこから錆の記憶が高位半魚人の戦士を呼び出す。
ガルギアノはかつての主であるガルグイユへ攻めかかる。
『止めろ!吾が輩がわからないのか!?』
「わかるわけないでしょう?彼の魂はすでに輪廻の輪の中へ旅立っていった。ここにあるのは脱け殻よ。それでもあなたの足を止める役には立つ」
『おのれえええ!!』
無理矢理、ガルギアノを振り払うガルグイユは足元の赤い海に何かの気配を感じた。
「力を貸して、ボクたちの敵で、君たちの敵でもあるあいつを倒すために、来て“鯨王”」
ポーザの呼び掛けに答えて、赤い海の支配権を半魚人と争う鯨の王が姿を現す。
ガルグイユの下から、大口を開けて飲み込もうと浮かび上がってくる。
『次から次から、吾が輩の邪魔を!!!!?』
「ダヴィド!おとなしく殴られろッ!」
叫んだバルカーに、なぜかガルグイユは動けない。
『まさか!まだ意識が残っているのか!?』
そう戦っているのは、俺たちだけじゃない。
ガルグイユに乗っ取られつつあるダヴィドもまた、抵抗しているのだ。
バルカーの正拳突きがガルグイユの水月にまともに突き刺さる。
「……少しは手加減しろ……」
「ダヴィドさま!」
ダヴィドの口からもれた声は、ガルグイユの声ではない。
それをわかったフフェルとハルベルクの顔に希望が満ちる。
『吾が輩を舐めるなッ!』
再度、ガルグイユが主導権を握る。
「別に舐めてへんで、あんたをぶちのめすためにみんな必死なだけや!」
魔圧発射式弩を構え、ガルグイユの霊体へ発射する。
さっき俺がやった攻撃を真似したな。
それは小さな矢だったが、確かにガルグイユだけにダメージを与えている。
『人間が!人間が吾が輩に傷をつける!』
「あなたはギアさんに傷をつけた“火球”」
リヴィの杖に現れた火球は、今までのより大きく白く輝いていた。
あれ、ただの“火球”じゃないんじゃ……?
ガルグイユに着弾した“火球”は爆発した。
吹き飛ばされたダヴィドと、そして残った影。
『切り離された!?』
「お前は俺の仲間を傷つけた。そして、何よりもリヴィを傷つけたッ!」
「「「「「「「「そこ!?」」」」」」」」
リヴィ以外の全員がツッコミを入れるなか、俺は影、いやガルグイユの霊体へ殴りかかる。
「閃け、我が拳の先に、煌きをも呑み込む一撃“暗黒拳”」
暗黒剣の応用で、拳を核に暗黒をまとわせた暗黒拳。
同じ暗黒の影であるガルグイユに効果抜群!
接近し、踏み込み、拳を突き出す。
その動きを可能な限り、早く正確に、余計な力を込めずに、踏み込みから生まれた力を関節を通じて増幅し、拳へ!
それはガルグイユへまっすぐ届き、そして貫く!!
ビシリ。
影のような魂にヒビが走る。
『吾が輩が壊れて……』
そこから、ボロボロと影は崩れていく。
そして、影は小さな欠片になり、やがて青白い魔力光になって消えていった。




