表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/417

57.目覚めにいたるまでのたゆたう一瞬

 まどろみ。

 あるいは夢の中をたゆたうような。


 死んだか?


 と俺は思う。

 いや、違う。

 これは死ぬのとは違う。


 では、なんだ?


 俺はガルグイユと戦い、ボロボロにされ、最後に矛で貫かれた。

 そこまでは覚えている。


 では、やはり死んだのか?


 どちらにしろ、俺は認めねばならない。

 暗黒鎧アビスアーマーに頼りすぎていたこと。

 俺自身が弱かったことを。


 魔将はやはり魔将と呼ばれるだけの力があったのだ。

 いくら勇者と互角の戦いができたからといって、本当の実力はこんなものだ。

 強くならねばならない。

 次があるなら。


 もし、死んだのなら次などない。


『来たれ、我が戦の衣、黒き闇』


「な?」


 声が聞こえた。

 それは、よく知っている呪文。

 知りすぎているほど、知っている。


 暗黒鎧アビスアーマー召喚の呪文だ。


『魔法の対象不適格にて、呪文の効力が失われました』


 また聞こえた声はそう言った。

 言ったというよりは、その言葉、文の羅列が直接頭の中に差し込まれたような感じだ。


「魔法の対象不適格……ああ、そうか」


 やはり、さっきのガルグイユの攻撃で暗黒鎧アビスアーマーは破壊されてしまったのだろう。

 魔王軍敗走以降、鎧のメンテナンスがまったく出来ない状態で無理に無理を重ねてきたツケが今来たのだ。

 剣にしろ、鎧にしろ、いずれ壊れる。

 それが強敵との戦いで壊れたのは必然か、不運か。


 気が付くと、あたりには魔法文字が整然と浮かび、定期的に青白く輝く。


暗黒鎧アビスアーマーとの契約か」


 とすると。

 いつの間にか、文字に埋め尽くされた場になんの変哲もない机が置かれていた。

 椅子が二脚。

 一つにはもう誰かが座っている。

 いや、何かが、か?

 真っ黒なローブをかぶり、顔には白い仮面をつけている。

 こいつは、魔法の契約官だ、と言われている。

 名も知られぬ魔法を司る神の使者らしい。

 らしい、と言うのはあまりにも情報が少ないからだ。

 まず、魔法を契約段階まで持っていく才能を持つ者が少ない。

 次に、こいつと会うには何か条件が必要らしい。

 事実、俺は“暗黒ブラックアウト”ともう一つの魔法と契約するときは会ったが、暗黒鎧アビスアーマー暗黒剣ダークエッジの時は会わなかった。

 よしんばこいつと会えたとしても、一番の問題はこいつとコミュニケーションが取れない点だ。

 さっきのように、必要なことしか喋らない。


 だから、(おそらく)魔法の神の使いだろうと推測されているのだ。


『魔法の対象不適格にて、呪文の効力が失われました』


 俺は椅子に座り答える。


「契約続行の条件は?」


『対象の復帰』


「鎧の修理か……」


「手は無いことはないぞ」


 俺の、夢の中のはずなのに登場人物が増えた。

 蛇頭の背の高い何かが、もう一つ椅子を用意して座っていた。


「ナンダか?」


「そうだ。よくわかったな」


「死んだはずだ」


 ヤマタ島のダンジョン“大蛇オロチの巣窟”のボスである十本首の大多頭蛇ラージヒュドラのナンダ。

 俺と戦い、命を落としたはず?


「ダンジョンのボスの魂はダンジョンに括りつけられている。故に死とは次の復活までの休息に過ぎない」


「便利なのか不便なのか……で、どうしてここにいる?」


「お前が持っていった鱗、あれに取りついていたのだよ」


「マジか……まあいいか。で、手はあると言ったか?」


「あの鱗、よい素材だったろう?」


「ああ、そういや。オリハルコンとかなんとか言っていたな」


 タリッサが触りたそうにしていたが、絶対に触らせてやらない。


「あの魚人が取り憑いた男がお前を突き刺した時、たまたま懐にあった鱗に当たったのだ。しかし、威力が高すぎて余波で鎧が壊れてしまった」


「そうか……それで命を長らえたか。感謝する」


 俺はナンダに頭を下げた。

 謝りたいと思ったときに謝らなければ溜まる。

 それは気持ち悪いのだ。


「別に構わない。本体は死んでいるし」


「そうか。で、そろそろ教えてくれ」


「鱗と壊れた鎧を組み合わせて、鎧を直す。そして、その鎧を呼び出す魔法と契約すればよい」


『新たな対象が用意できれば問題ない』


 と使者が首を縦にふる。


「問題ないそうだ」


「簡単に言いやがる」


 壊れた鎧を、オリハルコンの鱗で補修し、新たに魔法を契約する。

 それも寝ている間に。

 俺が殺される前に。


「だがそれしかないと思うぞ」


 蛇頭が、蛇の顔で笑う。


「それが一番可能性が高いか」


 さっそく俺は暗黒鎧アビスアーマーを目の前に呼び出す。

 これは鎧そのものではなく、イメージだ。

 イメージを造ってから、それを現実に還元していくのは魔法の練習でよくやることだ。

 普通は、失敗と成功を繰り返して自分の魔力を鍛えていくのだが今回は一発勝負だ。

 まったくんなるぜ。


 魔力に慣れている魔人のコントロールと、人間の強引さが俺の手の中で新たな鎧を形作っていく。


「上手いものだな」


 いつまでもここに残っているナンダ(の亡霊)が感想を述べる。


「もともとは誰かさんにズタズタにされたせいだからな」


「……あれは、魔王軍の魔将というのは凄まじいものだな」


「なんだ、いきなり」


「私を倒した貴様を、軽々と倒してのけるのだぞ?」


「確かにな」


「勇者がいたから良かったものの。もし、勇者なかりせばこちらの世界は魔王軍の手の中だったのだろうか」


「どうだろうな」


「魔王軍の貴様が、肯定せぬのか?」


「あんたらが思っているほど魔王軍は強くはなかったし、世界征服後の統治計画とか持ってなかったっぽいんだよな」

 

「統治せずに侵略する、と?」


「魔王という人物に忠誠を誓ってはいたが、その行動全てを肯定していたわけではないからな」


「ふむ。そういうものか」


「よし、できた」


「!?……私と雑談していたではないか」


「手を動かして、魔力を操作するくらい話ながらでもできるさ」


「……規格外な男だな」


 そして、俺は律儀に待っていた魔法の神の使者に近づき、新たな鎧を見せた。


「どうだ?」


『来たれ、我が戦の鱗、黒き深淵“暗黒鱗鎧アビススケイル”』


 使者が歌うように新たな呪文を詠唱する。


「よし、成功だな」


『本当にこんなに短時間で新たな魔法を造り上げるとは、正直驚きました』


「……な!?」


 白い仮面でくぐもった声は、意外なことに若い女の声だった。

 今までの無感情なものとは違う意思のある声だ。


『魔王の継承者……なんとも面白い存在だな』


「あんたは誰だ?」


『魔法の神と君らは呼んでいるだろう。それでいい』


「話す気はない、と?」


『話す必要がない、だけ』


「なんで話をはじめた?」


『君が面白かったから』


 確かにこちらを面白がる雰囲気はあった。

 でも腹が黒そうだな。


「あんたが来る条件は?」


『さあ、呼ばれるのはいつもじゃないし、それほどヒマでもないしね』


 何を聞いても、明確な答えは返ってきそうにないようだ。


「……質問は終わりだ。……もし、リヴィという名の娘が来たら、頼む」


『うふふふ。彼女が心配なんですねえ、過保護すぎると嫌われますよ』


「余計なお世話だ」


『そうですかねえ。まあ、もうそろそろ行きますよ。久しぶりに誰かとお話しましたし。いい魔法も見れましたしねえ』


 それきり、使者は消え失せた。

 机と椅子もパッと消えた。

 ついでにナンダもいなくなった。


 文字で埋め尽くされた空間も消えて、ふわふわとした夢の中感も薄れてきた。


 あ、これは起きるところだ、と思ったとき。


 目が覚めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ