56.赤い海
暗黒鎧で強化してなお、ガルグイユは強い。
移動がまず、水流噴射による高速移動。
そして、その勢いと魔力を込めた矛を的確に振ることで超威力の攻撃を連発できる。
下手すると、大多頭蛇のナンダより強い。
下手しなくても強い。
強さが絶対の基準である魔界で、魔将として一つの軍団を統率していた者が弱いはずもない。
鎧と剣を発動してのフル装備状態の俺でも、食らいつくのがやっとだ。
攻撃は範囲が広いし、当たれば大ダメージ。
機動力は、強化しまくったダヴィドたちを超える。
『ぬるい、ぬるいぞ。暗黒騎士、吾が輩はこれでも抑えているのだぞ?』
それがハッタリだとは思わなかった。
どう考えても、余力はある。
抜刀術の速さと、格闘術の柔軟さ、剣魔から教わった技術が魔将と俺を互角に戦わせている。
『覚えているか?魔界の海の色を』
血のような、深紅。
ふと頭に浮かんだ情景に、そしてそれが意味するものを理解して俺はおののく。
『この青はこちらの世界の海の色。それでも充分な力を発揮できるが、やはり本来の吾が輩の海は“赤”よ』
ガルグイユはブルマーレを掲げた。
『召喚“深紅の魔海”』
ブルマーレの青がゆっくりと紫に、そして赤く染まっていく。
そして、ガルグイユの背後から赤い潮が満ちていく。
俺の足元を流れていく赤く泡立つ波。
その匂いは、どこか懐かしさを誘う。
魔界の風の匂いだった。
ダヴィドの体を乗っ取っているガルグイユの影響で、ダヴィドの孔雀石色の髪は燃え上がるような深紅に染まり、まとう残光も赤く変化している。
その腕が動……。
いた瞬間にはブルマーレの穂先が俺の鎧の左肩を切り裂いていた。
早すぎる。
神速の抜刀術でも追いきれないかもしれない。
「“氷柱斬”」
間合いに入ってきたガルグイユを迎え撃つべく、抜刀術の基本技である横薙ぎの攻撃を放つ。
『遅い』
通常攻撃が抜刀術より速い。
速さでも、力でも、ガルグイユは俺を上回っている。
ついに、ガルグイユの矛が俺を捉える。
胴に一撃、腕と足に一撃、頭部に一撃。
連続で叩き込まれた攻撃は、的確に俺にダメージを与え、暗黒鎧を打ち砕いた。
『終わりだ』
とどめとばかりにガルグイユが放った高速の突きは、俺の胸元に吸い込まれるように突き刺さった。
まったく防御することが出来ずに俺は意識を失う。
『この手応えは……?』
それが最後に聞こえた言葉だった。
ギアの漆黒の鎧が粉々に砕け散るのをリヴィは見た。
偽ギリア王を倒し、錆が消えるのを見て急いで来てみれば予想外の展開に足が止まる。
暗黒鎧と彼が呼ぶ魔法の鎧をつけて、なお圧倒される相手。
それが、なぜか赤い髪になったダヴィドなのだ。
そして、ダヴィドはギアに連続攻撃を仕掛け、ついには矛で彼を突き刺した。
ほぼ無意識に詠唱を開始。
怒りのまま、杖を掲げ叫ぶ。
「何してるんですかッ!」
杖の先に炎が灯り、球状になる。
“火球”は文字通り火の玉となって、発射される。
「リヴィエールちゃん!?相手を見て!」
「わかってます。でもギアさんを傷つける人は敵です」
「目が据わってる……恋する乙女、怖いわー」
“火球”はダヴィドがチラリと見て、下から吹き上がった水の壁によって阻まれる。
『五月蝿い、雑魚が沸いてきたか。いいだろう。止めをさす前に、そちらから狩ってやろう』
「お願い手を貸して、あの方には助けが必要です」
ギリアの民族衣装らしい布の服に身を包んだ若い女性がリヴィたちに訴える。
「あなたは……」
「私はナギ。ギア様に救われた者です」
「わかりました」
「はや!え?はやいよ決断。ええの?」
タリッサが驚くほどリヴィの決断は早い。
「ここでギアさんのことを知ってるのなら敵じゃないです。そもそも誰が敵で誰が味方かわからないじゃないですか。使える人は誰でも使います」
「うわぁ、合理的……ま、ええわ。ウチもきばらんと、あれヤバそうやし」
タリッサは魔圧発射式弩を位置を変えながら次々に発射していく。
そのほとんどは、ダヴィド=ガルグイユのまとう赤いオーラによって阻まれる。
オーラの隙間を抜けた矢も、矛の超反応で撃ち落とされる。
「全然当たらん……けど、なんとなく見えてきたで!」
「来たれ、私と共にありし朽果て“錆綱”」
ナギもまた錆を生み出してガルグイユに打ち付ける。
三人による遠距離攻撃の弾幕を、さすがにガルグイユはうっとうしく思ったようだ。
『暗黒騎士を殺すまで見ていれば見逃したものを。吾が輩の邪魔をするのなら、お前たちも赤き海に沈めてやろう』
水を噴射する高速移動で、ガルグイユはリヴィの前に接近した。
リヴィが気付いた時には、既に矛が振り下ろされようとしていた。
「……!?……怖い、けどギアさんは一人で立ち向かった。わたしも逃げない!」
『貴様!』
リヴィに睨まれて、ほんのわずかにガルグイユは怯んだ。
そんな目で見られたことは無かったからだ。
しかし、それは一瞬で矛は振り下ろされた。
だが、その一瞬はリヴィを救うために必要なギリギリの一瞬だった。
「ボクのために来たれ、鉄によって形づくられしもの!召喚“鉄巨人”」
まるで金管楽器のように吠えながら鋼色の巨人がリヴィの前に現れ、ガルグイユの矛を受け止めた。
「ポーザさん!」
「リヴィエールちゃん、ごめん遅れた」
『鉄巨人だと!?なぜ、高位ゴーレムがここにいるのだ!』
「それはボクが召喚したから」
『魔物操士!?……奴の手繰り寄せた縁によるものか……!?……』
ガルグイユはしゃべっている途中でのけ反る。
背中に打撃を食らったためだ。
「戦いの最中に余所見してんじゃねえよ。直撃したぜ、“四崩拳”」
ルナノーヴ流の格闘術でここまで到達すれば一人前という技がある。
全身の筋肉、関節の駆動を一点に集中する打撃技“四崩拳”である。
バルカーもまたこれを会得していた。
『おのれ、次から次へと!』
ガルグイユは憤怒の形相のまま、バルカーに向けて矛を振る。
この人間の小僧程度なら、容易く両断できるほどの力だ。
しかし、その矛はバルカーによって止められ、なおかつ穂先を握られてしまった。
「脆弱たる人の身よ、鉄の如くなれ“鉄体”」
追い付いたハルベルクの放った体を鉄に変える魔法ガルグイユの攻撃の直前にバルカーに届いたのだ。
「腕がしびれるぜ、これを師匠は受け止めていたんだな」
「電光をまといし我が実体は電磁の雷光“迅雷”」
ハルベルクの“鉄体”に続いて、フフェルの“迅雷”がバルカーにかけられる。
二人は巨大烏賊を退治し、そして全速力で急行したのだ。
それはバルカーとポーザも同じ、飛行鯱を倒し、向かってきてこの状況である。
それでも、連携がとれるのは同じことを目的にしているからか。
「食らえッ!“迅雷四崩拳”」
フフェルの電光によって加速し反応速度があがっていた。
そして、ハルベルクの鉄体によって防御力が上昇し、ガルグイユの攻撃をバルカーは全て痛みを感じつつも、止められるほどではない。
バルカーは、己の持てる全力でガルグイユに殴りかかった。
その拳は綺麗にガルグイユの腹にぶち当たり、魔将はくの字に折れ曲がる。
「さて、何がどうなってんだ、これ?」
状況を確認しないで知り合いを殴れる男。
それがバルカーであった。




