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55.海の亡霊

 ガルギアノとの戦いをギアに任せ、ダヴィドは走ってナギのもとへ向かった。

 彼女は昨日見たのと変わらず、錆の山に埋もれ顔だけを出していた。

 その顔は無表情だったが、三年前と変わらない。


「ナギ……姉さま。今、助けます」


 タリッサの予測では、ナギを突き刺している矛を抜けば錆を無限に生み出している魔法が魔力と媒介を無くして消滅する、とのことだった。

 残り少ないコートがパリパリと音をたてて、剥がれる。

 しかし、完全に剥がれる前にダヴィドはナギのもとへたどり着いた。

 忌まわしき魔王軍の半魚人マーマンが残した青い三又の矛。

 その柄を握り、ぐうっと引っ張る。

 わずかな抵抗があるが構わずに引く。


 そして、わずかな間があって矛は抜けた。


 劇的に変化が起きたのはその後だ。

 城中の錆が全て舞い上がった。

 それらはすべて一点により集まっていく。

 錆の記憶によって生まれた怪物も、偽ギリア王も、ナギを包んでいた錆の山も、全て。


 一点に集まった錆は、ぱあっと青白い魔力光になって消えていった。


「やった……のか?ナギ姉さま!」


 ナギに駆け寄ろうとしたダヴィドは不意に足が動かないことに気付いた。


「な!?」


『魔王継承戦争の前に間に合ったか……獣王は……いないか。うむ、魔人族の継承者のみ、か。なれば一人でも負けはすまい。依り代の才能も悪くはない』


 その声がどこかから聞こえ、そこでダヴィドの意識は薄れていった。



 不気味な青い光に包まれたダヴィド。

 俺はそれを横目に倒れているナギを抱き抱え、距離を取る。


「ギア……様……?」


「喋るな。胸に穴が空いたままだぞ」


 治癒魔法を使える奴のところまで下がらなければ。

 怪我人を抱えたまま、あのダヴィドとは戦えない気がする。


「いいえ、あれは……魔王軍の将の意志。私が知らず知らずのうちに封印していた矛に宿っていたものです」


「あの矛に……?」


 ダヴィドの持つ青い三又の矛。

 あれは海魔軍団の秘宝“ブルマーレ”。

 海を召喚する魔道具。

 あれがリオニアとマルツフェル近海で海を召喚し、そのせいで出来た渦が今回の俺達が巻き込まれた事件のはじまりだ。

 言うなれば、あの矛が始まりなのだ。


「その意志は、ダヴィを乗っ取っています。彼の肉体を奪って再臨するつもりなのです!」


『いつまで喋っているつもりだ?』


 青い残光をのこしてダヴィドが接近し、ブルマーレを横薙ぎに振る。

 なんとか回避したが、斬られた石の床に鋭い跡が残っている。

 通常攻撃でこの威力か。


「彼を助けてください、ギア様」


「三年ぶりに願うのが他人の命か。まったく、少しは自分の身も心配しろ」


『余裕がある』


 俺の方へ一直線に、飛んで来るダヴィド。

 これはおそらく本気でやらなければ死ぬ。


「余裕なんかねぇよ。“暗黒鎧アビスアーマー”、“暗黒剣ダークエッジ”」


 絶賛酷使中の暗黒鎧である。

 身体能力引き上げ効果はまだ発動しているが、防御力の方は心もとない。

 特に十本首の大多頭蛇ラージヒュドラのナンダの攻撃のせいで全部位に破損箇所がある。

 暗黒剣も、その芯になるべき魔鉄鋼の剣が折れているため、安定していない。

 魔力を多めに注いで物質化しているが、消耗するのも早そうだ。


『なるほど。バルドルバでなく、お前が継承者に選ばれるわけだ』


 今、こいつは何と言った?

 バルドルバ?

 それはかつての俺の上司で、暗黒騎士隊一番隊隊長、騎士魔将だった男だ。

 魔王城ネガパレスの戦いで、勇者に討ち取られている。


「バルドルバを知っている……海魔軍団の秘宝に封じられていた意志……まさか、海魔将ガルグイユ……なのか?」


『さよう。吾が輩は海魔将ガルグイユ……の遺志よ。正確に言うならばブルマーレにコピーされた魂。知っての通り、本体は勇者に倒されたゆえにな』


「その海魔将の遺志が今さら何をしようと言うのだ」


『魔将に対して口のききかたがなっておらぬようだな?』


「あいにく、もう魔王軍からは退職したのでな」


『ふふふ、気にしてはおらぬ。それにここでお前は吾が輩に倒されるのだからな』


「復讐なら勇者にすればいい。俺は止めない……ただ体は置いていけ」


『復讐などと、ふふふ。くだらぬことよ。むしろ、勇者には感謝しておる。邪魔な本体と魔王を倒してくれたことにな』


「なんだと?」


 魔王軍の魔将から、そんなことを聞かされるとは思っても見なかった。


『のう?今の魔王が統治する前、一体魔界は誰が支配していたと思う?』


 魔王様の前の支配者?

 そんなことは想像もしていなかった。

 なにせ、俺が生まれた時にはすでに魔王様の治世は四百年を越えていて、俺が軍にいるときに五百年記念祭があったくらいだ。


「知らん」


『で、あろうな。先代の魔王よ。名を緋雨ひさめの竜王といった』


「竜王……?……魔王がドラゴン?」


『そうだ。わからぬか?魔王とは魔人の王を指す言葉ではなく、魔界の王を指すのだ。そして、それは永世君主でもなく、万世一系でもない。力あるものが力ずくで他種族を蹴落とし掴みとるものなのだよ』


 なるほど魔界らしい、と俺は思った。

 力こそ全て、それは魔界の共通認識だからだ。


「それで、死んだものが他人の体を使ってうろうろしている理由にはならない」


『まあ聞くがよい。当代の魔王が死ぬと、魔界の各種族の中から継承者と呼ばれる者が一人だけ選ばれる。これは言うならば魔界の総意によって選ばれる』


「継承者……それが、次の魔王候補ということか?」


『なかなか察しがよい。全ての継承者が倒れた時、最後に立っていた者が次の魔王となる。これは魔界数万年の歴史で幾度も繰り返された厳然たるルールだ。何者にも変えることのできぬ、な』


「お前がそうだ、と?」


『然り、本来ならばガルギアノあたりが選ばれたやもしれぬ。しかし奴は死に、他に適任もおらぬゆえ吾が輩が継承者となった』


「わかった。勝手にやれ。そして、ダヴィドの体は置いていけ」


『ぬかせ。もうお前は当事者だ。魔人族・・・継承者・・・


「俺はそんなものになった記憶はない」


『なるのではない、選ばれるのだ。それはお前の意思とはなんら関係はない』


「バルドルバがどうとか言っていたな?」


『おう、それよ。奴は魔将ではあったが不適格であった。あるいはそれを見越して魔王も魔将にしたのやもしれぬな』


「不適格?」


『魔将とは魔人と同盟を組む各種族の派遣軍の統率者よ。そして、ほとんどの場合その種族で一番強いものでもある。ということは、だ』


「魔将とは、かつての継承者」


『あるいは次の、な。そういう意味ではバルドルバは忠誠心はあったが力が足りなかったということだ』


「俺は魔王になりたいなどと思ったことはない」


『ならば剣を置き、吾が輩に倒されよ』


「それはできない。約束をしたからな。早く帰ってやらないとならない」


『わがままな奴よ。では戦おうではないか。吾が輩はガルグイユ。海魔将にして、魚人帝エンシェントマーロード、海魔に王の座をもたらすもの』


「俺はギアだ。魔王になろうなどと微塵も思わない。しかし、約束を守るただの暗黒騎士だ」


 ダヴィドとして考えるなら二度目、ガルグイユとして考えるなら一度目。

 どちらにしろ、倒すしかない。

 そのうえで、あの亡霊をダヴィドから追い出して、この件に決着をつける。


 俺は剣を構え、走る。

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