54.俺と踊ろうぜ、と暗黒騎士は笑った
殺してくれ、とガルギアノは言ったが、しかしその突きだす矛は一突き一突きが熟達の戦士のものだった。
死を願うといえど、本気の戦いを望むということか。
その突きを剣で受け止め、払いのけ、受け流す。
生前のガルギアノは海魔軍団の戦士のエースだった。
純粋な力だけなら巨大烏賊や飛行鯱の方が上だったろう。
しかし、戦士として修練を積んだ彼は、けして強い種族とはいえない、むしろ雑兵ともいえる半魚人から昇格した、昇格できるほどの強さを持っていた。
かつて泳いでいた青い、もしくは赤い海ではなく。
今のガルギアノは錆の海を泳いでいる。
錆によってガルギアノの身体能力は強化されている。
だが、それでも俺は道を作らなければならない。
突き出された矛の先を跳ね上げ、ガルギアノへまっすぐ突きを放つ。
矛での防御が出来なくなったガルギアノは、俺の突きを防げなかった。
剣の刺さった感触は肉ではなく、がさりとした脆い金属のものだ。
それがガルギアノがすでに肉をもった生物でないことを示していた。
剣を突き刺したまま、俺は前に進む。
勢いよく、ガルギアノを壁にぶつける。
「ダヴィド、行けッ!」
「わかった!」
孔雀石色の髪色の剣士は青い残像を残しながら、奥へ進む。
「お前は俺と踊ろうぜ」
ガルギアノは無言で矛を振るい、俺をはね除ける。
もう喋る機能すら、錆に奪われたか。
突き出してきたガルギアノの矛を掴んで引っ張る。
槍などの長柄使いによくやる格闘術だ。
長柄の間合いを潰し、俺の得意な間合いに持ち込む方法である。
しかし、ガルギアノも慣れたもの。
俺の引っ張りにあわせて矛を手放す。
そして、後ろへ跳ね、壁に手をつく。
すると、錆に覆われた壁から新たに矛が生まれる。
それを握り、再度攻めてきた。
握っていた矛は俺の手の中でボロリと錆の粉になって崩れ落ちた。
その破片を投げ捨て、迎撃を開始。
突きに、払い、ステップして動き、さらに突き。
高速で、堅実な連続攻撃だ。
長柄戦闘のお手本のような見事なものだった。
だから俺には読みやすい。
正当な、真っ当な武術ほど俺にとってはやりやすい。
剣術、格闘術を問わず、基礎を叩き込んでくれた師匠に今は感謝しかない。
やがて、ガルギアノも攻撃が通じないことを理解したようだ。
おもむろにに距離を取る。
何をするつもりなのか、
そして矛を錆だらけの床に突き刺した。
彼の目的が、わからない。
しかし、ほんのわずかに静寂が流れて。
錆の中から矛が突き出された。
一本だけではなく、無数に。
そりゃそうか。
この矛は、実際にガルギアノが使っていたものではなく、彼の記憶から錆が再生したものに過ぎない。
だから、こんなふうに錆の中から無限に発生させることができるのだろう。
いきなり、繰り出された全方位攻撃に俺は焦ることなく剣を鞘に納める。
余剰魔力はない。
そのため通常の早氷咲一刀流の抜刀術になる。
鞘から剣が走りだし、横薙ぎの一閃“氷柱斬”、その勢いのまま高速移動“霜踏”、それで得た踏み込みの威力を剣に伝え後方から迫る矛に“氷柱斬”。
筋肉が軋むほどの力で、逆回転。
“氷柱斬・逆手”を二連続。
そして、おそらくこれはリオニア王国騎士団長のレインディアが不要と切り捨てた技。
名を“双ツ舞”。
直前の抜刀術の際に、魔力で剣の軌跡にマーカーをつけておくことで、半自動的に次の抜刀時に同じ軌道、同じ速さで剣を振るうことができる。
普通は、同じ攻撃を二度食らうはずもないので、完全な失敗技と流派では捉えられている。
だが、おそらくこの流派を東方で生み出した剣士は、一対多、それも一人で軍の部隊と戦うことも想定していたのだろう。
それゆえに、この技は引くことができない兵士や、引くことを知らない人形たちによく効く技として作り出された可能性がある。
俺の今の相手は、ガルギアノ、そして全方位から迫る矛の雨。
言うまでもなく、一対多の戦いだ。
二度目の、“氷柱斬”、“霜踏”、“氷柱斬”、“氷柱斬・逆手”二連撃は錆より生まれし、矛の雨をことごとく切り裂いた。
パリパリとコートが剥がれる。
もう二、三枚といったところか。
「決着をつけよう」
剣を抜き駆ける。
ガルギアノも矛を構え、駆ける。
ガルギアノは突き。
間合いの長い武器ならば相手の間合いの外から一方的に殺傷できる強い攻撃だ。
剣では振るにしろ、突くにしろ、間合いが遠い。
「ならば、俺の方から近づけばよい」
繰り出すのは“霜踏”。
早氷咲一刀流において、抜刀したままでも出せる数少ない技の一つだ。
強烈な踏み込みで矛の穂先が届く前に、ガルギアノの懐へ入る。
踏み込んだ力を膝、腰、肩、肘、手首、各関節を通じて、一刀に込める。
柄を両手で握り、一気に振り切る。
最大限の力に、剣も、体も軋む。
ギシギシ、ミシミシと。
その力は余すところなく伝わり、剣は鉄錆の体を横断した。
その仮初めの命が終わる時、ガルギアノは確かに言った。
「有り難し」
チン、と鞘に剣を納めた時。
ガルギアノの体は錆の海に落ちて、消えた。
激戦を終えて。
鞘の中に違和感。
抜いて確認すると、剣は半ばから折れてしまっていた。
断面を見ると表面のみならず、刃の中まで錆に侵食されていた。
「いろいろ無理させちまったな」
魔界で刀匠マウラに鍛えてもらった魔鉄鋼の剣だったが、さすがに二十年も使えば折れるか。
それに、この錆の城でも何度も戦ってきたし、早氷咲一刀流は剣にかなりの負担をかける。
レインディアにも語ったが、本来抜刀術は刀を使う剣術だ。
それを剣で使う。
筋肉、技術、魔法、持てる全てでなんとかやりくりしてきたが、ついに折れた。
さて、どうするか。
まずは、ダヴィドの様子を確認しなければ。
俺の目に飛び込んできた光景は、予想と違っていた。
巨大烏賊の脚を切り落とし、金属を腐敗させるイカスミの噴射を避け、ハルベルクは両手剣を上から振り落とした。
「!!!!!!?」
巨大烏賊は声にならない叫びをあげる。
「そこ!」
一筋の雷光が巨大烏賊の足のつけね、烏賊の脳が詰まっている部分につきささる。
「フフェル!」
「そこが急所よ!」
雷光に苛まれ、巨大烏賊が硬直する。
千載一遇の機会に、ハルベルクは剣を突きだして突っ込む。
ズブリ、と硬い皮膚の下に柔らかいものがある。
力を入れてズブズブと突き刺す。
巨大烏賊はビクリと一度震え、そして力なく崩れ落ちた。
体の色も白から、茶色へ、そして濁った白に変わっていく。
海育ちのギリアっ子の二人は烏賊が完全に死んだのを悟った。
「ふう」
「落ち着くには早いわよ、ハルベルク」
「だな」
二人のまとうコートも残り少ない。
早くダヴィドのもとに向かわねばと、二人は走り出した。
また、その先で飛行鯱と戦っていたバルカーとポーザも勝利していた。
そして、謁見の間で偽ギリア王と戦っていたリヴィとタリッサも余裕で勝っていた。
「ふう、楽勝やったな」
「ほとんどタリッサさんがやったんじゃないですか。顔面に矢を打ちまくってエグいですよ?」
「感覚器官を潰せば楽になるさかいな」
「それはそうですけど」
「ふふ。そうやって、ウチの冗談を真面目にとりあって悩むんはほんまアイツと一緒やな」
「アイツって、誰です?」
その人物のことを話すタリッサの顔が、いつもとずいぶん違っていてリヴィは意外に思った。
まるで恋する乙女のようで。
「ウチはマルツフェルの商人の出なんやけど、同業者の息子になアイツがいたんよ。一緒に私塾に行ったり、買い食いしたりしてな」
「幼なじみ、ですか?」
「まあ、そう言うんやろなあ……けどな、そいつの実家の商売がうまくいかんようになってな」
夜逃げしたんや、と寂しそうにタリッサは呟いた。
「それから離ればなれ……ですか?」
「それがな、ひょっこり再会したんよ。ウチはマルツフェルで実家の資産をもとに兵器研究家、というか道具作成士をしていたんやけど、そこにアイツが帰って来た」
「感動の再会!!」
「やったらよかったんやけどな。アイツ、勇者になっててな」
「勇者、様!?」
それからタリッサは勇者との再会、魔王軍との戦いの旅、そして別れについて語った。
それは、この先でギアやダヴィドに異変が起きるのを察知するまで続いたのだった。
恋する乙女を放置すると大変だ、とリヴィは思った。




