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53.もしも一人で出来ないときは、俺達がいる

「次は俺たちの番だな」


 バルカーの目の前には空中を泳ぎ回る飛行鯱フライオルカがいる。

 黒い背中に白い腹、広げた口には鋭い歯がはえている。

 悠々と泳ぐその魔獣は、地面の上の武道家を舐めくさっているように見えた。


「俺は止めんぞ」


 俺の言葉にバルカーは情けない顔をする。


「師匠、そんなあ」


 ダヴィドが仲間を置いていった覚悟は、俺も理解できる。

 だから、この局面はバルカーに頼るしかないのだ。


「俺の弟子なら、生き残れる」


「師匠……!……俺のことを弟子って」


「生き残れ、それがそう呼ぶ条件だ」


「ああ、わかったぜ師匠!」


「しょうがない、ボクも残るよ。この馬鹿心配だもの」


 ポーザも覚悟したようだ。


「よし、まず一発ボコるぞ」


「おっけー。上から見られてると不愉快だから地面に落とすね。来たれ“海王リバイア触手ハンド”」


 空中に現れた巨大な何かの先端部分のような紐状の物体が、唸りをあげて飛行鯱フライオルカをぶっ叩く。

 ベチン、と地面に叩きつけられた飛行鯱フライオルカ


「行くぞ」


 俺とリヴィ、ダヴィド、タリッサが駆け抜ける。


 再び、飛び上がった飛行鯱フライオルカは怒りに燃える目でバルカーとポーザを見た。


「おら、ぶん殴ってやんよ。来いやァ!」


 バルカーは跳躍し、飛びかかった。



 四人を置いて、駆け抜けていく俺達。

 コートは半分である五十枚が消えた。

 余裕はとうにない。


 そして、錆姫の間の直前。

 かつて王が座した謁見の間だ。


 そこにいたのは、白髪で老齢の男性だった。

 全身を錆の鎧で覆っている。

 どこか、ダヴィドに似ている。


「父上!?」


 ダヴィドが叫ぶ。

 やはり、ダヴィドの近親者だったか。

 ん?

 ここは謁見の間で、あれは玉座に座っていた。

 玉座に座るのは王だ。

 で、ダヴィドはあれを父親と呼んだ。

 ……ということは、そういうことか。


「いや、違う。あれは錆が産み出した偽物だ」


「偽物……確かに、そうだ。父上は……死んだ。俺達を守って」


「そうだ。誇り高く勇敢な人物だ。断じて、こうやって足止めとなる男ではない」


 実際のギリア王のことは俺は知らない。

 しかし、その最期のことを聞く限り、そのような人物だったと予想できる。

 本当にあれがギリア王の偽物なのかは定かではないが。


「……わかる。わかるが、しかし……」


 ダヴィドは昨夜、俺との話で出てきた、知っている者に対して剣が鈍る、ということの意味を今実感しているのだろう。

 これはもうどうしようもないことだ。

 逆に、知り合い、家族、友人と戦うことになってもいつも通りの剣を振るえるとしたら、それはもう人ではない。


 ボン、と偽ギリア王の顔面が爆発した。

 放たれたのは“火球ファイアボール”、放ったのはリヴィだ。


「へ?」


 とダヴィドが間抜けな声を出す。


「ここはわたしが戦います。ダヴィドさんは役に立たないので先に行って下さい」


 リヴィはにこやかな笑みを俺に浮かべた。


「リヴィ……」


「わたしには生き残れ!って言ってくれないんですか?」


「あ、ああ。もちろん、生き残ってほしいさ。だが」


「わたしのことが心配ですか?」


「それもある」


「わたしと離れたくない、とか?」


「それも大きい」


「じゃあ、早く帰って来てください。約束、ですよ」


「……かなわんな、まったく。いつもそうやって、俺に約束させる」


「嫌ですか?」


じゃねえんだよな。これが」


「はい。じゃあ、約束ですよ」


「わかった。ここは任せる」


「ええなあ、リヴィエールちゃんだけ。ウチにも死ぬなよ!とか声かけてえな」


 俺とリヴィの会話に割り込んできたタリッサに、つい俺は辛辣な言葉をかけてしまう。


「死ぬなら誰にも迷惑をかけるなよ」


「はう!」


 これで本当に喜んでいるのだろうか。

 表情は今にも蕩けそうな笑顔なのだが。


「はいはい、タリッサさん。やりますよ。ギアさんたちは行って下さい」


 リヴィとタリッサにここは任せ、俺とダヴィドは次の間まで駆けた。


「すまない」


 ダヴィドは走りながら言った。


「さっきの奴か?」


「ああ。あれは……父上だった」


「ここを守って亡くなったのか?」


「そうだ。今でも目に焼きついている。魔王軍の半魚人マーマンの戦士に貫かれる最期を」


「……」


「その父上に剣を向ける、と思った時。どうしても体が動かなくなった……」


「それが、普通だ」


「だが、俺は失敗できない戦いの中で躊躇してしまった。それで全ての作戦が失敗するかもしれないのに」


「おう、ダヴィド。よく聞けよ」


「ギア殿?」


「お前が出来なくてもいいんだ。そのために、俺達がいる」


「え?」


「一人ではできないことが、他の奴らが手を貸せばできるようになるかもしれない。お前にはできないことが、俺にはできるかもしれない。それができるのが、仲間だ」


「ギア殿……」


 パリパリとコートが錆びて、一枚剥がれて落ちた。

 地に落ちたコートは錆の一部と化してしまう。

 残すところ二十枚を切った。

 もう時間がない。


「話しは後だ。次の間に、ナギがいる」


「ああ。彼女を助けだし、ギリアを救う」


 俺達二人は、ナギが、錆姫がいる部屋に飛び込んだ。


 何の対策も無ければ、一瞬で命すら脅かされる錆の城の中枢。

 かつては王族の私室だったそこは、今では錆姫の居室へと変貌していた。

 一番奥の壁際に、小山のように錆が盛り上がり、そこにナギの顔だけが露出している。

 彼女の胸の方に繋がっていると思われる錆に、青い三又の矛が突き刺さっている。


 そして、彼女と俺たちの間には、前回来たときには無かったものが一つ。

 錆の鎧に身を包んだ半魚人マーマンの男性だ。

 人間と同じ構造の上半身はみっしりと筋肉がついている。


 見覚えがあった。


「海魔軍団先駆け兵団長ガルギアノ殿とお見受けするが」


 錆ついた半魚人マーマンはゆっくりと俺を見た。


「おお、これは暗黒騎士隊二番隊隊長ギア殿ではありませぬか。お久しゅうございますな」


「知り合いか、ギア殿」


「まあな」


 実を言えば、魔王軍の各軍団長、そして、その腹心くらいの相手とは実務者協議等で、何度か会ってはいるのだ。

 獣魔軍団のジレオンともそこで会った気もする。

 なにせ、魔王軍の魔将の方々は他の軍団との協力なんて一ミリも考えていなかった。

 なので、魔王軍の侵攻は電撃的かつ、バラバラの作戦だった。

 初期では人間たちは抵抗できずにやられっぱなしだったが、徐々に戦力が整うと、今度はそのバラバラな体制が魔王軍の軍団同士の連携を阻んでいたのだ。

 その状態の是正、連携した軍事行動を目標にし、少なくとも同じ魔王軍同士で邪魔はしないようにしようと、軍団の副官などが集まって会議をしたのだった。

 まあ、成果が出る前に勇者という強敵が現れ、各軍団は各個撃破されてしまったのだが。


 目の前の高位半魚人ロイヤルマーマンのガルギアノとは、その時以来の再会だった。


「同じ魔王軍のよしみだ、ギア殿。私を殺してくれ」


「なんだと?」


 もちろん、倒す気ではいる。

 この先にいるナギを助けるためには、錆が生み出している記憶の怪物たちを倒さなければならない。

 しかし、錆が記憶していたガルギアノがそんなことを言い出すのはなぜだ?


「私は死んだ。それはわかっている。だが、死してなお、記憶だけは死に損なっている。この錆が私を侵食し、私を私で無くしてしまう。そうなる前に私を殺してくれ」


 それは苦悶の声だった。

 死してなお、死にきれず、同朋に介錯を願う戦士の声だ。


「わかった。騎士の情けだ……暗黒騎士隊二番隊隊長ギア、海魔軍団先駆け兵団長ガルギアノに決闘を挑む。いざや参らん」


「おお!嬉しや。ガルギアノ、参る!」


 そして、錆の城を守る最後の壁、ガルギアノの記憶から生み出されたガルギアノと俺は戦い始めた。

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