49.ほころびは破綻へ向かう
「待ってる間にな、そこの青い髪に話を聞いてん。そしたら、ギリアの方から飛ばされた言うててん」
青い髪と言われて若干ムッとしているダヴィド。
本人は孔雀石色と呼ばれる方が好きらしい。
「空間転移か。原因はお前だな?」
「せや、ウチの謹製“アルゲースの眼”。これが発動した時のエネルギーが渦の中に吸い込まれて、海水の召喚をしている魔道具に干渉した結果、召喚効果が逆転したんや」
「ダヴィド、お前が探索していたのはギリアの錆城だな?」
「なんで、それを?」
敵が出ない、しかし危険なダンジョン。
それもギリアにあるといえば、例の錆の城が候補にあがる。
もし、俺が夢に見た光景が真実なら、あれが錆姫であり、錆の城で間違いないだろう。
そして、錆姫ナギを貫いていた見覚えのある矛。
あれは、海魔軍団の所有する青い三又の矛ブルマーレだ。
能力は、海水を召喚すること。
これによって、陸地でも海魔軍団は最高のパフォーマンスで戦うことができていた。
その矛が錆姫の錆を生み出す原因の一つ、と俺は推測している。
「そこにあった矛。それこそがお前をここに転移した原因であり、渦の発生源だ」
「海水を召喚する矛、その正体まではわからへんかった。けど、渦とともに現れた錆、そして半魚人。これらを繋ぎあわせれば、半魚人の大群に襲われ、錆に包まれたギリアのことが連想できる」
「すべての原因はギリアだ」
「だが、ここからギリアまでどう行く?かなり距離があると、思うが」
「青髪君、君はどこから来たんやっけ?」
タリッサにムッとしながらもダヴィドは答える。
「ギリアだ」
「なら、同じ方法で行けばええねん」
「できるのか、タリッサ」
「ウチに任せといてや。これでも“藍水”やで」
そして、俺たちはタリッサが所有していた魔法の船に乗り込んだ。
小さくなって持ち運びできるのが自慢らしい。
タリッサの耳についていた水晶の耳飾りに普段は擬態しているらしい。
「ホンマは五人乗りなんやけど」
「いいからさっさと渦へ行け」
「あかん、冷たくされることに慣れそうや」
妙なことを口走るタリッサを急かして、再び渦へ向かう。
リオニアスの船よりも速い魔法の船は、正午になる前に渦へ到着した。
「半魚人はいないようだな」
「あれは、おそらく錆に記憶された魔王軍の姿を模したものやろうね」
「錆に記憶された?」
「ウチもあんまり詳しくないんやけど、錆を何かの記録媒体にするゆう研究があるねん。まあ、それが正しいのかは知らへんけど、そういうこともあるんかな、と」
「ということは、あれは錆がここに現れたという目印になるわけだ」
「もっとかわいい人魚でも来てくれはったらよかったのに」
実は人魚は半魚人と同種族で魚を生で食らうと言ったら、どういう顔になるのだろう。
「よし、転移させろ」
「ギアさん、あの人に冷たくないですか?」
リヴィが小さな声で聞いてきた。
「いや、俺もそう思うんだが、なんか喜んでいるから、つい、な」
「……大人って大変なんですね……」
「じゃじゃーん!」
と、タリッサが既視感のある球体を取り出した。
「おい、そいつはアルゲースの眼だろうが。また、爆破する気か?」
「うっふっふ。こいつはタリッサ謹製の“アルゲースの瞳”やで!攻撃能力を無しにして、魔力量と制御力、例の矛の召喚対象に干渉できる優れものや!」
「では、それがあればギリアに戻れるのだな?」
「せやで、青髪君」
いい加減こいつは、ダヴィドのことを青髪と呼ぶのを止めてほしい。
ダヴィドがムカムカしながら会話しているのをわかっているのだろうか。
わかっててやってるとしたら、相当腹が黒い。
「おい、やれ」
「は、ハイッ」
端的な命令ほどすぐに反応する。
本当にこいつが、俺たちが探しまくった“藍水”なのだろうか。
タリッサは突起物を押して、ゴロリと船から海へ投げ落とした。
前の“アルゲースの眼”とは違って眩しい光は出ない。
ただ一定の周期で一条の光線が放たれるだけだ。
やがて、放たれた光線は海中を駆け抜けて一点に集まっていく。
ギリアの錆城にある海魔軍団の矛ブルマーレが海水召喚をしている出口を固定しているのだ。
光はより集まり、人一人が通れる穴になる。
「行けるで」
「俺が先行する。リヴィ、ポーザ、バルカー、タリッサの順で、ダヴィド最後を頼む」
「任せてくれ」
この孔雀石色の剣士ダヴィドとはずいぶん仲良くなったと思う。
一番にギリアに帰りたいと思うだろうに、ちゃんと命じたことを聞いてくれる。
俺は光の穴に足を踏み入れた。
リヴィエールちゃんとポーザちゃん、それにバルカーが抜けていく。
「さすがはギアさんやわ」
「何が流石なんです?」
くぐり抜けようとしたウチに、最後を任された青髪が聞いてくる。
「そらあれやろ、魔界出身の暗黒騎士やもん、これくらいのゲートなんぞ、恐れずにすすめんと」
そう答えた瞬間に、ウチは光の穴に飲み込まれギリアへと転送されていた。
だから。
「魔界の暗黒騎士……だと?」
という呟きは、誰にも届かなかった。
光の穴を抜けた先は、錆姫ナギと出会った夢で見た光景そのままの場所。
かつてギリアの王城と呼ばれ、今は訪れるもののないダンジョン、錆の城だった。
錆の小山の中に、表情の無いナギの顔。
そして、そこに突き刺さる海魔軍団の秘宝である三又の矛“ブルマーレ”。
「さて、何からはじめたらええんやろな」
と、呟いたタリッサ。
「ギアさん!?」
そこへ、焦った声をリヴィがかける。
「なん、だ……!?」
その理由を俺も察する。
足元から、全身を這い上がるように錆が拡がっていくのだ。
体の表面が錆びている感触ではない。
錆、それ自体が意志があるかのようにそこに居る者を侵食していくのだ。
「剥がしても剥がしても、また錆びてくるぜ!?」
バルカーも焦ったように叫ぶ。
「チッ、ここまで強力なのか!」
このまま全身が錆びれば、動けなくなるだろう。
口や眼から錆が侵食していけば、今度は体の中が錆びる。
そうなれば、待っているのは死だ。
「あかん!一回退避や。このままやったら何もせえへんうちに全滅してまう!」
タリッサの意見にドアーズ全員が賛同する。
急いで、城の外へ向かって走る。
チラリと後ろを見ると、ナギは無表情で目を閉じたままだ。
そして、ダヴィドが彼女を見ている。
「ダヴィド!このままだとお前も危ない。一緒に来るんだ」
ダヴィドは名残惜しそうに、ナギを見ていたがやがて走り出す。
それを確認し、俺も前を向き走る。
だから。
俺の背中を憎悪に満ちた目でダヴィドが見ていることに気付かなかった。
城を脱出し、城下まで続く坂道を駆け降り、錆に侵された町を抜ける。
城下町に隣接する港まで止まることなく駆け抜ける。
港は錆に侵食されていない。
そのため、この町に残ることを決めたギリア人の野営地がある。
その野営地の見張りらしき、重装備の男がこちらへぶんぶんと手を振る。
「ハルベルク!」
「ダヴィド様、ご無事で!」
ダヴィドとハルベルクと呼ばれた青年は拳を突き合わせ、お互いの無事を喜んでいる。
野営地の中に知らせが行ったようで、魔法使いらしき女性が走ってくる。
「ダヴィド様!」
「心配をかけたな、フフェル」
「本当です!」
「なんや、良かったな。仲間に再会できたようや」
タリッサも安心したように笑う。
たった一人異国に飛ばされてきた青年のことを気にかけていたようだ。
俺たちも、野営地へ一歩踏み出す。
その時、ダヴィドは剣を抜き、俺へ向けた。
「ここから先へは通さぬ」
と言いながら。
 




